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霞が関における朝型シフト、ワークライフバランスを考える

公共行政サービスコンサルティングユニット ユニット長
パートナー 上瀬 剛

 昨今のワークライフバランス重視の中で、長時間・深夜勤務で知られる霞が関官庁街においても、今夏には早朝勤務(ゆう活)が官邸からのトップダウンとして打ち出された。今回の取り組みに関しては、政府が主導を取って実施することに対する意義を認める立場と、実現性の低さやしわ寄せ等の逆効果を指摘する意見の双方が寄せられている。特に官公庁において勤務の朝型シフトが注目されているのは、霞ヶ関での勤務が特異性を持つにもかかわらず、常態化している長期間勤務がトップダウンでどこまで改善できるか、官民共通の試金石になっているからであろう。

 本稿では、筆者が早朝勤務型である(起床4時半、出社時間6時半前後)こと、霞ヶ関勤務経験があること等を踏まえた考察を行った。

1.課題認識
  • 1)業務の他律性、非自己完結性

    霞ヶ関での勤務にはさまざまな短時間勤務への阻害要因が含まれるが、特に問題となるのは、外部環境(上司を含む)に合わせて他律的に動かざるを得ない時間(他律的時間)が昼間の勤務時間中に占める割合が高く、自らの業務に主体的に集中できる時間帯が夜にならざるを得ないという点である。このように、集中できる業務時間帯が夜になる点は、育児等で職場での夜間勤務が難しい子育て中の女性にとって大きな課題となる。

    他律的な仕事の中でも中心を占めるのは、会議(インナーから、審議会・研究会等の公式会合)・庁内打ち合わせ・関係省庁との打ち合わせ、国会あるいは有識者等(先生)への根回しに参加、同行等のさまざまな物理的拘束である。これらの時間の削減は、判断主体が外部にあることから完全に対処するのは困難であるのも事実である。日本の製造業が「すりあわせ」によって高品質、競争優位性を確保したことは知られているが、霞ヶ関は調整、根回し等のコミュニケーションに関するすりあわせの「アート」であるといえよう。こうしたすりあわせは、利害と所管が錯綜(さくそう)する官庁において「全省庁一致」で物事を決めていくために不可欠であった一方で、莫大(ばくだい)な調整コストは業務時間短縮上の敵となる。

  • 2)業務量のバランスの悪さ

    霞ヶ関において、所管業務、組織および紐づけられる職員(数)は法律、予算、諸制度上の制約を持つ一方で、業務量・本数という点からの平準化の面では不十分である。正確な分析、データ等があるわけではないが、私の業務経験上、制度や政策、予算案件を抱えるところは総じて業務過多の傾向が極めて強く、残業が恒常化しているのが実態である(特にアドホックな案件が重なった場合には、業務量が莫大に増える一方で職員不足とのギャップが発生する)。こうした業務量のアンバランスについては、単に業務プロセスの見直しや生産性向上を図るだけでは解決が難しいであろう。やはり業務の本数を減らすこと、かつ関係者間の業務量、業務時間のばらつきを精査して、その平準化を図るという取り組みは不可欠となり、定員管理・予算管理部門の理解、協力と現状とあるべき業務配置の検討が不可欠となる。

2.業務分析による現状把握

 業務の生産性の向上は、トータルの業務時間削減に対して大きな効果を果たすことは言うまでもない。特効薬なるものはなく、公務員を取り巻く業務の現状についてより構造的、多角的に把握したうえで、トップダウンあるいはボトムアップの組み合わせによって解決していくしかないだろう。とはいえ、現在の霞ヶ関の業務を分析的に俯瞰(ふかん)しモデル化することで、今後の具体的な打ち手が見えてこないか、私案を整理した。

  • 1)業務棚卸し、見える化(業務×職位マトリクス)

    政府においても民間企業と同様さまざまな業務で構成されるが、職位によってその特質、ポートフォリオが変わってくる。したがって、時短を進める場合も、全職位一律での対策ではなく、業務、職位別の打ち手を考えていかなければならない。例えば、役職が下の場合は定型的な作業が多いが、途中から(ドキュメンテーション中心の)創造的作業(企画を含む)が中心となり、(あくまで役所の場合)最上位になるにしたがって、省内外への調整、根回し的な業務が多くなる。一方である程度より上位層になると業務を下に振れるが、中間的立場では「下に振れる立場であるにも関わらず下に振りようのない仕事」を多く抱えることになる。

  • 2)部門別のリソースの十分性

    役所の場合には、部署(局から課室まで)による業務の属性区分と、当該課室内の担当、ラインによる業務の区分に分かれる。これらは必ずしも上下関係になく、例えば企画・立案を中心とする部門における庶務担当と、オペレーショナル(例:会計、契約)な業務における企画担当では、どちらが立案業務(見える化が難しい)が多いか見えづらいことがある。

    ただし、一般的な傾向として、オペレーショナルなところについては、人員が比較的十分なことが多い。これは人数的なこともあるが、オペレーション部局の実際の業務の相当部分が関係部門に業務を委譲していることもあり、定員・職員数という点でパラメータとしての意味を持つことが想定される。オペレーショナル業務は効率化を図る一方、空いたメンバーを政策等の合理化が図りづらい部署に充てることで平準化を図っていく。

