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本当の価値を生み出すための地域活性化

『情報未来』No.39より

ソーシャルイノベーション・コンサルティング本部
パートナー 本多 周一

高齢化と少子化の影響

 わが国では、かつて世界が経験したことのない速度で高齢化が進んでいる。総務省の人口推計によると、2011年10月1日時点での65歳以上の人口は2975万人となり、この数字は過去最高で全人口に占める割合も23.3%となった。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると高齢化率は2055年まで上昇し、同年の65歳以上人口の比率は40%を超えるとされている。このような急激な高齢化率の上昇は、高齢者人口の増加という分子の増加だけではなく、少子化による総人口の減少という分母の減少も大きく寄与している。

 さらに地方では、10代~20代の若者を中心に就業や就学などによる都市部への社会的な流出が進み、高齢化率が50%を超えている、いわゆる限界自治体も増える傾向にある。この傾向は、地方から高度経済成長期にベッドタウンとして発展してきた大都市周辺部の自治体へも拡大し、最終的には都市部でも高齢化が進むことになる。

 結果的に、社会保障においては支えられる者の数に対して支える者が減り、これらの比率が維持されるという前提に立つ現在の社会システムが成り立たなくなることとなる。高齢化、少子化への対応については国全体として取り組むべき重要な問題であることは明らかである。

地方の危機と再生の必要性

 とは言いつつ、今回の議論の対象としている地方を切り出してみると、前記のように若者が少なくなっている地域が増加し、存続の危機に立たされている自治体も出始めている。教育の機会、就業の機会の多い都市部に人が集まることは経済合理性から見て自然の流れかもしれない。また、人口が希薄・分散した地域では行政コストが高くなるために人口を集中させたほうが無駄がなくなるという意見もある。しかしながら、この状況を合理性だけで片付けて良いのだろうか?

 筆者らのグループは、これまで高齢者の増加や人口減少が進む地域において、医療、介護、健康維持、見守り、交通などのいわゆる生活基盤整備の必要性を提示し、多くの地域を訪問・支援してきた。この経験で多くの地域を見て再認識した事は、各地域にはそれぞれの風土に合った文化や風習が長い年月をかけて築きあげられ、これらの文化や風習が次の時代を生き抜くための重要な知恵となっているという事実である。従って、地域の文化や風習を残すことは日本に生まれた我々が次世代への繋ぎとして守るべき使命であり、「合理性だけではなく地域を存続させるためにどうするか」ということを前提に地域問題を考えるべきではないかという考えに至った。

現実と課題構造

 身近なところに目を移すと、高齢者やその割合が増えた地域では、我々が支援しているような医療・介護などの高齢者対応の社会基盤の整備が必須であるということが当然のように認識されている。地方自治体の職員を含む多くの人達は地域を守るためにこれらに真剣に取り組んでいる。しかし、その整備がなかなか進まないのも事実である。このような取り組みがなぜ、必ずしもうまくいかないのか? うまく進めるためにはどうすれば良いのか? 我々の経験からの仮説を提示したい。

 進まない原因として多く経験することは、施策を実施するための予算がないということがあげられる。高齢化率の高い自治体の多くは、財源を地方交付税交付金に頼る割合が大きく、予算に余裕が無い。また、生産年齢に当たる若者の流出は税収の減少を引き起こし、高齢者の増加は社会保障費を増大させ、ますます財政が悪化するという結果を招いている。財政が悪化すれば住民サービスが低下し、特に若い世代及びその子供世代の人口減少につながる。若者が減ればますます税収が下がる。いわゆるネガティブ・スパイラルに陥っている構造となっており、新たな施策はおろか現状維持の予算確保も難しくなっている現状もある。その結果、その地域の存続が危ぶまれることとなる。地域には解決すべき多くの課題があるが、このスパイラルから何が何でも脱出するという強い意志にもとづいた施策が何よりも重要であると考える。

ネガティブ・スパイラルからの脱出

 では、どうすればこのスパイラルから脱出することができるのだろうか? ネガティブ・スパイラルを形作っている要因の中で、コントロールできる要素を徹底的に改善するしかない。高齢者は意思と関係なく増える。一方、①若い世代の流出~税収の減少及び②社会保障費の増大は工夫次第で抑制できる可能性を持っている。つまり、高齢者の増加は抑制できないが、高齢者が増えても持続性のある地域を作り上げるために、地域の収入の増加と支出の減少に特に注力して取り組むことが重要ではないかと考える。

 ①については、就学や就業の機会を作ることが最も大切である。人口の少ない地域での就学機会の整備は難しい面があるが、就業の機会はスパイラルから脱出するために最優先で取り組む必要があると考える。そのためには地域の産業を活性化することが鍵である。産業を活性化することで、税収や雇用が確保される。税収が増えることで施策実施のための予算を確保でき、住民サービスも維持できる可能性が高まる。雇用機会が増えれば、若い世代の流出を抑制することができ、人口減少のスピードを減速させる可能性が高まる。

