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相続の生前対策における金融機関の対応

金融政策コンサルティングユニット
シニアマネージャー 西原 正浩
はじめに
  • 本年の相続税改正を受け、相続に対する関心が高まっている。相続税対策というと従来はお金持ちの人しか関係ないものという認識があったが、基礎控除額の縮小に伴い、自宅以外に不動産を所有しない人でも、ある程度の金融資産があると相続税課税対象になる場合が出てきた。このような中で金融機関はどのように対応していくべきか、本レポートでは現状を踏まえて論じたい。

生前対応の概要
  • 生前対策は、「節税対策」「納税資金の確保」「争族対策」「土地利用対策」の四点に分類できる。「節税対策」とは、相続税額そのものを減らす試みであり、従前から未利用の土地にアパート等を建設し、相続税額を圧縮する等の対応がとられてきた。また生前贈与に加えて、近年では教育資金贈与信託も人気を集めている。

    「納税資金の確保」とは、相続税納付のための現金を用意することである。税法上、相続税は被相続人の死後10か月以内に金銭で納付する必要がある。わが国における相続財産のうち過半は不動産で占められており(図表1)、10か月以内の不動産の売却及び現金化は容易ではないこともある。

    図表1 相続財産の構成比(2012年)

    図表1 相続財産の構成比(2012年)

    出典:住宅新報 2014/2/11 朝刊1面

    「争族対策」とは、残された相続人同士が相続財産を争わないようにするための対策である。代表的な対策は遺言書の作成であり、近年では遺言信託が人気を集めている。また、生命保険を利用すると、法定遺留分には関係なく金銭を遺(のこ)したい人に確実に渡すことができる。

    「土地利用対策」とは、特に被相続人が多くの土地を持っている場合に、より多くの土地を後世に残すための対策である。節税対策と重複する部分も多いが、アパート建設のみならず、定期借地権の設定などで税額を抑える対策が採られている。

金融機関における生前対応の方向性
  • 顧客は上記のような4つの視点で相続対策を考えることになるが、金融機関はどのような視点を持っているだろうか。少子高齢化を受けて、特に地域金融機関では相続に伴う預貯金の流出が懸念されている。被相続人の生前時に相続人を巻き込んで生前対策を行っていないと、没後に預貯金が流出する可能性が高くなる。預貯金の流出というと、相続人が都会に在住している場合は仕方がないとあきらめられている場合が多いが、相続預貯金の流出先をチェックしている金融機関に話を伺うと、県内他行への流出の割合がかなりあるようである。よって、被相続人の生前時から相続人との取引を拡大させておくのが、相続預貯金流出に対する最大の防御であると考えられる。

    相続の生前対策を行う方は退職後の方が多いと思われる。65歳で退職しても、平均余命を考えると20年程度存命される。このような中で、相続対策を基軸にした取引の拡大が、金融機関における収益確保のためには従前よりさらに重要になってくると考えられる。

相続における生命保険活用のメリット
  • 相続財産を子孫に引き継ぐためには、貯蓄を勧奨するだけではなく、生命保険を提案していくことが顧客にとってメリットになる。特に終身保険には三つのメリットがある。

    第一に、生命保険には相続税の非課税枠があることが挙げられる。生命保険には相続人一人当たり500万円の非課税枠があり、相続人の数が多いほど節税効果が大きい(図表2)。

    図表2 生命保険の非課税枠

    図表2 生命保険の非課税枠

    出典:NTTデータ経営研究所が作成

    第二に、生命保険は預貯金と異なり、契約時から保障を受けられるメリットがある。図表3の通り、「預金は三角、保険は四角」と言い、預金は残高を積み上げるまでに時間がかかるが生命保険はすぐに大きな保障を確保できる。

    図表3 預金は三角・保険は四角

    図表3 預金は三角・保険は四角

    出典:NTTデータ経営研究所が作成

    第三に、生命保険は受取人を指定できるので、遺(のこ)したい人に確実に財産を渡すことができる。生命保険金は相続財産とはされておらず、相続財産の法定遺留分等とは関係なく、財産を渡すことができるのである。

    生命保険の販売は金融機関にとってもメリットがあり、今後の手数料収入の大きな柱になると考えられる。ただし、販売時間が長い、事務処理が煩雑など、対応するには金融機関側の相応の体制整備が求められる。

