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電力自由化に向け多様化する電力小売事業
~業界動向と事業参入のポイント~

社会・環境戦略コンサルティングユニット
マネージャー 佐久間 洋
  • 一般電気事業者から送配電部門を法的に切り離す、発送電分離に関する電気事業法の改正法案が本年6月17日に可決された。これにより電力システム改革で計画された3段階の改革法案全てが成立したこととなる。

    図表1 電力システム改革の段階的な実施

    図表1 電力システム改革の段階的な実施

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

    2016年からは電力システム改革の目玉である電力小売の全面自由化がなされる予定である。わが国における電力小売の自由化は2000年から段階的に進められており、現在、高圧以上の需要家に対する電力小売事業までが自由化されている。他方、家庭に代表される低圧の電力需要家への電力小売は、現在は参入規制の対象であるため、東京電力や中部電力など10社の一般電気事業者が、地域独占で電力供給を行っている状況にある。2016年の電力小売の全面自由化では、この低圧需要家への電力小売事業の実施が可能となる。

    図表2 電力小売の自由化経過

    図表2 電力小売の自由化経過

    (出所)経済産業省電力システム改革専門委員会報告書掲載図に筆者加筆

    http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_002_01.pdf

    2016年に自由化される低圧需要家の電力市場は、市場規模で約7.5兆円、対象数では家庭で7,678万件、商店事務所等で742万件と推計されている。全国で約8,420万の家庭・低圧需要家等が潜在的な顧客になり、企業にとって大きなビジネスチャンスとなる。

    このビジネスチャンスを見越し、電力小売を行う新電力(特定規模電気事業)への参入が急増している。2012年7月に筆者が寄稿した「電力システム改革と新電力ビジネスの可能性」執筆時における新電力の登録数は62社であったが、本稿執筆時点(2015年7月)における新電力の登録数は710社と、僅か3年で10倍以上に増大した。電力小売事業へ関心の高さが伺える。ただし、電力調査統計によると、新電力として届け出済みの710社の新電力のうち、実際に電力小売事業を行っているのは82社のみであり、多くの企業は新電力としての登録のみ済ませ、実際の事業実施は様子見のスタンスとしている。

    他方、一般電気事業者や既に参入済みの大手新電力などは、他業種との積極的なアライアンス形成やサービスの多様化に取り組み、2016年に向け自社の顧客基盤の維持、拡大に向けた準備を着々と進めている状況にある。

    本稿では、2016年の電力小売全面自由化に向けた主要な業界動向を5つの視点で紹介するとともに、今後、電力小売事業への参入を検討する企業に向け、電力小売の事業モデルを簡単に紹介する。

1.2016年 電力小売全面自由化に向けた業界動向
  • 電力小売業界では日々大きな変化が起きている。一般電気事業者や参入済み新電力による新たな取組、他業種からの電力小売業界への新規参入など、電力小売に関連するニュースは頻繁に新聞各紙の紙面をにぎわしている。その中で、特に今後の電力小売業界に大きな影響を及ぼすと想定される動向を、以下の5つの視点で紹介する。(図表3)

    図表3 電力小売自由化に向けた業界動向の5つの視点

    図表3 電力小売自由化に向けた業界動向の5つの視点

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

  • ① 一般電気事業者によるアライアンスの形成

    東京電力や関西電力、中部電力などの一般電気事業者は、異業種間でのアライアンス形成を進め、現在の顧客基盤の維持・拡大に向けた取り組みを進めている。特に顕著な活動を行っているのは東京電力である。

    東京電力では同社の新・総合特別事業計画において、スマートメーターによる電力見える化サービスである「でんき家計簿」の機能・サービスを拡充し、将来的には、暮らし・住まいに関わるオープンプラットフォーム(暮らしのプラットフォーム(仮称))を提供する方針としている。「暮らしのプラットフォーム(仮称)」構築に向け、同社は様々な業種とのアライアンス形成に着手している。

    ポイントサービスでは、大手のPonta(ロイヤリティ マーケティング)およびT-POINT(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)との業務提携を2015年に発表し、2016年1月の電気料金から各ポイントの取得および利用を、“でんき家計簿”のプラットフォーム上で可能とする方針である。加えて、通信業界のソフトバンクや有線放送サービスのUSENとのアライアンスを交渉している他、2016年に向け損害保険会社や住宅メーカーとの提携を検討していると報じられている。

