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環境戦略 第4回

企業のレジリエンスと気候変動情報開示パフォーマンス

―グローバル先進企業にみるIR戦略の「妙」―

『情報未来』No.39より

社会・環境戦略コンサルティング本部
シニアスペシャリスト 大塚 俊和

企業のレジリエンスを測る指標を求める投資家

 わが国企業におけるIR戦略上の大きな課題は、投資家からのESG(Environmental, Social, Governance)情報開示要求への対応が挙げられる。現状、わが国企業においては、ESG情報の開示をIR部門が対応している例は少ない。多くの場合、投資家からの非財務情報の開示要求のうち、特にESG情報については、CSRあるいは環境部門が対応しており、財務情報とESG情報の開示は別ルートにて行われ、IR部門とCSRや環境部門との間において情報共有が図れていないのが実態である。近年、投資家は、ESG情報を含む非財務情報の開示を財務情報の開示と同等に企業に求めているが、ESG情報の企業評価へ及ぼす影響について、わが国企業のIR部門、さらには企業経営者の意識は決して高いとは言えない(図表1)。

図表1:企業における非財務情報開示要求への対応

図表1:企業における非財務情報開示要求への対応

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

 投資家はなぜESG情報の開示要求を行うのであろうか。その背景には、財務情報からは読み取ることのできない企業のガバナンス能力、将来リスク、そしてリスク対応能力など、企業の「耐力(Resilience/レジリエンス)」を測る情報をESG情報から得ることができると考え始めているからである。言い換えれば、エネルギー危機、金融危機、天災など、企業の事業活動を取り巻くあらゆるリスクに対しての企業の真の「耐力(Resilience/レジリエンス)」は、財務情報からでは読み取れないのである。

新たな企業評価指標CDPの台頭

 こうした企業のESG情報において、カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)の企業評価スコアに投資家、そして企業の双方が近年大きな関心を向けている。

 CDPは、英国のNPOが、世界の機関投資家からの要請により2003年から開始した、時価総額上位企業の気候変動に関わる対応を、あらゆる角度から評価・格付けするアンケート調査である。英国、米国、カナダ、日本、ドイツ、フランス、スイス、北欧、東欧、豪州、韓国、中国、南アフリカなど世界各国において調査が実施されており、2012年においては、全世界の665社の機関投資家を代表してアンケートが実施され、全世界で約4000社がアンケートに回答し、CDPからの評価を受けている。わが国においては、時価総額上位500社が調査対象となっており、2012年には233社が回答している。

 投資家のCDPへの評価は、近年急速に高まっている。英国の独立系シンクタンク”SustainAbility”が2012年9月に公表した、“Rate the Raters 2012”は、世界における企業の持続可能性を評価・格付けする取り組みの中から、評価手法が確立されている18の取り組みを選定し、評価・格付けの信頼性について850人の企業担当者、投資家、アナリストなどへアンケート調査を実施した結果を報告している。“Rate the Raters”は、2010年においても実施されているが、前回の結果と比較すると、ランキングにおいて大きな変化が見られ、前回最も信頼性が高いと評価されたDJSI※1を抑えて、CDPが圧倒的に信頼性の高い取り組みとして評価されている。世界に数多くあるサステナビリティに関わる企業評価指標において、これまで、多くの企業が銘柄選定に組み込まれることをステータスとしていたFTSE4GoodやDJSIをしのぎ、CDPが圧倒的に信頼性の高い指標であるという調査結果は、サステナビリティに関わる企業評価指標の序列に劇的な変化が起きていることを示している(図表2)。

※1 DJSI=Dow Jones Sustainability Indexes

図表2:サステナビリティインデックスの信頼性ランキング

図表2:サステナビリティインデックスの信頼性ランキング

出所:CDP Global500 Climate Change Report2012を元にNTTデータ経営研究所にて作成

気候変動情報開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの相関

 CDPが高い信頼性を得る理由としては、投資家が求める詳細な気候変動に関わるガバナンスやリスク情報を開示要求していることや、評価(スコアリング)の透明性などが挙げられるが、最も注目されているのが、「気候変動情報開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの相関」という視点である。CDPでは、各国において気候変動情報開示の評価スコアが高い企業を、Carbon Disclosure Leadership Index(CDLI)として選定を行っているが、世界の時価総額上位500社を調査対象とするCDP Global2012において、気候変動情報開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの両者には相関があることがCDP10から報告された(図表3)。