生前取引拡充のためのプロセス
  • 生前取引拡充のために、金融機関は何をすべきであろうか。やみくもに現在ある商品・サービスを顧客に販売することは好まれない。特に「自分の死後」という、人によっては触れられたくない話であるので、対応には十分な準備と慎重な取り組みが必要である。本章では生前取引拡充のプロセスを二つのフェーズ、五つのステップに分けて論じたい(図表4)。

    図表4 生前取引拡充のためのプロセス

    図表4 生前取引拡充のためのプロセス

    出典:NTTデータ経営研究所が作成

    まずは準備フェーズである。生前取引拡充のためには、サービスの全体像を描く必要がある。自行庫の顧客ニーズを踏まえて、どの商品・サービスのラインアップが必要か、検討することが第一の課題であろう。特に、信託と生命保険については自行庫で対応できず、提携戦略を取ることになるだろう。その際、どの商品・サービスを顧客に提供したいのか、該当する商品・サービスはどの会社が持っているのかなど、自行庫の戦略に合わせた判断をする必要がある。

    次のステップは内部教育である。行職員の相続に対する知識(商品・サービスだけでなく、法律や税法も含めて)を向上させる取り組みが必要である。そのため、研修や勉強会の開催などで、行職員をサポートすることが必要である。一部の金融機関では、e-ラーニングを用いた相続業務に関する研修を行っているところもある。また、行職員のモチベーションアップや、顧客へのアピールのため、相続に関する資格取得を奨励することがある。比較的大きな金融機関の中では、自社の中で相続に関する認定制度を制定して、資格付与を行っているケースもある。

    このような準備段階を経たのち、いよいよセールス・フェーズに入るが、いきなり商品・サービスのセールスを行うのは望ましくない。次の段階として、対象顧客を把握することが必要になる。前述したように、自分の死後に関することを言われることを望まない顧客も多い。どこにニーズがあるのか、慎重に見極めながら取り組む必要がある。具体的には、相続に関するパンフレットの配布(節税、納税資金、争族対策、土地利用等)、エンディングノートの配布、相続税に関するシミュレーションや無料診断などを行い、反応の良い顧客を探ることである。このような「無料」サービスを提供しながら、「有償」サービスを提供できる先を見つけていくことになる。一方で、すでに有償サービスを提供している先(相続に関する預貯金等をお持ちの方)には、このステップは省略して、クロスセリングに持ち込むのも望ましい。

    次のステップは顧客へのアプローチである。これは、相続に関する情報提供等を直接行い、個々の顧客ニーズの詳細を把握することである。具体的には、顧客向けの相続セミナーの実施、セミナー後の相続に関するアンケートの実施、希望する顧客への個別相談会の開催等が挙げられる。なお、高額の預貯金保有者や、中小企業オーナーなど、普段から渉外担当者が伺っている先では、細目なニーズヒアリングが功を奏する。

    このようなプロセスを経て、いよいよ顧客に商品・サービスを提供することになる。実際の営業の現場では、前のステップで知りえた情報を活用しながら、適切な商品・サービスを勧めることが必要である

    図表4のうち、ステップ3の取り組みは、支店店頭で行うことが多いが、ステップ4のアプローチは、支店で行うこともあれば、近隣の大きな店舗に顧客を集めてセミナーを開くこともあるであろう。また、近年では相続に関する相談サロンを設けている金融機関もあり、口座保有支店外での対応が行われる。一方でステップ5の実際のセールスの現場は口座保有店になる。このように、顧客を支店から支店外、そして支店へと送客していく必要がでてくるため、金融機関内での情報共有・連携が他の商品・サービスよりも重要になってくる。また、支店店頭に来店されたものの、支店職員では対応しきれないような高度な問い合わせの場合、本部の専門スタッフがテレビ電話会議システム等を用いて対応する試みも行われている。

    生前取引拡充のためには、ステップ1からステップ5までを順番にやって完了ということにはならない。常に改善点を見い出しながら、ステップ1(サービス全体像策定)やステップ2(内部教育)にフィードバックしていくことが重要である。

おわりに
  • 相続の生前対応は、金融機関にとって大きなチャンスである。このチャンスを生かすため、また自行庫の顧客に対して最良の商品・サービスを提供するため、各金融機関が知恵を絞り、サービスを磨き上げることが必要になると考えられる。

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