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デジタル社会経済のもとでの雑誌出版生き残り戦略

デジタルマーケティングユニット
ユニット長・パートナー 山下長幸
紙媒体の書籍・雑誌市場の大幅減少
  • 紙媒体の書籍・雑誌の市場規模の減少トレンドが止まらない。最近、フジテレビ報道局の番組でその理由や復活方策についてコメントを求められたりもした。

    まずは紙媒体の書籍・雑誌の市場規模の推移を確認しておきたい。(図表1)
     出版科学研究所によると、紙媒体の書籍の市場規模は1996年のピーク時の1兆930億円から18年間、基本的には減少トレンドで、2014年は7,544億円とピーク時から31%減少した。
     紙媒体の雑誌の市場規模は1997年のピーク時の1兆5,630億円から17年間、基本的には減少トレンドで、2014年は8,520億円とピーク時から45.5%減少した。
     紙媒体の書籍・雑誌の市場規模減少の最大の理由は、インターネットの進化・普及の影響であると考えられる。ピーク時からの減少額・減少率とも書籍より雑誌の方が大きい理由は、書籍よりも雑誌からの提供情報がWeb情報により代替されやすかったからということであろうが、本稿ではその要因を掘り下げて考察してみたい。

    図表1 書籍・雑誌の売り上げ推移

    図表1 書籍・雑誌の売り上げ推移

    出所:出版科学研究所調査(THE PAGE:売り上げも書店数も減少続く 「出版不況」の現状は?(2015年1月27日))

電子書籍・電子雑誌市場の拡大
  • 次に電子書籍・電子雑誌の市場規模を確認しておきたい。インプレス総合研究所によると、2014年度の電子書籍市場規模は1,266億円(対前年比35.3%増)で、紙媒体の書籍の16.8%となっている。
     電子雑誌市場規模は145億円(対前年比88.3%増)で、紙媒体の雑誌の1.9%となっている。
     電子書籍と電子雑誌の合計の電子出版市場は1,411億円で、紙媒体の書籍・雑誌の8.8%となっている。電子書籍・電子雑誌の市場規模は紙媒体の書籍・雑誌に比べてまだまだ小さいが、それなりの影響力を持ち始めていると言えるだろう。(図表2)
     紙媒体から電子媒体への代替については、雑誌よりも書籍の方が進んでいることは注目に値する。書籍は、写真やチャートが雑誌よりも少なく、文字がメインなので、雑誌よりも電子化しやすく、読者にとっても電子媒体での読書のストレスが少ないことが考えられる。
     電子雑誌の市場規模がまだまだ小さい要因は、書籍に比べて、写真やチャートが書籍よりも多いので、電子化しにくく、読者にとっても電子媒体で電子雑誌を購読するストレスが多いことが考えられる。
     米国市場の場合、紙媒体の書籍と電子書籍の販売額の合計額は経年で横ばいとなっており、電子書籍の市場規模が拡大した分、紙媒体の書籍の市場規模が減少しており、電子書籍が普及してきて紙媒体の書籍を代替してきたことが統計的に想定される。おそらく日本でも同様の現象が起きているものと想定される。しかし、雑誌の方は電子雑誌の市場規模がまだまだ小さいことを勘案すると、読者が紙媒体の雑誌からインターネットにダイレクトにスイッチしたものと考えられる。

    2019年度の電子書籍予測市場規模は2,890億円程度(2014年度の2.3倍)、電子雑誌予測市場規模は510億円程度(2014年度の3.5倍)、2019年度の電子書籍・電子雑誌をあわせた電子出版市場は3,400億円程度と予測(2014年度の2.4倍)されている。(図表2)
     電子書籍・電子雑誌の市場規模拡大のトレンドは進むものと想定されており、紙媒体の書籍・雑誌の売り上げ減少に拍車をかけるものと考えられる。

    図表2 電子書籍予測市場規模推移

    図表1 書籍・雑誌の売り上げ推移

    出所:インプレス総合研究所

紙媒体の雑誌の売上減少の要因
  • このように紙媒体の雑誌の売上減少の要因は、インターネットの進化・普及が大きく影響してきたことが考えられるが、その要因をブレイクダウンして考察してみたい。(図表3)

    図表3 紙媒体雑誌の売上減少の主な要因

    図表1 紙媒体雑誌の売上減少の主な要因

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

Web情報鮮度の高さ・無料提供
  • まずは雑誌読者の立場から考察したい。紙媒体雑誌は、基本的に週刊や月刊のものが多く、かなりのタイムラグのもと、後追いでニュースやトレンドを掲載・出版するため、 Web情報と比較すると格段に情報速度が遅く、情報の鮮度、早さでは紙媒体雑誌はWeb情報には勝てない。読者としてはWeb情報で内容把握してしまったものを、改めて数日後・数週間後に雑誌でさらに内容確認するモチベーションは湧きがたいものがある。