図表3:気候変動情報開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの相関

図表3:気候変動情報開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの相関

出所:CDP Global 500 Climate Change Report 2012を元にNTTデータ経営研究所にて作成

 世界の時価総額上位500社からCDLIに選定された、気候変動情報開示スコアの上位10%企業(黒線)と、調査対象となったすべての企業(赤線)の過去5年間における平均リターンをみると、CDLIに選定された企業のリターンが、調査対象となった企業の平均値の約2倍であったことを示しており、さらには、リーマンショック後の財務パフォーマンスは、明らかにCDLIに選定された企業の方が急速に回復していることが見てとれる。この結果から、CDPにより選定されるCDLIが、企業の真の「耐力(Resilience/レジリエンス)」を示す指標として有効なのではないかという期待が投資家から寄せられている。気候変動情報の開示パフォーマンスと財務パフォーマンスの相関の因果関係については、「そもそも企業に体力があるから情報開示に人も金も費やせるのだ」という見解も当然のごとくある。相関についての因果関係の解明は今後の課題であるが、「気候変動情報の開示パフォーマンスの高い企業は、財務パフォーマンスも高い」という相関があるのは紛れもない事実である。気候変動情報開示パフォーマンスは、企業のリスクマネジメントの縮図であり、気候変動情報開示パフォーマンスの高い企業は、すべての領域におけるリスクマネジメントに優れており、有事において非常に強い耐力を発揮するのではないかと考えられる。

ネスレ社にみるIR戦略の「妙」

 投資家がCDP評価スコアへ注目することにより、評価される企業側の関心も近年急速に高まっている。CDP Global500においては、ここ数年、評価スコア獲得において企業間の熾烈な争いが起きているが、CDP Global500 2012にて、CDP史上初めて2社(NestleおよびBayer)が満点を獲得した。わが国企業の評価スコアはGlobal500企業より全般的に下回ってはいるが、自動車/飲料/海運/建設/情報/素材などの業界においては、同業者の中で 1社が高い評価スコアを獲得することが引き金となり、競合他社が追随する現象が顕著に表れており、業界内での評価スコアの獲得競争が全体の平均スコアを上昇させる要因となっている(図表4・図表5)。

図表4:CDPセクター別トップスコア比較(Global500 CDLI/Japan500 CDLI)

図表4:CDPセクター別トップスコア比較(Global500 CDLI/Japan500 CDLI

出所:CDP Global500 Climate Change Report2012および
CDPジャパン500気候変動レポート2012を元にNTTデータ経営研究所にて作成

図表5:CDP業界別スコア上位企業(Japan500)

図表5:CDP業界別スコア上位企業(Japan500)

出所:CDPジャパン500気候変動レポート2012を元にNTTデータ経営研究所にて作成

 CDP Global500 2012においては、CDLIに選定された企業の多くが、その事実をプレスリリースにより対外的に情報発信しているが、多くの場合、市場から好意的に受け取られ、株価を引き上げる要素となっている。こうしたなか、CDP Global500 2012において満点を獲得したNestle社のプレスリリースには着目すべき点がある。他社のリリース内容がCDP評価スコアの高評価獲得を全面に打ち出しているのとは対照的に、 Nestle社は高評価スコアには一切触れず、”Nestle tops list of global companies cutting carbon emissions”(最もCO2排出量を削減したグローバル先進企業として選出された)との一般投資家に理解し易い表現を用いてリリースを行っている。CDPの評価基準では企業のCO2排出の総量削減量についても評価の一部となっており、Nestle社のリリース内容は決して誤った表現ではない。リリース直後、Nestle社の株価は、リリースを行った他社を大きく上回る約2%の上昇をみせており、同社のリリース手法は見事に的中している(図表6)。

図表6:気候変動情報開示と株価(Nestle社)

図表6:気候変動情報開示と株価(Nestle社)

出所:SIX Swiss Exchange Nestle社株価を元にNTTデータ経営研究所にて作成

 多くの日本企業が、CDPの評価スコア向上によって得られるメリットに疑念を抱きつつ、競合他社の動向を睨みながら受動的にCDPへの回答に取り組んでいる一方において、Nestle社はESG情報を重視する投資家の動向をいち早く捉え、CDPの高評価獲得を一般投資家へ分かり易く伝えることにより、市場からの最大限の評価を引き出している。こうしたNestle社のCDPへの取り組み姿勢には、ESG情報を企業経営の重要な指標として位置付け、高評価獲得を目指すだけではなく、さらにそれを巧みに活用して企業価値へとつなげるグローバル先進企業のIR戦略の「妙」をみることができる。

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