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次世代のデジタルビジネスを成功に導く“攻め”の運用

事業戦略コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 阿須間麗、武井一馬、井上知洋
ライフ・バリュー・クリエイションコンサルティングユニット
コンサルタント 鷲山健人
1 顧客ニーズに応える精度×スピードが次世代ビジネスの成功を決める

 昨今、ほとんどの企業が顧客との接点をデジタルで持っており、ITサービスの良しあしがビジネスの成果に直結するようになった。オンラインビジネスの規模は年々拡大しており、EC(電子商取引)の場合は既に小売市場の10%強を占める。その他、われわれが日常的に利用するあらゆるサービスを見渡しても、デジタル化されていないものの方が珍しいほどである。
 では、ITサービスの良しあしを決める要因とは何か? 例えばオンラインサービスは、いつでも・どこでも、ストレス無く利用できる、というスタンダードが生まれており、画面表示に5秒以上かかる、ログイン操作が面倒である、等のさまざまな、そしてささいな理由で、顧客は離脱してしまう。企業は顧客行動を注視し、顧客の声を速やかにキャッチして生かすことを求められており、その顧客に対する反応の「精度」・「スピード」がビジネス成果を左右する。近年の技術・マネジメント手法の進歩により、既に1日50回ものきめ細やかなサービスのリリースを行うオンラインビジネスサイトも登場している。月数回のリリースを行うサービスと比較した時に、どちらが顧客の声に真摯(しんし)であるかは言うまでもない。
 本レポートでは、競合他社への優位性を確保するために、いかにしてITサービスの顧客の声に対する「精度」「スピード」を高められるかを組織マネジメントおよび人材の観点から考察する。

2 デジタルビジネスにおける精度×スピードを高める「BizDevOps」

 システム開発・ITサービス運用のスピード向上という点に着目すれば、ここ数年で“DevOps”という言葉をよく耳にするようになった。これはシステム開発と運用を行う各部門がコラボレーションし、リリース速度向上と品質担保を両立する概念である。国内でも導入が進んでおり、IT部門内連携の効率化、リリースまでの期間圧縮および運用品質の向上といった効果が報告されている。

(図表1)国内のDevOps導入事例

(図表1)国内のDevOps導入事例

(出所)公知情報よりNTTデータ経営研究所にて作成

 前述の通り、ITサービスは「顧客の声を聞く」というビジネス視点でドライブされ、成長していくものである。つまり、システムの開発スピードだけではなく、顧客ニーズに応える精度も高める必要がある。近年、顧客ニーズは多様化しており、あらゆるサービスが顧客個人のニーズを捉え、個別にカスタマイズされたサービスやコミュニケーションを提供する“One to One”の世界を目指している。顧客の声と、それに基づくビジネスの目指したい姿を深く理解せずに各部門で自らの役割のみこなす状況(あるいは形だけの組織間連携)では、この難易度の高いチャレンジの成功は見込めない。これらを実現する手段の1つとして、世の中では既に“BizDevOps”(Biz:Business、Dev:Development、Ops:Operation)というムーブメントが起き始めており、IT部門が積極的にビジネスへ参加していこう、ビジネス成果にコミットしようといった機運が高まっている。

(図表2) DevOpsからBizDevOpsへの転換イメージ

(図表2) DevOpsからBizDevOpsへの転換イメージ

(出所)各種資料よりNTTデータ経営研究所にて作成

 ITサービスを運用していく中で、三者が同じビジネスゴールを目指し、それに向けた改善アクションがなされる点がBizDevOpsの特徴である。以下、図表 3に示すように、従来は3者が縦割り的に自らの責任に対してのみコミットしている状態であったが、BizDevOpsを導入した場合は皆が「収益向上」を目標として活動することになる。

(図表3) BizDevOps導入時のITサービス改善における3者の役割

(図表3) BizDevOps導入時のITサービス改善における3者の役割

(出所)AppDynamicsレポート※1を参考にNTTデータ経営研究所にて作成

※1:The new model family: Business + Development + Operations = BizDevOps
https://blog.appdynamics.com/devops/new-modern-family-business-development-operations-bizdevops/?print=pdf