    図表4 東京電力の事業計画抜粋「多様で便利なサービスの提供」

    図表4 東京電力の事業計画抜粋「多様で便利なサービスの提供」

    (出所)東京電力「新総合特別事業計画のポイント」
    http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu14_j/images/140115j0101.pdf

    東京電力以外では、関西電力も異業種とのアライアンス形成を進めている。報道ベースではあるものの、通信業界ではKDDI、ポイントサービスではイオンのWAONポイントとの提携を検討していると報じられている。

    また、中部電力は国際石油開発帝石と電力の販売事業で協力すると発表している。国際石油開発帝石が天然ガスを卸している関東地区や甲信越地区の中堅都市ガス会社などに中部電が電力を卸供給し、ガスとセットで販売し、事業拡大を行う戦略である。

    これらの事例のように、一般電気事業者は自社の顧客基盤を維持・展開するための付加的なサービス、販売網の整備を進めている。

  • ② 一般電気事業者のエリア外供給(越境販売)

    一般電気事業者が他の一般電気事業者の管内に電力を供給することを越境販売という。従来、既に自由化がなされている高圧需要家であっても、実施されることはほぼ無かった。しかし、電力小売の全面自由化に向け、一般電気事業者各社とも越境販売に着手し始めている。なお、越境販売は各社とも自社では行わず、子会社の新電力を通じて行う戦略としている。

    東京電力は100%出資するグループ会社の「テプコカスタマーサービス(TCS)」を新電力として登録し、全国への電力販売を開始している。直近では、セブン―イレブン・ジャパンが、2015年10月から関西の約1000店の電力調達先を、関西電力から東京電力に切り替えると方針であると報じられている。

    他方、中部電力は三菱商事より新電力のダイヤモンドパワーを買収し、東京都の施設48施設に電力供給を開始している。更に子会社のシーエナジーも新電力として登録し、ダイヤモンドパワーと協調して首都圏で電力小売販売を進めていく戦略と発表している。

    中部電力同様、関西電力、東北電力も東京電力管内へ越境販売する方針を発表している。関西電力は、新電力として登録した子会社の関電エネルギーソリューションを通じて東京電力管内に販売する方針としている。また、東北電力は東京ガスと平成27年10月に新電力を共同出資で設立することに合意しており、新たに設立する新電力を通じて、東京電力管内に電力を販売すると発表している。

    以上のように、一般電気事業者の越境販売は、東京電力の他地域への展開と、その他の一般電気事業者の東京電力管内への参入に大きく分類される。

  • ③ 既存新電力の新たな事業モデルの展開

    一般電気事業者がアライアンスの形成や越境販売などを進めているの対し、既に参入済みの新電力各社も新たな取組を開始している。図表5はその一例であるが、電力小売に付加価値を与えるサービスや、新しい電力販売スキームの提供、電力小売以外の新サービスなど、多様な事業モデルに着手している。

    図表5 既存新電力の新たな事業モデルの展開例

    図表5 既存新電力の新たな事業モデルの展開例

    (出所)各種情報を執筆者集計

  • ④ 自社事業とシナジーを有する事業者等による新規参入

    「家庭への販売チャネルを有するなど、電力小売事業とシナジーを見込める事業者が、続々と電力小売関連事業に参入している。新規参入事業者の例を図表6で紹介する。ただし、前述のように、ソフトバンクは東京電力とアライアンスの協議をおこっている最中であり、また、東京ガスは東北電力と共同出資で電力小売会社を設立する方針であるなど、参入各社が実際にどの程度、どのような方法で電力小売事業を行うかは各社の戦略によることとなる。今後の動向が注目される。

    図表6 自社事業とシナジーを有する事業者等による新規参入例

    図表6 自社事業とシナジーを有する事業者等による新規参入例

    (出所)各種情報を執筆者集計

  • ⑤ 地域発の電力会社“地域新電力”の進展

    電力自由化と固定価格買取制度による再生可能エネルギー電源の普及を契機に、地域の発電設備の電力を地域に供給する、自治体等を主体とした新たな電力小売モデル、“地域新電力”が各地で進められている。地域新電力の概要は、筆者が2013年4月に寄稿した「地域で地産地消の電力会社をつくる ~地域PPSの概要と可能性~」をご参照頂きたい。本稿では取組事例の一部を図表7に掲載するにとどめるが、地域創生の一手段として、地域新電力の取組はこれからも全国各地で広く検討されることが予想される。

