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不動産テック(ReTech:Real Estate Tech)の有望領域はどこか?

NTTデータ経営研究所 法人戦略コンサルティング部門 情報戦略コンサルティングユニット
ビジネスソリューションコンサルティンググループ マネージャー
川戸 温志

『仲介』の次に来るReTechの領域とは?

 フィンテック(FinTech)に続くイノベーションとして不動産テック(ReTech)が注目され始めている。拙著『不動産業界のプレイヤーは、不動産テック(ReTech:Real Estate Tech)とどう向き合うべきか』の寄稿以来、幸いなことに予想以上の反響を頂いている。ReTechについて関係者の方々と意見交換を行わせていただく機会の中で良く出てくる論点の1つが、「今後、ReTechのビジネスが盛り上がる有望な領域はどこか?」である。

 現在、日本国内では『仲介』の領域が他の領域に比べホットであり、この領域でReTechビジネスを牽引しているのは、IT業界に軸足を置く不動産業界以外のプレイヤーである。『仲介』の領域では、昔から問題視されてきた所謂 “両手仲介” や “物件の囲い込み” のように業者と消費者の間にある “情報の非対称性” が原因となる業界構造上の課題が依然として存在している。他にも、住宅ローンや瑕疵保険、賃貸契約時の礼金や更新料の問題など消費者にとって不動産取引は複雑で不透明なままである。こうした “情報の非対称性” や “ヒトや情報のマッチング” などは、テクノロジーによって課題解決しやすいプロセスである。更に、国土交通省の「ITを活用した重要事項説明等に関する取り組み」や「不動産に関わる情報ストックシステム」など中古不動産流通を促進しようとする国の後押しもある。とは言え、追い風だけではない。例えば、Yahoo!不動産×ソニー不動産は「おうちダイレクト」という売主と買主が直接交流できる新しい不動産売買サービスを始めたが、業界団体の反発にあっている。
 そうした背景もあり現在ホットな『仲介』の領域に加え、「今後、ReTechのビジネスが盛り上がる有望な領域はどこか?」という議論が出てくるのである。

『仲介』の次に来る可能性があるのは『建物管理』!?

 結論から先に言うと、筆者は『建物管理』の領域だと考えている。詳細は別稿に譲るが不動産業界のバリューチェーンにおいてもスマイルカーブ化は認められており、下流工程の『建物管理』の利益率は上流の『デベロッパー』に次いで高い傾向にある。つまり、バリューチェーンの中ほどに位置する『設計』や『施工(ゼネコン)』の利益率に比べ、『建物管理』は“旨み”のあるビジネス領域である。その“旨み”のあるビジネス領域である『建物管理』は、『仲介』に次いでReTechと親和性が高いと筆者は見ている。

 ReTechの有望領域を考えるあたって、不動産バリューチェーンを『デベロッパー』『設計、施工』『建物管理』『販売・仲介』の大きく4つの領域に分類した上で、各バリューチェーンの領域とReTechとの親和性を考察してみたい。

 考察するにあたり、ReTechのビジネス・サービスを整理する。まず、ReTechのビジネスは、『1.ビッグデータ活用型』『2.マッチング提供型』『3.行動(業務)支援型』の3つに大別することができる(図表1)。

  1. 1.ビッグデータ活用型…不動産に関連する様々なデータを収集・分析・加工することで、価値のある情報や予測データを提供。
  2. 2.マッチング提供型…売り手と買い手、不動産に関わるプレイヤー間をつなぐ機会をプラットフォーム上で提供。
  3. 3.行動(業務)支援型…先進テクノロジーや洗練されたUI/UX、クラウド等を活用することで、消費者の利便性の向上、企業の業務効率化に寄与するツールや環境を提供。