3 「BizDevOps」により、徹底的にデータを活用する“攻め”の運用を目指す

 BizDevOpsはあくまでムーブメントであり、それ自体に体系的な定義や手法が存在するわけではなく、導入の具体的メリットが見えにくい。ITサービス運用の中で、ビジネス部門・IT部門間がコラボレーションすることにより、どのような価値が生じるのか、現場での作業内容から考察する。
 ITサービス運用の現場では、“データ活用”が鍵となる。ITサービスは、運用によって得られる定量/定性データにより顧客ニーズを捉え、反映させながら継続的に改善していくものである。つまり、データから改善すべき課題を抽出・分析して対策を講じる活動の優劣が、ITサービスのクオリティ、ビジネス成果に大きく影響する。
 現場作業のイメージを具体化するため、改善活動のインプットとなるデータについて整理する。一般的に、ビジネス部門は顧客の声として分析するべき「ビジネスKPI」を監視する。IT部門は、サービス提供に必要なシステムが要件を満たす水準で動作しているかを表す「システム指標」をモニタリングする。また、ITサービスにおける顧客からのクレームや要望等の定性データも蓄積し、顧客からの直接的なフィードバックとして活用されている。
 以下にサービス改善活動を支えるインプット情報を例示する。

(図表4) サービス改善活動のインプットデータ

(図表4) サービス改善活動のインプットデータ

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

 図表 4から分かる通り、ビジネス部門・IT部門はそれぞれ別のデータ指標を管理していることが多い。ITサービスの課題を見つけ改善を主導するのは、どうしてもビジネスKPIを持つビジネス部門に偏りがちであり、データもビジネス部門から見える範囲のみ分析対象とする傾向がある。また、従来IT部門の運用部隊に求められる役割は、ビジネス要件に従ってシステム指標と目標値(SLA)を設定し、目標値に充足しない場合にのみ対処するなど“守り”の活動が主であった。しかしながら、現場であらゆるデータを活用してサービスを進化させることを考えた場合、IT部門の運用部隊(Ops)が持つデータもビジネス視点(Biz)でうまく活用できる姿を目指したい。デジタルビジネスの時代においては、ビジネス部門はもちろん、IT部門もサービスの企画・開発へ積極的に関与してデータをフル活用する“攻め”の運用へのシフトが求められており、まさにBizDevOpsにより実現されることの一つである。

4 現場への人材配置を誤れば形だけの組織間連携に終始する

 従来、ビジネス部門・IT部門は密に連携すべきと言われてきており、そうした組織マネジメント(組織横断的なプロジェクトチーム編成、事業部門におけるシステム部隊の内製化等)が検討・実施されているケースは多い。しかしながら、組織を整えたところで真にビジネスゴールを共有し、成果へのコミットができるかというと容易でないのが現状だ。
 “攻め”の運用を実現し、多様な顧客ニーズやビジネススピードに追従するには、ITサービスの運用現場において日常的な改善活動を数時間単位で進捗(しんちょく)させる程の俊敏さが必要である。現場レベルでさまざまな意思決定をサイクリックに繰り返すことが求められるのだ。これには半期/四半期程度の単位で発令されるマネジメント層からの号令だけでは不十分であり、現場で求められる人材をいかに適切に把握・配置し、改善活動のクオリティをボトムアップ的に向上させるかが肝要だ。

5 IT部門起点のサービス改善をマネジメントし、「運用=最下流」を脱却する

 IT部門は日々システム指標をモニタリングしているため、ビジネス部門が認知していない課題・リスクを早期に検知していることが往々にしてあるものだ。システム指標データとIT部門の気づきは、実はサービス改善にとって未活用の余地部分であり、宝の山となり得る。
 では一体どうすれば、ビジネス/IT両部門が持つデータをうまく活用する“攻め”の運用が実現できるだろうか。“3 「BizDevOps」により、徹底的にデータを活用する“攻め”の運用を目指す”の章で述べた通り、IT部門はシステムがSLAを満たすレベルで稼働していることを監視する“守り”の姿勢が強く、ある日突然、積極的にビジネス観点での改善活動を主導することは少々非現実的かもしれない。
 そこで、ビジネス部門とIT部門の間をつなぎ、クリエイティブな運用を実現する「サービス改善マネジャー」の役割の新設を提案したい。IT部門から運用を通した“気づき”を引き出し、ビジネス部門と連携してサイクリックに意思決定を行い、ITサービスに関わる効果的な改善活動を行えるようマネジメントする役割を設置するのである。

