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これからのインバウンドビジネス
~2030年の世界を見据えて~

情報戦略コンサルティングユニット
シニアマネージャー 河本 敏夫
1.“爆買い”ブームは終焉を迎えるのか?
  • 政府は、2020年の訪日外国人数の目標を2,000万人から4,000万人に引き上げた。2030年には6,000万人を目指すという。 観光庁の平成27年度訪日外国人消費者動向調査によれば、2015年の訪日外国人数は1937万人。当初目標をほぼ達成する見込みであることからより高い目標設定を掲げた格好だ。日本の人口の約半分である6,000万人時代をどう迎えるのか。2020年は1つのマイルストンだが、その先を見据えることが重要だ。
  • 訪日外国人消費額も、3兆4771億円に達した。日本のGDP500兆円からすれば、0.7%足らずではあるが、成長率に目を向けると訪日外国人消費額がここ5年平均して32%増加しているのに対して、日本全体の名目GDPは1.5%成長程度にとどまっていることから、ビジネスの側面からみても有望なマーケットであることは間違いない。しかし、多くの日本人が気になるのはこの成長が今後も続くのか?という点だろう。
  • これまでのインバウンド市場拡大は、中国人の“爆買い”を背景としていることは疑いがない。2015年の訪日者数の約25%を中国人が占めており、旅行支出総額になると約40%が中国人による支出だ。新宿や銀座に大型バスで乗り付けて、家電量販店や百貨店で大量の買い物をする団体旅行客の映像がマスコミでも報道されてきた。
  • 一方、中国経済の減速に関する報道も目に付く。中国経済の減速に伴って、インバウンド消費拡大は止まってしまうのだろうか?
  • 答えは「ノー」で、市場拡大は“爆買い”というブームを超えて、長期的トレンドに深化し、今後はインバウンド市場に質的な変化が起きるというのが適切な見方であろう。
2.インバウンド市場の“質的”な変化
①個人旅行(FIT)・リピータ客の増加
  • 現状、中国人旅行者に占める個人旅行者(FIT:Free Independent Traveler)の割合は60.7%で既に半数を超えている。香港からの訪日客の実に86%がFITだ。大型バスで大挙して押し寄せ、決まった場所、決まった店で買い物をするスタイルは減りつつある。中国の場合、所得によるビザ取得条件などがあり、一概には言えないが、今後FITが増加していくというのが業界の見方だ。
  • また、現在は中国人旅行者の6割が初訪日であるが、2回目以降のリピータが占める割合が高まっていくと予想される。台湾・香港からの訪日客では既に8割以上がリピータだ。
②旅行に求める価値観の変化
  • 1980年代、フランスやイタリア、ハワイに旅行していた日本人の海外旅行は、やはり団体旅行中心でブランド品を買い漁るような“爆買い”が多かったが、その後は自分らしい体験を重視する方向へ転換していった。それから30年―中国で個人旅行が解禁され、ようやく海外旅行が一般化しつつある現在、中国人が日本人と同様に「物の豊かさ」から「心の豊かさ」重視に価値観をシフトしていくと考えるのは自然だ。今後は、リピータを中心に食事やアクティビティなど“体験型”の旅行を好む可能性が高い。実際に、訪日中国人に「次回したいこと」を聞くと、「日本食を食べる」、「ショッピング」だけでなく「四季の体感」や「スキー・スノーボード」が上位に挙がる。
  • 訪問地も多様化しており、東京~富士山~京都~大阪を巡るいわゆる「ゴールデンルート」だけでなく、北海道、九州、沖縄など多様な選択肢が広がりつつある。

(図表)中華圏の訪日外国人の実態・消費行動特性

ひと口に訪日外国人といっても、同じ中華圏でも中国人・台湾人・香港人では、消費動向が異なる。
富裕層か中間層か、団体旅行か個人旅行か、初訪日かリピーターか等にもよって異なる。

