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ASEAN+3 債券市場フォーラム(ABMF)を通じたアジアの債券市場育成

NTTデータ グローバル推進部 ビジネス企画室 部長 乾 泰司
NTTデータ経営研究所 マネージャー 西原 正浩
『情報未来』No.38より

債券市場育成の重要性とABMFの役割

1990年代後半に発生したアジア通貨危機をきっかけに、アジア域内の潤沢な貯蓄を域内に直接投資することの意義が認識され、域内の債券市場が整備されつつある。実際、2003年にはアジア債券市場育成イニシアティブ(Asian Bond Markets Initiative:ABMI)が合意され、これまでに数多くの検討課題に取り組んできた。2010年にはABMIの取り組みの一環として、域内のクロスボーダー債券取引の促進に向けて、債券市場慣行の標準化・規制の調和化を目的とした官民一体の「ASEAN+3 債券市場フォーラム」(ASEAN+3 Bond Market Forum :ABMF)が設置された。NTTデータグループでは、ABMFによるASEAN+3各市場における債券取引および決済に関する調査を支援してきた。本稿では、ABMFの調査によって明らかになった域内債券市場インフラを俯瞰するとともに、今後の取り組みについて論じたい。なお、ABMFの取り組み結果については財務省の報道発表(※1)のとおり、『ASEAN+3 債券市場ガイド』として本年4月に刊行され、アジア開発銀行のAsian Bonds Online上に全文が掲載されているので参照されたい(※2)

ASEAN+3の債券流通市場を支えるマーケットインフラの特徴

図表1:債券取引インフラストラクチャー・ダイアグラム(日本)
出所:ASEAN+3 Bond Market Forum “ASEAN+3 Bond Market Guide” から筆者が翻訳

『ASEAN+3債券市場ガイド』では、図表1で表したとおり、各国ごとに債券取引にかかわるインフラストラクチャーについて明らかにしている。さらに、債券のなかでも取引量が多い国債については、代表的な決済手法であるDVP決済(Delivery Versus Payment:債券が引き渡される場合には必ず資金決済が行われ、資金決済が行われる場合には必ず債券も引き渡されること、また資金決済、債券引渡のいずれか一方が行われない場合にはもう一方も行われないことを保証する決済方式)について、図表2のように、両サイドに取引参加者、中央に市場インフラを配し、どのようなメッセージのやり取りが行われているのか図示している。さらに図表3のように、非居住者によるクロスボーダー取引について、取引フローを明らかにしている。これら3種類の図表を同じフォーマットで記述することによって、ASEAN+3域内の債券市場インフラの特徴や類似点および差異が明らかになった。

図表2:国債DVP取引フロー図(日本)
出所:ASEAN+3 Bond Market Forum “ASEAN+3 Bond Market Guide” から筆者が翻訳

第一に指摘できることは、ASEAN+3域内で債券市場を有する各国(※3)において、証券決済機関と資金決済機関についてはすでに強固なインフラが確立されていることである。各市場ではSTP化(Straight Through Processing:取引約定から照合、清算、決済までのプロセスを、標準化されたメッセージフォーマットなどで、システム間で自動連携させることによって、人手を介することなくシームレスに処理すること)が進んでいる。また債券のペーパーレス化がかなり進み、日本のような完全無券面化までには至らないものの、各市場では、債券の不動化や大券化といった形式でペーパーレス化が実現している。さらに、ベトナムを除く他の市場では、実質的にほぼすべての債券取引が中央銀行マネーによりDVP決済されているなど、安全性を高める取り組みが広がっている。

図表3:国債DVP取引クロスボーダーフロー図(日本)
出所:ASEAN+3 Bond Market Forum “ASEAN+3 Bond Market Guide” から筆者が翻訳

第二に、ASEAN+3域内では、取引所取引よりもOTC市場(店頭取引)が選好されている。歴史的な経緯から一部の債券が取引所で取引されている韓国およびフィリピンを除き、実質的にはすべての債券が店頭で取引されている。この主な理由は、債券は発行体が同じでも発行時期、期間が異なれば銘柄が異なり、株式に比べて銘柄数が多く、そのため、ブローカー(証券会社)が在庫を持って顧客相手に販売する方が、市場で売買相手を探すよりも効率がよいためであるからと考えられる。

第三に、債券に関する清算機関の存在が限定的であることである。清算機関は売手と買手の債務を引き受けたり、ネッティング(相殺)を行ったりする。清算機関が存在することによって、決済不履行が発生した場合でも、決済の相手方が当初の取引相手から清算機関に置き換わり、清算機関が他の参加者に対して当該決済の履行を保証するため安全性が極めて高い。しかし、ASEAN+3各国においては、債券の取引量がそれほど多くないこと等から、清算機関の設立は将来的な課題と考えられる。