  • 3)季節要因等のピーク性の把握

    政府、地方公共団体を問わず、民間においても業務の繁忙期・閑散期を持つ部署、そうでない部署がある。特に官庁の場合には国会対応、法案対応、予算対応はこうした季節パラメータの代表的なものであり、そうした季節要因への対処も、民間事例を参考に取り組むべき点が多いと思われる。すなわち、業務のピーク時に、非正規職員の増や他部門からの応援で吸収できるところもあれば、そうでなくてオフピーク時の要因で対応しているところもある。ただし、こうした季節対応についても予期可能性が高いものと低いものがある。特に国会対応については後者の典型例で、業務の発生量、発生時期の予測が難しく、かつ内容もアドホックなものが多い。一方で国会対応が霞が関の業務時間短縮に「越えなければならない壁」であることを踏まえると、対応方法(議員側、官庁側)ひいては国会における議論のあり方まで問いかけを迫る重い問題だ。

    図:現状把握の鍵

    図:現状把握の鍵

    出所:NTTデータ経営研究所にて作成

3.業務生産性向上、業務時間削減への示唆

 以上の現状把握を踏まえた上で、今後の具体的な進め方について考えをまとめてみた。

  • 1)業務の個人完結性、決定権付与

    冒頭で業務が、他者依存が故に調整、チェックに時間がかかるとともにプロセスが複雑になり、これが長時間勤務の要因となっている点に言及したところである。今後は場所が庁内か外かを問わず、期限、品質等について開始時点で合意したうえで権限を担当レベルに持たせ、その業務遂行方法については当事者に決定権を持たせることが必要となる。これは権限問題からスタートするが、ひいてはワークスタイルの確立を通じて生産性の向上と品質向上にも貢献する。

  • 2)業務量、人員配置の適正化

    公務員における生産性向上にあたっての最大の課題は、現在の公務員の業務配置と人員配置が適正かという点だ。上記のとおりそれぞれの業務の数とそれの要素(複雑度等)をポイント換算すれば、業務の多忙度で極めてバランスが欠けていることが明確になる可能性がある。一方で、昨今の財政難の下で定員を必ずしも増加させることが容易でないというのも事実であり、その点を踏まえたうえでの対応策、打ち手については、政府全体として練らなければならない。

    現在も民間企業から出向等で政府業務を支えることが増えていることは事実だが、現在の業務の中で本来であれば民が中心で行うべきものがあるとすれば、民と官とで守秘義務保持契約を交わしたうえで民主導により進められるものがないか、各種の会議において必要以上の人員を配していないか(例えば3人で漫然と対応していた場合、1名+派遣が議事録を作成してナレッジ共有する等)で、巻き込み度合い削減による業務効率化余地はあるのではないか。

  • 3)業務シェア、脱タコツボヒエラルキー

    霞ヶ関という巨大な組織においては一人の努力に限度がある一方で、業務の遂行単位である「ライン」を構成する人数は必ずしも多くない(逆にラインの数が膨大)。そうした中では、ラインを構成する単位である「チーム」の構成メンバー間で業務負担の平準化を図ることができれば、かなりのオプション、自由度が広がってくる。日本の業務の場合には欧米と違って、機能、職務によって個人が必ずしも分離しているわけではなく、チームワーク、コラボレーションが一つの強みである。

    とすれば、役所は確かにラインごとに、課長―課長補佐―係長―係員というピラミッドに基づき業務が振られているのは事実だが、ある仕事については係長と課長補佐が互いに補完関係に立つことで業務配分時間の融通を図ることができ、業務設計をより効率的、効果的に進めることができるのではないか。

  • 4)アウトカムからの逆算での業務の必要性

    役所は資料作成が大きな仕事であり、例えば政府のさまざまな研究会、審議会においても事務局資料として莫大な資料作成が行われ、そこに時間が要されているのが実態だが、マクロにみた場合の必要性がどこまであるのかも大きなカギとなる。

    ドキュメントにかけているコスト、業務負荷との見合いでどの程度の重要度を持つかという視点(例えば、幹部向けのレク資料、庁外根回しのための厚い説明資料等)、民間での視点を常に持ち続けることが必要だ。役所において業務をスクラップしていくことは容易でないが、上がこの業務は不要という英断ができるかがポイントとなる。場合によっては民間委託等、業務削減の具体策については大胆な打ち手が必要となる場合も想定される。

  • 5)ITの活用

    テレワーク、在宅勤務、モバイルワーク等は必須ツールとなるであろう。具体的な活用は施策としてはあってもいかに根付かせるかについては、今後の具体的な取り組みの本格化として期待したい。総じて役所の労働時間の長さは労働環境の悪さ(例:狭い机に書類の山、エアコンの効かない中での長時間労働等)が関係している。ITは業務時間削減、業務効率化に加えて、執務環境の改善に有効活用できるにちがいない。

3.最後に

 政治、行政の幹部が結果を出すために、部署横断で阻害要因の除去と施策の実施、結果からの検証と見直しといういわゆるPDCAサイクルの実践が必要である。小手先の対策としては、部分的な導入で済ませることだが、役所の業務が自然発生的に増えていくことをみると、対症療法的な取り組みでは物事の本質的な改善を遠ざけることにしかならない。幹部は自分の若い時の経験をそのまま教訓として長時間勤務を強いているのか、あるいは現場に疎いのかのどちらか。いずれにしても、トップの方針で組織が変わるのが本来の姿(一方で官庁の場合はそこが弱い)なので、そのあたりの人事あるいは具体的設計が重要となる。当社としても日本のワークスタイル変革、業務効率化の先駆者としての霞ヶ関の役割に着目しており、今後とも具体的な提案と実現に向けて取り組みを進めてまいりたい。

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