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中国IT市場の泳ぎ方

シニアコンサルタント 菊重 琢
『情報未来』No.38より

はじめに

グローバル化が叫ばれて久しい昨今、日本企業は着実に海外での事業展開を進めている。特に中国への進出は顕著で、経済産業省の「海外事業活動基本調査結果」では、中国における日系企業の現地法人売上は2001年には約11兆円であったのが、2010年には3倍以上の約35兆円にまで成長した。また、売上高の内訳を見ると、2001年売上のうち中国国内販売が占める割合は44%であったのに対し、2010年にはその割合が67%にまで増加、中国の市場としての存在感は増すばかりである(図表1)。

図表1:日系企業の中国現地法人売上の内訳
グラフ
出所:経済産業省「海外事業活動基本調査結果」をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

さて、日系ITベンダーに目を転じてみると、各社とも中国における積極的な事業展開を進めている旨のニュースを度々耳にする。現地法人の設立、現地有力企業との提携、合弁会社の設立など。しかしながら、中国国内から見た場合、現在の日系ITベンダーの存在感は想像以上に薄いのが現状だ。日系ITベンダーの意気込みは、同業者の中だけでこだまし、顧客にまで届いていないのではと勘繰ってしまう。

中国において、IT分野における日本ブランドを確立するため、われわれは何を知り、何をすべきなのか。今回は、中国における現地日系企業の活動における問題点をマクロ的・ミクロ的視点から考察するとともに、筆者自身が上海で事業活動を行うなかで経験している知見をもとに、中国進出を目論む日系企業、特にITベンダーの進むべき方向性について、若干の意見を述べたいと思う。

本当に向き合うべき顧客は誰か

中国経済の減速が報道される昨今ではあるが、IT分野に関して言えば、その規模、成長率は衰えを知らない。中国工業情報化部の発表によると、中国のソフト・情報サービス市場規模は、2010年に約17兆円、2011年には約23兆円に達した(1元12.5円換算)。2010年の日本における情報サービス産業の市場規模が約19兆円(経済産業省・特定サービス産業実態調査)であったことを鑑みると、2011年中国の情報サービス産業市場規模は、すでに日本を超えている可能性が高い(図表2)。

図表2:日中情報サービス産業市場規模推移
グラフ
出所:中国工業情報化部、経済産業省「特定サービス産業実態調査」をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

一方で、日系ITベンダーの中国進出状況は、他の欧米系ITベンダーと比較して出遅れ感が否めない。日系ITベンダーにとって、長年中国はオフショア拠点としての色彩が濃く、市場としての重要性を認識しながらも、なかなか事業のシフトチェンジを図ることができなかったという背景も影響しているだろう。現在では、中国市場の中で一定のポジションを確立すべく、各社事業展開を加速させているが、IBMやHPなどの欧米系企業と比較し、大きなシェアを確保できていないのが現状だ。

日系企業の場合、顧客となる日系企業の中国進出に倣う形で、現地日系法人向けサービスを中心に事業を展開していることが多い。気心の知れた仲で、日系ベンダーとしての強みを活かしやすいという点では効果的な進出方法ではあるが、これだけでは中国に進出した意味が希薄化してしまう。

冒頭でも記載したように、中国における2010年の日系現地法人の売上は約35兆円である。一般的に、企業のIT投資規模は売上高対比1%といわれていることから、おおまかに見積もって3400億円程度が中国における日系現地法人のIT投資規模と考えることができる。これは、2010年の中国ソフト・情報サービス市場規模である約17兆円の2%程度の規模だ。CCW ResearchによるとIBMの中国市場におけるシェアは約8%(2009年時点)といわれており、仮に日系現地法人からのIT需要を100%確保したところで、中国情報サービス市場においてはIBM1社の1/4程度の売上しか確保できないことになる。

このことからも分かるとおり、すでに国内の情報サービス市場規模が日本と匹敵する中国においては、日系企業だけではなく、その需要の中心を担う中国地場企業をターゲット顧客としない限り、中国のなかで一定のポジションを確立したとは言い難い。

中国市場の泳ぎ方

しかし、そうは言っても、日本とは様相が全く異なる中国で、現地中国企業を相手に事業を展開していくのは容易なことではない。

中国でビジネスを行う日本人は、日本企業と現地中国企業との大きな文化・商習慣の差に戸惑う経験が少なからずある。これがもとで、中国企業に対して心理的な抵抗感を抱く日本人も多いようだ。相手側からの要件をヒアリングしようとしても、どうも要領を得ない。相手からの要件を聞くことができていない段階で、とにかく製品の説明を求められる。製品を説明しても、交渉時には結局価格面だけにフォーカスされてしまう。交渉で合意したはずなのに、翌日にはその内容が覆されてしまうなど。

中国企業を相手にするには、まずは中国企業の特徴、そして、中国人に対する深い理解が必要だ。

ニーズ探しの迷路に迷い込まないために

端的に言えば、中国企業におけるITニーズは、発注段階においても明確でないことが多い。というのも、日系ユーザー企業のような精緻な検討を経てシステム導入を決めるというプロセスが、そもそも一般的でないからである。