第四に、各国内に複数の債券決済プロセスが存在していることである。日本のように債券発行体の法的位置付けによって証券決済機関が変わる場合もあれば(日本では日本銀行が国債の証券決済機関であり、それ以外の債券は証券保管振替機構(ほふり)が証券決済機関である)、中国のように取引形態によってプロセスが異なる場合、フィリピンやインドネシアのように取引参加者の市場での位置付けによってプロセスが異なる場合等、種々の要因によって複数の債券流通プロセスとインフラが存在している。

図表4:ASEAN+3域内における代表的な国債取引ダイアグラム一覧図
出所:ASEAN+3 Bond Market Forum “ASEAN+3 Bond Market Guide” から筆者が翻訳

最後に、取引から決済までのインフラ構築が各マーケット内にとどまり、他のマーケットとの接続が極めて少ないことが指摘できる。図表4に示したように、各国ごとに強固なマーケットインフラが整備されているものの、マーケットをまたがったインフラ相互間の接続は多く見られない。今後、ABMFの目指す「域内の潤沢な貯蓄を投資に回す」ためにも、各マーケット間のインフラを接続し、ASEAN+3域内全体でのクロスボーダー債券流通市場を形成していくことが望まれる。

※3 ASEAN+3の13カ国、香港を加えた14エコノミーのうち、現在債券市場を整備中のブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーを除く10エコノミーでは、既に債券市場および市場インフラが整備されている。

債券市場のSTP化と市場の調和化

図表5:標準化対象のコード類
出所:ASEAN+3 Bond Market Forum “ASEAN+3 Bond Market Guide” から筆者が翻訳

マーケット相互間で債券市場を接続するためには、種々のものを標準化する必要がある。標準化なしに接続をしようとすると人手を介する必要が生じ、STP化の妨げになるからである。さらに、維持管理負担が大きくなると見込まれる。図表5は標準化が必要なコード類等を示している。まず標準化する必要があるのは債券そのものを表す証券コードである。加えて取引を行う際に必要となる金融機関コードと銀行口座についても、標準化への対応が必要である。これらのコード類はISOで規定している標準コードがあるが、現状のASEAN+3の各マーケットにおいては、独自のコード体系を採用しているところが多々ある。また、金融機関と決済機関間でやり取りを行うメッセージフォーマットについても標準化をしていく必要がある。『ASEAN+3債券市場ガイド』では、欧州のSEPAやMiFIDなどの欧州域内の決済インフラ統合プロジェクトの際に利用された国際標準であるISO20022を用いたメッセージフォーマットの標準化が必要であると指摘している。これらのコード類、メッセージフォーマットの標準化を通じて、ASEAN+3の域内マーケットが調和していくものと想定される。なお、文字コードについてはISO /IEC10646の採用が進んでいるが、決済に利用する言語そのものについては標準化が今後の大きな課題のひとつと言える。

今後の動き

ASEANでは、2015年にASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community:AEC)の創設を目指している。AECではASEAN域内における資本市場の連携が進められており、現状では債券市場がないカンボジア、ブルネイ、ミャンマー、ラオスにおいても、債券市場の設立と市場インフラの整備が図られている。また、債券市場がある国でも新たな清算機関の設立や既存システムのリプレイスを通じた機能の高度化がなされることが想定されている。これらASEAN各国の取り組みに対して、わが国がこれまで積み重ねてきた経験をもとに、サポートできる余地は大いにあるだろう。特に、リーマンショック時に証明された日本の持つ高いレベルの仕組みは、ASEAN各国に対しても有意義なものであると考えられる。

一方で、ASEAN+3における決済機関(インフラ)の相互接続は何をもたらすだろうか。第一にABMFが当初より目的としているクロスボーダーにおける債券取引の活性化を促すだろう。債券流通市場(二次市場)の活性化は、債券発行環境(一次市場)にも影響を与え、現状では銀行取引に偏っているASEAN+3域内の資金調達が、資本市場における調達に拡大していくだろう。また、他国通貨建ての債券の流通が容易になることによって、発行も増加するだろう。第二に、クロスボーダー・コラテラル(担保)スキームの導入が進むであろう。これは、ある市場の債券を担保として他の市場で資金供給を受ける仕組みであり、決済機関の相互接続が可能になれば、クロスボーダー・コラテラルのスキームが利用しやすくなると考えられる。当該スキームを利用することによって、金融機関は所有している国債をもとに他国通貨の供給を受けられることになり、債券の有効活用ならびに通貨の流動性が増すであろう。特に資金調達手段の多様化は、危機が発生した際のセーフティーネットの拡充につながる。第三に、クロスボーダーでの債券取引を活性化するためには、外国為替に関する各種規制を緩和する必要があり、同時に、当該国の資金を容易に調達できるような仕組みの検討も俎上にのぼることが予想される。

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