図表1:ReTechビジネスの分類

図1:ReTechビジネスの分類

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

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 例えば、米国を中心とする海外ではReTechの代表格Zillowは、1.ビッグデータ活用型に軸足を置きつつ、2.マッチング提供型でもある。Zillow以外にも、仲介情報も含めた不動産データを提供する『Redfin』、今後売りに出される不動産物件を予測する『SmartZip』、オフィスビルや商業施設の成約情報を収集・提供する『CompStak』は主にビッグデータ活用型である。
 2.マッチング提供型は、独自の査定の仕組みによって短期間で不動産売却できる『Opendoor』、売り手・買い手にとって最適な仲介業者を斡旋する『Movoto』、保険料込みの値段で店舗スペースを一日単位で貸し出す『Go-PopUp』、個人間不動産売買マッチングの『ForSaleByOwner.com』、不動産クラウドファンディングの『Fundrise』『Realty Mogul』『LendingHome』等、土地所有者と不動産開発事業者のマッチング『Honest Buildings Pro』などが存在する。
 3.行動(業務)支援型は、リフォームマネジメントサービスの『Doozer Real Estate Systems』、商業不動産管理プラットフォーム『Hightower』、IoTデバイスによるワークスペース効率化サービス『Jooxter』などが存在している。

 ReTechビジネスの3つの類型を踏まえ、『デベロッパー』『設計、施工』『建物管理』『販売・仲介』のプレイヤーごとのビジネスの本質とReTechの親和性を考察する(図表2)。
 親和性の考察はあくまでも私見によるものであるため、別途検証が必要である点は留意されたい。図表2においてシンプルに○/△/×の結果を見て分かるように、やはり『販売・仲介』との親和性は高い。販売や仲介は、物件情報と買い手・売り手といった顧客情報をどれほど多く入手するかと共に、顧客の要望・ニーズを如何に汲み取るかが優位性を左右するビジネスである。つまり、“情報”が鍵を握る。特に仲介の本質は、物件情報と顧客情報(買い手・売り手)のマッチングであるため、2.マッチング提供型との相性は良い。

図表2:プレイヤーごとのReTechとの親和性

図表2:プレイヤーごとのReTechとの親和性

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

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 ここで注目したいのが『建物管理』である。『建物管理』は、管理費等の出納、管理員の派遣、建物の清掃、設備の点検・検査など提供するサービス業である。賃貸マンション・アパートの管理業務の場合、募集広告の掲載などの“入居者募集”、入居者の審査や契約書類の作成・重要事項説明などの“賃貸借契約”、家賃集金代行・賃料滞納への対応・苦情対応などの“入居者管理”、清掃・ゴミ出し・クリーニング・修繕などの“維持管理”、退去手続きや清掃業務などの“退去”といった業務が存在する。これらの業務サービスは、どの建物管理会社も定型的・画一的であり、労働集約的に行っている。
 この “定型的・画一的” や “労働集約的” というキーワードは、元来ITによって置き換えのチャンスとみられており、ここに3.行動(業務)支援型のReTechが生まれる可能性がある。
 また、管理業務は、家賃滞納者の催促、退去時の敷金清算に関するトラブル、ゴミ捨て方法や騒音等に関する苦情とトラブルが多いクレーム業でもある。このように業務上、扱う情報や関連する人間が多い点は、1.ビッグデータ活用型や2.マッチング提供型とのReTechとの親和性は高いと言える。

『建物管理』とReTechの親和性が高いビジネス的背景・社会的背景

 『建物管理』は管理対象となる建物によって、別荘や空き家の管理、分譲マンションの管理、賃貸マンション・賃貸アパートの管理、商業施設・オフィスビルの管理などに分かれる。このうち一般消費者の方に馴染みのある分譲マンションや賃貸マンションの管理にフォーカスした場合、ReTechが発生しやすいビジネス的な背景や社会的な背景は大きく3つあると筆者は見ている。
※①と②が主に分譲マンション管理、③が主に賃貸マンション管理についての背景や理由