朝改暮変の世界で生きる中国企業においては、スピードこそが命という意識が強い。日本とは別の時間感覚の中で生きる中国企業の経営者にとって、検討に多くの時間をかける日系企業の仕事の進め方は、非常に歯痒く映ることであろう。遅々として進まない日本側の意思決定プロセスに嫌気がさした結果、交渉を打ち切られて競合企業に案件を取られてしまう事態も十分に発生し得る。

日本側からしてみれば、相手の要件を十分に把握しなければそもそも何を提供していいか分からないという言い分が成り立つが、仮に銀行などの政府背景のある企業の場合であっても、ユーザー企業側からRFIやRFPなどの形である程度の要件や情報が適切に提示されることは多くない。どういったソリューションがあるかとにかく提案してくれといった、ベンダー側からすればある種、丸投げとも取れるような顧客要望が多いのが実情だ。また、トップダウン的要素の強い組織の中にあって、ユーザー側の担当者が具体的・主体的なシステムニーズを持っていることはあまり期待できない。結果、必要な機能要件などの検討が進まないうちに、交渉のテーマが価格部分のみに収斂していってしまう。

斯くして、ITベンダーには、日本のように顧客からの要望に丁寧に対応するきめ細やかなサービスというよりは、顧客企業以上に顧客企業(業界)事情を熟知したベンダー側主導でのコンサルティング型プロジェクト推進能力、当該業界で求められる標準的なニーズを網羅したサービスラインナップ、そして、現地中国企業のスピードと価格交渉に対応するための、簡素な意思決定プロセスが求められることとなる。

現地化とアイデンティティのはざまで

さて、中国市場で成功するための前記要件を満たすための重要なキーワードが、「現地化」である。ここでいう「現地化」とは、中国現地法人における人員の現地化、そして、意思決定の権限・プロセスの現地化の双方を含む。現在では、現地中国法人の重要なポジションと意思決定権限を現地人材に移行させる、現地有力ベンダーと合弁企業を設立する、すでに現地の顧客基盤を持つ中国ベンダーへの出資・買収を行うといった方法により、各社現地化施策を進めているが、いずれのパターンにおいてもポイントとなるのは、どの点を現地化し、どの点を残すかの判断と、適切な管理方法の確立だ。

中国企業文化の中で生きてきた中国人材の特徴として、自身の仕事上の役割・スコープを明確に意識している点が挙げられる。自分の仕事は誰にも渡さない代わりに、他者が担当する仕事にはタッチしない。そのため、適切なモニタリングを怠ると、各現地社員が担当する業務内容が徐々にブラックボックス化していく傾向が強い。その結果、思わぬところで品質面やガバナンス面での問題が顕在化するといった事例は度々耳にする。

むやみな現地化により、自社のアイデンティティたる要素が霧散してしまうことも十分に有り得る。現地企業・中国人材の特徴を把握した上で、自社のバリューチェーンの中で何を堅守し、何を現地化し、何を管理するのか。これは、自社のコアコンピタンスの見極めと同義と言えよう。

潮目が変わる時のために

急速な経済成長を遂げる中国経済の中にあって、現地有力企業の経営者は自信を深めてきた。自分たちは中国市場の勘所を深く理解し、うまく波を乗りこなせていると。しかし、この波がいつまでも続くとは限らない。

中国は現在まで、安価かつ豊富な労働力を背景とした輸出主導の経済発展モデルのもと、急速な発展を遂げてきたが、人件費や物価の上昇により、低付加価値な輸出産業におけるコスト優位性は消えつつある。中国中央政府は、世界からの元高圧力を押さえ込み、輸出産業の延命を図るとともに、内需主導の経済発展モデルへの転換を指向しているが、足元の数値は厳しさを増している。

欧州危機の影響もあり、実質GDP成長率は、2010年1~3月期の前年比12.1%から、2012年1~3月期の前年比8.1%まで徐々に減速してきている。さらに、5月23日に世界銀行から公表された「東アジアおよび太平洋地区経済見通し」半年次報告書の中においては、中国の2012年GDP成長率は、前回の8.4%予想から8.2%へと下方修正された。

コストは二の次で売上拡大を指向してきた中国企業にとっては、経済が停滞し、自社の高コスト体質が顕在化したときこそ、日本企業のもつ強みの必要性が増してくることだろう。そういった意味においても、潮目が変わるその時に備え、自社の強みを磨いておく必要がある。

おわりに

ここ十年、日本の実質GDPはほぼ横ばいであるのに対し、中国は約3倍にまで膨れ上がった。しかし、時代は確実に変わっていく。中国が仮に、低付加価値な輸出産業依存型の経済発展モデルを脱皮できなかった場合、さらなる経済の停滞が待ち受けているのは自明の理だ。

今後、日系ITベンダーが変ぼうを続ける中国市場をうまく泳ぎ切り、一定のポジションを確立することを期待して筆を置きたいと思う。

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