(図表)中華圏の訪日外国人の実態・消費行動特性

出所:観光庁「平成27年度訪日外国人消費者動向調査」およびNTTデータ経営研究所独自調査

3.今後の潮流
①個客マーケティング
  • 団体客から個人客へ重心がシフトしていく中で、旅行会社と免税店がタイアップして、団体ツアーに免税店訪問を組み込み、マージンを旅行会社にキックバックするようなインバウンド施策は限界を迎える。多様な価値観を持つ旅行者にいかに訴えて、いかに呼び込むか、またリピート客に再来訪を促すか、といった個客マーケティングの発想が重要になる。これは国内消費者に対するマーケティングの原則と大差ない。
②インフラ整備
  • 訪日客に困りごとを聞くと、「言葉の壁」「Wi-Fi環境」が最も大きい。さらに今後大都市以外にも旅行先が波及していくのであれば、電車やバスなどの「足回り」や「ホテル」をどう確保するかも課題になる。多言語での情報サービスを充実させることはもちろんだが、それだけでなく交通網、宿泊施設、物流網などインフラレベルでの旅行環境の拡充が重要になる。
4.インバウンドビジネスの競争環境
  • 個客マーケティングの必要性の高まりを受けて、ITを活用したインバウンド支援ビジネスが盛り上がっており、従来は、旅行代理店や広告代理店の領域であった訪日旅行者向けのプロモーションの市場に、WebやITを強みとするプレイヤーが参入している。また、旅行業界に強みを持つプレイヤーとWeb/IT業界のプレイヤーとの連携、海外企業と日本企業の連携など、合従連衡も進んでいる。
  • リクルートライフスタイルは、グルメ・クーポン情報サイト「ホットペッパーグルメ」で、中国最大の決済アプリAlipay(アリペイ)と提携。アリペイの3億人以上の会員に対し、訪日旅行で人気の飲食店舗情報を提供するほか、日本の飲食店でアリペイを使った決済を可能にする。
  • ソフトバンクは、新たに100%出資の旅行会社を設立し、訪日中国人旅行者向けの旅行業に参入。JTBグループと訪日外国人旅行者向けビジネスを対象とした戦略的提携を締結している。取り組みの第1弾として、中国・アリババグループが運営する旅行予約サイト「アリトリップ」内に専用サイトを開設。訪日観光客に向けた旅行コンテンツの販売を開始している。
5.今後のインバウンドビジネスに求められる戦略
①外国人の本質的ニーズの理解
  • インバウンド向けの施策を積極的に行ってこなかった企業では、日本の商習慣に当てはめて同様の施策を実行しているケース、旅行代理店や広告代理店の提案をそのまま受け入れて実行しているケースも少なくない。しかし、外国人といっても自社の顧客であることに変わりはない。自らが顧客のニーズを正確に把握し、ニーズに即したサービスを提供することが肝心だ。日本人のような均質な国民性を持った消費者と違い、中国をはじめとする外国人は多様な価値観や行動特性を持っており、メディアが流す「典型的な中国人」のイメージだけで捉えていては足元をすくわれる。ヨーロッパや東南アジアであっても同様だ。
  • セグメントによる嗜好性・価格弾力性の違い、訪日前、訪日中、訪日後における消費行動特性などを踏まえたうえで、適切な打ち手を講じる必要がある。
②ファーストワンマイルとラストワンマイル
  • Eコマース市場の成長期によく言われたのが「ラストワンマイル」の獲得が成功要因だということ。アマゾンがボタン1押しで日用品の注文ができる「アマゾンダッシュ」を、セブン&アイが宅配サービスを開始したように、顧客に一番近いところにいかに入り込めるかの戦いになった。インバウンドビジネスの場合は、訪日前の入口(ファーストワンマイル)でいかに抑えられるかと、訪日後の消費行動に寄り添い最後までサポートできるか(ラストワンマイル)の2点が重要になる。現地(海外)や日本国内におけるパートナー企業との提携も一案だ。ただし、力量とリスクを見極めて適切な交渉をしなければ、「軒先を貸して母屋をとられる」こともあるので気を付けたい。
③価値の有機的な結合
  • 旅行者の困りごと・ニーズは多様化しており、本質的な満足を提供するためには個別のコンテンツだけでは不十分と言えるだろう。旅行者の動線(カスタマージャーニー)に即して、サービスやインフラをシームレスに用意することが重要になる。一方で、1社単独でそのような環境を用意することは困難であり、「情報コンテンツ」「宿泊施設」「交通網」「通信網」「顧客基盤」など強みを持ったプレイヤー同士の結合が必要になる。既に、インバウンド関連のプレイヤーの合従連衡が進んでいる中、誰とどのような陣営を組むか戦略的アプローチが欠かせない。
④グローバル戦略としてのビジネスモデル
  • 前述のように、訪日外国人を“個客”として捉えて戦略を実行することが重要だ。訪日外国人は訪日中は旅行客だが帰国すれば現地で生活する1消費者である。となれば、海外の現地市場のマーケットに展開するチャンスととらえることができる。越境EC(国境を跨いだオンライン上での商取引)の市場も拡大している。単に海外から日本に呼び込んで商売をすることを目的とするのではなく、グローバル戦略の一環として、ブランディング、商品企画、マーケティング、製造、物流をグローバルでどう最適化させるか、ということを考えていけば、インバウンドビジネスはより大きな果実を得るだろう。

(図表)インバウンドビジネスの戦略の要諦

「顧客を理解する」、「入口と出口を押える」、「価値の有機的結合」、「グローバル視点」が大事だ。

(図表)インバウンドビジネスの戦略の要諦

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

※NTTデータ経営研究所では、インバウンドビジネスを支援するコンサルティングサービスを提供しています。訪日外国人のニーズ調査から、サービス企画、協業パートナー探索、アライアンス推進に至るまでをトータルでサポート。“爆買い”や“2020年の東京五輪”といった流行に惑わされることなく、国内消費人口の減少やグローバル競争に備えた芯の通った戦略の立案・実行を支援いたします。

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