    また、Web情報をニュースサイトやブログなどで即座に何度も見ることで情報に飽きるスピードが急激に早くなってしまったことも、数日後・数週間後に出版される紙媒体雑誌の情報価値を低下させていると考えられる。新しい話題があっても、瞬く間にWeb上に拡散し、消費され、飽きられる傾向が強くなり、ニュースやファッション情報などの賞味期限がどんどん短くなってきていると言える。

    さらに情報量や情報内容に関しても、Webで調べる気になれば、同等か、それ以上の内容の情報が無料で簡単に獲得できるとなると、料金を支払ってまで雑誌で情報を取得する必要性に乏しいと言える。

    このように可処分時間をスマートフォンやタブレット端末と奪い合う中、Web情報に対する紙媒体の雑誌情報の劣勢は大きなものがあると言える。(図表4)

    以上は雑誌読者の立場からの要因であるが、企業のビジネスモデルの観点からも考察してみたい。
     1990年代後半からインターネットにアップされるコンテンツが増加するとともに、Google・Yahoo!などの検索サイトが、検索キーワード連動広告という広告収入モデルでWebコンテンツの無料利用を容易にしたことで、紙媒体書籍・雑誌の有料コンテンツ販売というビジネスモデルに対して大きく優位に立った状況になった。
     検索キーワード連動広告とは、検索サイトで一般ユーザーが検索したキーワードに関連した広告を検索結果画面に表示するものであり、広告主企業からすると、検索サイトユーザーが検索ボックスに入力したキーワードに関心を持っている可能性が高く、そのような検索サイトユーザーへの広告効果が見込めるため、広告費を投入する価値があると言える。(図表5)
     検索サイトとしてはこのような広告収入が見込めるとなると、ますますさまざまな情報を無料で提供できるようになり、さらに検索精度を高めるなどの研究開発予算投下がしやすくなり、ますますユーザーが検索サイト利用する機会が増えるという好循環がもたらされると言える。

    図表4 紙媒体雑誌の売上減少要因

    図表4 紙媒体雑誌の売上減少要因

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

    図表5 Web情報の鮮度・無料提供

    図表5 Web情報の鮮度・無料提供

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

Webの進化・普及による購買行動のロングテール化
  • Web情報の急激な拡大・検索の容易さにより、生活者の購買行動のロングテール化も雑誌の売上減少に影響していると考えられる。

    インターネットが普及する前の1980年代や1990年代の伝統的なマーケティング理論では、上位2割の商品が売上げの8割を占めることが多く、売れ筋商品2割以外の商品をあまり重視しないことが全体の営業効率を高めることにつながっていた。
     一方、インターネットが普及したデジタル社会経済下のマーケティング理論では、消費者が自分に必要なものを検索エンジンを利用して膨大な量の商品群のなかから容易に探し出すことができるようになったことや商品の在庫・流通コストが非常に低くなったことから、下位8割の販売規模の小さい商品であっても多品種を販売することで、それなりな規模の売上高を上げることができるようになった。これがロングテール理論である。
     もともと生活者としては、1980年代や1990年代でも、ヒット商品・売れ筋商品のみを購買したいとい思っていたわけではなかったが、在庫や流通の制約や売れ筋商品に偏った販促情報しかなかったので、ヒット商品・売れ筋商品に偏った購買行動をしていただけなのかもしれない。

    雑誌記事の場合、販売部数を維持しようとすると、より多くの読者の関心を引く記事を掲載する必要があるが、紙媒体雑誌の場合、雑誌紙面やページ数の制約のため、分散化・ロングテール化した読者ニーズへの対応には限界があると言える。また紙媒体雑誌の場合、Web情報に比べて、記事検索の容易さが大きく劣位していることも販売不振の要因と言えよう。(図表6)

    図表6:紙媒体雑誌の売上減少要因:Webの進化・普及による購買行動のロングテール化

    図表6:紙媒体雑誌の売上減少要因:Webの進化・普及による購買行動のロングテール化

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

Webの進化・普及による販売行動・購買行動のC2C化・Crowd化
  • Facebook、TwitterなどのソーシャルネットワークサービスやネットオークションやさまざまなECサイトの普及により、生活者の購買行動が口コミに影響され、個人対個人(C2C)の取引が容易になったことも、紙媒体の雑誌の販売減少に影響していると考えられる。
     販売行動・購買行動のC2C化はクラウドファンディング(Crowd-funding:不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと)やクラウドソーシング(Crowd-sourcing:不特定多数の人の寄与を募り、必要とするサービス、アイデア、またはコンテンツを取得)とも関連し、個人間取引や口コミ社会経済の進化普及に拍車をかけていると言える。
     このように周りの生活者の発信情報やお勧めが購買行動などに大きく影響するようになったため、雑誌における著名なオピニオンリーダーなどのお薦めの影響力が減退しつつあると考えられる。(図表7)