    図表7 全国各地の地域新電力の取組

    図表7 全国各地の地域新電力の取組

    (出所)各種情報を執筆者集計

2.電力小売の事業モデル
  • 電力小売事業実施における現状の基本的なルールは、30分毎に電力需要量と電力供給量を±3%以内に一致させる、“30分同時同量制度”である。±3%を超えて需給のズレが生じた場合、電力を託送する一般電気事業者が過不足を補てんするため、電力供給自体に影響はないが、割高な調達価格での補てんを受ける必要があるなど、収益性の悪化要因となる。そのため、電力小売事業を行う上では、自社または他社と連携の上、30分単位での需給調整を行うことは必要不可欠となる。

    図表8 30分同時同量のイメージ

    図表8 30分同時同量のイメージ

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

    30分同時同量制度に対応した電力小売事業を行うことは、システムの導入コストや専門人材の確保などの観点から、新規の電力小売参入事業者にとっては容易ではない。このことは、新電力に新規登録した多数の事業者が、実際には電力小売事業を行えていない一因であると推察される。

    しかし、電力小売を行う上では、必ずしも30分同時同量制度対応を自社で行う必要はない。更には、新電力として登録せずとも、既存の新電力と連携することで、間接的に電力小売事業を行うことも可能である。

    図表9は電力小売事業を行う場合のモデルを5つに整理した図である。①~③が電気事業法上の電力小売事業、④~⑤は非電力小売事業である。

    図表9 電力小売の事業モデル

    図表9 電力小売の事業モデル

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

    ①は大手の新電力が主に実施している方式で、自社で需給管理に関わるシステムを保有し、全て自社で事業運営を行うモデルである。ある程度の規模の初期投資や人員の確保が必要となるため、新規参入者にとってはハードルの高い事業モデルである。

    ②は、新電力の事業運営を支援する企業のシステムを利用する事業モデルである。後発の新電力や地域新電力などが採用している事例が多い。システムのクラウド利用などにより初期コストを抑えられる他、支援会社によっては、新電力業務の大部分を外部委託可能な場合もあり、初期投資、人材確保の観点から実施し易い事業モデルであると言える。ただし、事業運営支援の分野にも多数の新規参入者が参入しており、中には新電力の運営実績がないまま委託可能とうたっている事業者もおり、支援会社の選定には十分な留意が必要である。

    ③は、自社では一切の需給調整に関わらず、バランシンググループの代表企業である新電力に全ての需給調整を委ねるモデルである。一部の地域新電力で確認されるモデルである。需給調整に全く関わらないため、業務を完全に切り離せる点がメリットである一方、デメリットは自社の需給に関わる需給調整を全く行わないため、代表企業から割り当てられるインバランスコストが大きくなる点である。

    ④は電力版OEMであり、ホワイトラベルと呼ばれる事業モデルである。実際の電力供給は提携先の新電力が行い、電力販売時のブランドのみ、自社のラベリングで行うモデルである。実施し易いモデルであるものの、経済産業省の電力システム改革小委員会ではホワイトラベルの規制に向けた議論がなされており、今後も継続して利用可能かどうかについては、不明確な状況にある。なお、一言にホワイトラベルといっても、そのスキームは複数あるため、どのスキームが規制対象になるかについては、引き続き動向を注目する必要がある。

    ⑤は新電力と連携し営業代行を行うモデルである。電力ユーザーを提携先の新電力に紹介し、成功報酬をもらうモデルが一般的である。ユーザーサイドから見ても、電力を自社で小売していないことが明確に分かるため、電力小売を自社ブランドとして行いたい場合には活用しにくいモデルであるが、例えば主力事業の顧客の要望に対応するため、販売サービスを多様化することが目的ならば、このモデルで十分であることも考えられる。

    上述のように、電力小売は目的・規模によって様々なモデルでの事業実施が可能である。重要なことは、電力小売を新たな主力事業にしたいのか、顧客維持のためにメニューに加える必要があるのか、地域活性化のツールにしたいのか等、自社の参入目的を明確にし、目的に沿った、適切な事業モデルを選択することである。電力小売事業への積極的な参入を期待したい。

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