  1. ① 下流工程における顧客情報の蓄積と活用
     いつの時代でも、どのような商売でも “お客様の声” や “現場の情報” を常に取り入れていくことがビジネスの鉄則である。住宅では、昔は高度経済成長やバブル経済を背景に一戸建てブームやマンションブームが起こり、“住宅すごろく”が一般的であった。“住宅すごろく”とは、結婚当初は賃貸住宅に住み、やがてマンションを購入し、余裕が出てきたら最後は庭付きの一戸建てを買ってアガリという考え方である。このように従来は住宅需要が旺盛で “作れば売れる” 時代であったため、“沢山のお客様へ売り切る” ビジネススタイルがスタンダードであった。
     しかし、人口減少・少子高齢化、単身世帯数の増加、賃貸志向・中古志向の増加、ライフスタイルの変化などの環境変化の中で、今後はLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高めお客様一人当たりの売上高を増やすような顧客に寄り添ったビジネススタイルへと転換が求められている(図表3)。LTVを高めるためには、如何にマンション販売や建物管理といったお客様との接点において顧客情報を蓄積し、One to Oneマーケティングで他のサービスで収益をあげていけるかが鍵となる。つまり、この顧客情報の蓄積・活用においてReTechが生まれる可能性を秘めている。
  2. ② ハードからソフト(サービス)へ
     都心の一部では新たなマンションが続々と建設されているが、長期的視点で見た場合、成熟市場となっているマンションは、もはや建物のハードだけでの差別化が困難となってきており、マンションを供給するデベロッパー各社は、ハードからソフト(サービス)へその価値の重心をシフトしようとしている。例えば、ハウスクリーニング、家事代行サービス、家庭教師サービス、ウォーターサーバー、ヨガレッスン、料理教室、…etcを居住者に提供している。デベロッパーは、これらのサービスによって顧客満足度を高め、収益化を図ろうとしている。ReTechはハード(建物)よりもソフト(サービス)との親和性が高いことから、新たなReTechビジネスが生まれるやすい環境になりつつある。
  3. ③ 昔ながらの慣行・商習慣に基づく諸費用
     敷金、礼金、更新料などの金額が「なぜ、家賃の1ヶ月分や2ヶ月分なのか??」という疑問は誰もが一度は思ったことがあるだろう。これは、地域ごとに昔ながらの慣行・商習慣が残っていると共に、マンションオーナーが管理業務に関する専門的知識に乏しく管理会社に任せっきりにしているため、こうした価格や管理の諸条件を管理会社が決めていることに起因する。こうした一般消費者が不満に感じる古い慣行や商習慣は、一般的に破壊的イノベーションのビジネスチャンスとなるとも言えるため、ReTechが生まれるやすい土壌にある。

図表3:住宅におけるビジネススタイルの転換

図表3:住宅におけるビジネススタイルの転換

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

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ReTechの鍵を握る不動産デベロッパー

 拙著『不動産業界のプレイヤーは、不動産テック(ReTech:Real Estate Tech)とどう向き合うべきか』で述べたように、今後の日本国内におけるReTechの広がりは不動産デベロッパーが鍵を握っていると言える。
特に『建物管理』は、大手の建物管理会社は不動産デベロッパーの “系列” や 古くからの“付き合い・縁故” による受注といった商習慣が強い傾向にある。これは裏を返すと、不動産デベロッパーがReTechを本気で取り組むことによって一気に広がる可能性を秘めていると言える。

 ReTechの可能性で言えば、冒頭、日本国内において『仲介』領域が他の領域に比べるとホットな領域と述べたが、その仲介領域においてもまだまだ大きな伸びしろがある。現状は仲介の業務プロセスの上流部分がインターネットに置き代わりReTechが登場しているが、今後は下流部分においてリアルが担う機能をITによって順次代替する方向へシフトしていくことが予想される(図表4)。

図表4:仲介領域における将来的なテクノロジーによる置き換え

図表4:仲介領域における将来的なテクノロジーによる置き換え

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

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 ReTechはネットビジネスの形態が多い。ネットビジネスは、先着者利益(一定規模のボリュームに早く到達することに伴うアドバンテージ)が大きく働きやすいビジネスである。先着者利益として一番効いてくるのがネットワーク効果であり、ネットワーク効果が働くと一定規模のボリュームが指数関数的に更に増加していくため、一人勝ち状態に向かいやすい。果して、今後どのプレイヤーが先にこの有望領域で一人勝ちを手にするのだろうか。

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