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アメリカにおけるEHR/PHRの現状

ライフ・バリュー・クリエイションコンサルティングユニット
シニアコンサルタント
遠藤 奈美子

政府の方針

 2004年4月、ブッシュ政権下で医療ITの導入と促進のための「医療ITイニシアチブ(Health Information Technology Initiative)」が立ち上げられ、医療の質の向上や医療コストの削減、医療ミスの防止、医療データの管理コスト削減などを目的として、2014年までに国民のほとんどが電子健康記録(EHR)を持つとともに、個人自身の電子健康記録(PHR)にアクセスできるようにすることが具体的な目標として掲げられた。同年、HHS(The U.S. Department of Health and Human Services:アメリカ合衆国保健福祉省)内に同イニシアチブを主導する機関としてONC(The Office of the National Coordinator for Health Information Technology:国家医療IT調整官室)が設置された。
 これら医療ITの促進に対する取り組みはオバマ政権になっても引き継がれ、2009年には電子カルテの普及を目指したHITECH法(The health information technology for Economic and Clinical Health:経済的および臨床的健全性のための医療情報技術に関する法律)が制定され、PHR(Personal Health Record:個人の医療情報)の電子的構築と、EHR(Electrical Health Record:電子カルテ)の普及を促すことで、デジタルヘルス市場の急激な成長を遂げた。2009年のHITECH法の制定以降、医師および医療機関でのEHRの導入が進み、2013年の基本EHRの導入率は病院で59%、開業医で48%とそれぞれ47%、26%の伸び率である。

Blue Buttonイニシアチブ

 Blue Buttonとは、2010年にVA(退役軍人省: Department of Veterans Affairs)が提唱した構想で、退役軍人向けに自身の医療情報がワンクリックで取り出せるというアイデアを示したものである。その後、他の政府機関でも同調する動きが広まり、2012年にONCに主体が移って政府機関からさらに民間にもこの考えを広げる活動を行っている。
 2010年8月にVAが退役軍人向け医療サービスポータル「My HealtheVet」にBlue Buttonを掲載し、退役軍人が自分自身の医療記録データをダウンロードできるようにした。続いて、同年9月にCMS(Centers for Medicare & Medicaid Services:メディケア・メディケイド・サービスセンター)がメディケア受給者向けページ「Medicare.gov」にBlue Buttonを掲載、その後DOD(Department of Defense:アメリカ国防総省)も軍人向け医療制度「Tricare」のページにBlue Buttonを掲載している。Blue Button の利用者は、医療機関等のPHRに個人の情報を預け、健康・医療情報を預け入れたり、ダウンロードしたりすることが可能となる。アメリカ国民の約半数にあたる1億5000万人以上1が、少なくとも一つ以上の自身の電子的医療データにアクセスできるようになっているとされている。なお、Blue Buttonという名前のシステムや特別な規定があるわけではなく、Blue Buttonの表示をするかどうかも各主体者(医療機関等)に任せられている。ルールや標準規格等に関してはEHRについて定めているものがあるが、それがBlue Buttonの規定とはなっていない。2016年4月時点でこのBlue Buttonイニシアチブに賛同する政府機関や民間企業はあわせて700社程度である。

インセンティブ支払いプログラム

 HITECH法のもとで、医療ITの普及とEHR利用促進のために医療機関へインセンティブを支給する制度が導入された。このメディケア・メディケイドを通じた電子健康記録(EHR)導入のインセンティブ支払いプログラムは、ONCが設定したEHRのシステム・モジュールに対する基準を満たした機器・システムを導入した医師・医療機関が、一定のパフォーマンス基準(MU:Meaningful Use)を満たすことで、医師は4万~6万ドル、医療機関は200万~630万ドル相当を受領できるようになっていて、MU の要件を満たさなかった場合にはペナルティが課される。
 2011年のインセンティブ支払開始から1-2年目がステージ1、3-4年目がステージ2、5年目以降がステージ3と位置づけられ、それぞれのステージごとに適合すべきMUが設定されている。2010年に発表されたMU1はEHR導入開始後2年間に適用される基準で、医療機関が満たすべき24の目標と基準が定められている。2016年にはメディケアインセンティブ、2021年にはメディケイドインセンティブの支払終了が予定されている。2016年4月までにこのインセンティブプログラムによって支払いを受けた医療機関および医療従事者は50万以上で、支払われたインセンティブの総額は345億ドルにも上ると報告されている2

導入における課題等

 2012年2月にONCと米国病院協会(American Hospital Association:AHA)が共同で行った民間の急性期病院を対象としたEHR導入率の調査によると、バージニア州、マサチューセッツ州、フロリダ州などで50%を超える導入率が見られた反面、アラスカ州、ユタ州など導入率が数%にとどまっている州もあり、EHR の導入状況に関する地域格差が大きいことが課題であると言える。
 ONCへのヒアリングでは、EHRの導入はここ数年で急激に進んだものの、導入にはお金がかかることもあり、医療従事者からは依然として強い反対意見があることも分かった。また、病院のシステムにはさまざまなベンダーが入り、患者のIDも医療機関ごとにバラバラなため、医療機関同士での情報交換が難しいという課題があることも分かった。これまでにも国全体で統一した患者 IDが必要だという議論がされているが、いまだに実現はしておらず、日本のPHRがこのIDの部分をどのように設計するのか、ONCも非常に興味を持っているということであった。

まとめ

 アメリカで急速に医療情報化が進展した背景には、政府による強力な後押しとインセンティブプログラムの実施によるところが大きいと考えられる。一方で、アメリカでも医療機関同士での連携や患者IDの統一など、日本と同様の課題を抱えており、日本版PHRの実現においてこの課題をどう解決するか、注目されている。


  1. シードプランニング「米国における医療ITベンチャー企業の視察報告(産総研コンソーシアム「医療機器レギュラトリーサイエンス研究会」第12回研究会資料)」(2015年12月)
  2. https://www.cms.gov/Regulations-and-Guidance/Legislation/EHRIncentivePrograms/Downloads/April_2016_Summary_Report.pdf
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