 サービス改善マネジャーに求められる要素を以下に記載する。社内に素養のあるメンバがいないか、チェックしてみてほしい。

●ビジネス/IT両視点での業務遂行力
  • > サービスがどのようなビジネスゴールを目指しているか理解しており、改善活動の方向性を示し、軌道修正や優先順位付けができる。
  • > ビジネスの中で、ITがどの様な役割を果たし、利益を生んでいるか理解している。また、システム観点でビジネス要件の実現難易度・可能性を見積もることができる。
●俯瞰(ふかん)的なコミュニケーション力
  • > IT部門が監視するシステム指標がビジネスに与える影響を理解し、IT部門を起点としたサービス改善に関わる仮説立案やディスカッションができる。
  • > 顕在化したビジネス課題を具体化してIT部門に伝達でき、IT部門の気づきや考えを引き出す。そして、それらの有効性をビジネス部門に説明できる。

 改善活動にサービス改善マネジャーがいない場合/いる場合の各イメージを、「Webサイト上のコンバージョン率が目標に達しなかった」ケースについて例示する。

●サービス改善マネジャーが不在の場合

 ビジネス部門、IT部門との以下のようなやり取りは、よくあるように思われる。

(図表5) 従来のビジネス-IT部門間コミュニケーションイメージ

(図表5) 従来のビジネス-IT部門間コミュニケーションイメージ

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

 IT部門は、ビジネス部門が提示した仮説を検証するため、ABテストを実施した。1週間後、結果を確認したところ、入力項目を減らしても指標は改善されないことが判明した。次はデザインを変えるか? 画面遷移フローを見直し導線を変えるか?・・・ 以降、場当たり的なトライアル&エラーが続いていく。
 ビジネス部門はあくまで仮説として、入力項目が多すぎるのが離脱の原因ではないかと言っている。これを受けてIT部門は、自らが監視しているシステム指標をチェックし、要件を満たしているから性能の問題ではない、ビジネス部門の言う仮説が有力なので検証すべきと判断するという流れだ。問題に対する根拠が薄い状態で仮説立案・検証してしまい、手戻りが多く、業務効率が著しく悪い。IT部門がシステム指標を順守するという“守り”の視点しか持たないために、ビジネス部門からの要求に応答するのみとなっている点が問題である。

●サービス改善マネジャーを設けた場合

 では、「サービス改善マネジャー」を設けた場合、コミュニケーションはどう変化するだろうか。

(図表6) サービス改善マネジャーを設置した場合のコミュニケーションイメージ

(図表6) サービス改善マネジャーを設置した場合のコミュニケーションイメージ

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

 上記コミュニケーションにより、IT部門が定量データに基づく確からしい仮説を立て、サーバ性能増強により画面表示までの所要時間を改善した。その結果、再びコンバージョン率を確認したところ明らかに数値が改善していた。このペースであれば、当月の目標は達成できる見込みである。
 ビジネス部門から提示された仮説に対し、サービス改善マネジャーがそれ以外に考えられる可能性をシステム観点も含めて提示した。そのうえで、IT部門が管理する定量的指標からの気づきを引き出す質問を投げかけた。それを受け、IT部門が自ら懸念点を調査・解明し、改善策を提案できている。このように、サービス改善マネジャーの存在により、IT部門が持つデータと気づきが改善活動に反映され、精度の高い仮説・検証のサイクルを回せるようになる。

 これまで、運用はビジネスにおいて最下流だと言われることもあった。しかしながら、今後はITサービス運用のクオリティこそがビジネス成果を生むのであり、運用により入手・検知できる各種データを駆使して顧客ニーズへの感度を高めるマネジメントが求められている。

6 おわりに

 ビジネス部門・IT部門がコラボレーションすることの大きなメリットとして、顧客の声が詰まった宝の山=データを高速・高精度に活用できることが挙げられる。オンラインビジネス市場が成長し、そこで競争力を問われるようになった現代においてはBizDevOpsの概念がサービス改善活動のレベルを押し上げ、必ず企業のデジタルビジネスの成長に寄与するだろう。ITサービス運用の在り方を見直す際の、一助となれば幸いである。

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