    図表7:紙媒体雑誌の売上減少要因:Webの進化・普及による販売行動・購買行動のC2C化・Crowd化

    図表7:紙媒体雑誌の売上減少要因:Webの進化・普及による販売行動・購買行動のC2C化・Crowd化

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

雑誌出版の生き残り戦略
  • 現状、紙媒体の雑誌を好む読者が相当数存在することを考えると、現在の形態での紙媒体雑誌がすぐには無くなるということは考えられないが、インターネットやネット関連媒体機器の進化普及を考えると、紙媒体の雑誌市場は、これまで20年間衰退してきたトレンドが続き、今後20~30年というタイムスパンの中でさらに衰退していくであろう。

    Web進化普及以前の出版社の競合企業は、同業の出版社であったし、同業他社の動向把握は出版社経営上の重要課題であったと想定される。
     しかし、現在、出版会社として認識すべき競合企業は、Google・Yahoo!Japanのような検索・ポータルサイト、FacebookやTwitterなどのSNS、Amazonや楽天などのECサイトなのだと考えられる。その意味でこれまでの同業他社が競合であった状況と異なり、全く土俵の異なる企業が競合となっているのである。

    デジタル社会経済の進化・普及のもとで雑誌出版が生き残るためには、Web情報鮮度・無料情報・ロングテールニーズへの容易な対応、C2C化・Crowd化というWeb世界で形成されてきた新たな社会経済モデルの特性や優位性を取り入れた全く新たな発想での雑誌コンテンツを提供するサービススキーム・ビジネスモデルを企画構築すべきではないかと感じられる。これまで成功をおさめてきた紙媒体雑誌のサービススキームやビジネスモデルの改善レベルでは、生き残りは困難な状況になりつつあると考えられる。(図表8)

    図表8:雑誌出版の生き残り戦略の基本的方向性

    図表8:雑誌出版の生き残り戦略の基本的方向性

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

    しかし、紙媒体の雑誌での成功体験が強い会社幹部層が有力なポジションを占めている現在の出版社で、全く新たな発想での雑誌コンテンツを提供するサービススキーム・ビジネスモデルを企画構築することは、多くの出版会社で相当困難だと想定される。
     経営学の格言に「成功の復讐(ふくしゅう)」というものがある。現在、それなりの規模・歴史のある企業には、過去から現在に至るまでに成功したサービススキームやビジネスモデルが存在する。市場環境が大きく変化した際、これまでのやり方を市場環境の変化に合わせて変革すべきであるが、過去の成功体験に縛られて新たな発想ができなかったり、変革しようとしても社内の抵抗勢力に拒まれたりしがちである。
     このように過去に成功を収めたサービススキーム・ビジネスモデルに依存し続け、市場環境が変化して市場に受け入れられなくなっても、新たなサービススキーム・ビジネスモデルを企画・構築できない状況が成功の復讐と言われるものである。紙媒体の雑誌で成功を収めてきた出版業界も「成功の復讐」から逃れて、革新的なサービススキーム・ビジネスモデルへと変革することは相当困難だと考えられる。

    そのような中で、KADOKAWAとドワンゴの両社における持ち株会社設立は「成功の復讐」から脱却する手段として注目に値する。両社は、2010年10月に包括的業務提携、2011年5月に資本提携、2014年5月に持株会社の設立による経営統合に基本合意した。両社はこの経営統合の目的として「ドワンゴのプラットフォームのさらなるユーザー数増加と広告収入増加」「KADOKAWAの編集力でドワンゴのプラットフォーム上のUGC(User-Generated Contents)をプレミアム化」「ドワンゴの情報展開力とKADOKAWAの取材編集力による新しいメディアの構築」を掲げ、「世界に類のないコンテンツプラットホームの確立」を目指すとしている。

    伝統的な出版社とネット企業という、一見、妙な組み合わせに見えるが、KADOKAWAサイドにおける紙媒体の書籍・雑誌での成功の復讐から脱却するには、これくらいのインパクトのある施策が必要だったのであろう。(図表9)

    図表9:雑誌出版の生き残り戦略:組織戦略

    図表9:雑誌出版の生き残り戦略:組織戦略

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

    伝統的な出版社に残された期間は長いようで短い。これまで築き上げてきたブランド力や取材編集力などの出版社の強みを生かし、財務的な余力がある間に、これまでにない画期的なコンテンツプラットホーム事業など画期的なサービススキーム・ビジネスモデルへとパラダイムシフトしていただきたいと切に願っている。

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