 ②については、高齢者が健康に暮らし、医療費や介護費を抑えることが考えられる。国内において実際に実現している長野県の事例が大変参考になる。次項〈ポジティブ・スパイラルに反転するために〉の後半でご紹介する。

ポジティブ・スパイラルに反転するために

 これまでに述べてきたことは、多くの地域において取り組まれてこなかった内容ではないかも知れない。と言うより、取り組まれてきたが効果がなかなか上がっていないというのが現実ではないかと推測する。そこにはいくつかの原因があると予測しているが、これまでに現場を見てきた経験から効果が上がるであろうと考えられる取り組みを考えてみたい。

 まず、若い世代の雇用を確保し、その流出を減らし、税収を確保するうえで重要である産業活性化についての施策を見てみると、「事業マッチング」、「企業間連携」、「グローバル」、「事業集積」、「企業立地・誘致支援」、「産学官連携」などといった内容が多い。これらの施策が大変重要であることは間違いない。しかしながら、私見ではあるがこれまでの経験から、多くの中小企業がそのまま取り組むにはハードルが高い印象がある。多くの中小企業や地域の産業はこれらの施策の恩恵に与ることができていないのではないかと推測する。特に、人口減少や高齢化が進んだ地域においては、企業誘致や事業集積などは無理である。前記のような大局的な取り組みの前に、まず地域の個別企業の強みや農業・観光などといった強い分野を把握し、それらの強みを生かす方策を考えるといった、地に足のついた取り組みから始めることが重要ではないかと考える。そのうえで、前記のような施策を必要に応じて取り入れるという活用の仕方が望ましいのではないだろうか。

 次に大切なことは、方策を方策で終わらせず実現させることである。では、方策~実現をどのように進めて行くかであるが、まず強みを認識し、市場や顧客ニーズを把握してアイデアを出すことができないといけない。実際の取り組みでは財源も必要になる。市場開拓も必要である。これらを体系的・連続的に構築することが重要であり、その鍵を握るのは地域金融機関ではないかと考えている。金融機関がエンジンとなり、地域産業の強み把握~機会創出、財政支援(貸出)、市場創造支援、さらに人材育成支援等を担っていくことは、地域産業を通した地域活性化に寄与し、結果的には金融機関自身の事業継続にも大きな価値がもたらされるはずである。金融機関が前記一連の支援をワンストップで提供することが難しい場合は、経営コンサルタントや各種士業との連携で補うという考え方もあるのではないだろうか。

 米国では、一連の支援をワンストップで提供するエコノミックガーデニングと呼ばれる仕組みがあり効果をあげている。これは、地域の中小企業を行政が支援する仕組みであり、民間と連携しながら運営されている。近年国内でも勉強会等が開催されている。地域の産業活性化においては、地域全体の方向性の提示や民間事業者が活動しやすい環境を行政が整えることも大切であると考える。

 次に、社会保障費の増加を抑制し支出を減らす方法を考える。

 長野県は有数の長寿県でありながら、老人医療費が低いという特徴がある。この要因として、医療機関を中心として行われてきた「保健補導員活動」「食生活改善推進協議会活動」「結核予防婦人会活動」、県が行ってきた「県民健康・栄養調査」「県民減塩運動」「健康づくりやまびこ運動」「骨粗しょう症予防対策事業」「健康グレードアップながの21」や公民館活動として多くの生涯学習講座などによる健康活動が盛んであり、県民の健康に対する意識を高めてきたことがあげられている。また、長野県は高齢者の有業率が男女とも全国一位であり、他の要因もない訳ではないと考えられるが、図表1に示されるように、有業率の高い県は医療費が低いということがデータでも示されている。有業率を上げるためには、①の産業活性化が必須であり、連動させて取り組むことに意義があると思われる。この事例からの示唆は、働き続けることと絶え間ない啓発活動にあると考えられる。一つの施策で効果が出なくても継続して実施することに価値がありそうである。

図表1:有業率と老人医療費

図表1:有業率と老人医療費

出所:高齢者の有業率「平成14年就業構造基本調査」、一人当たり老人医療費
「平成13年度老人医療事業年報」(厚生労働省)を元にNTTデータ経営研究所にて作成

まとめ

 少子化・高齢化・人口減少がもたらすネガティブ・スパイラルから抜け出すことを最優先課題におくべきである。そのためには、「収入を増やす」「支出を減らす」ことを関連付けて官民一体となって取り組むことが大切である。収入を増やすためには地域資源の強みから機会を掘り起こし育てて行くことで、税収や雇用を確保し、住民サービスの維持・向上を通して住民が流出しない環境を作る事につなげる。高齢者雇用により健康維持も可能かもしれない。支出を減らすうえでは高齢者の増加の影響が大きい社会保障費にターゲットを当て、長野県の事例などを参考に継続した啓発活動を行い財政の健全化を図る。

 派手さはないが、このような愚直な取り組みが、自立した足腰の強い地域の価値を作り上げるのではないかと考える次第である。

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