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「人材開発」機能を強くする!

~Learning Management Officeの提案 (後編)

マネージャー 吉澤 牧人
「人材開発」機能を強くする!
前編
中編
【後編】

 

前回の本レポート「中編」では、人材開発担当組織のLMO化を提唱し、必要な6つの機能について整理し述べてきた。今回の「後編」では、人材開発担当組織のLMO化へのポイントを整理し、実際の企業様の取り組み事例も交えて、その実現方向性を考えていきたい。

LMO化の実現に向け、人材開発担当組織は、種々の育成施策を通じて全社員に対する多くの接点を有するという非常に有用な特性(インフラ)を有する。「接点」には、研修における外部講師を通じた間接的な接点も含み、例えば全社員を対象とした必修研修(集合研修やe-Learning)、新人研修等の社員との定期的もしくは一律的に接する機会が挙げられる。

こうした特性(インフラ)を最大活用することによって、会社の方針を浸透させたり、社員が抱えている課題(人材開発上の課題)をより円滑に把握できる等、LMOの6つの機能の実現は現実的になりうる。こうした特性(インフラ)を最大活用するために最初に実施することは、あらためて社員との種々の接点を認識・整理し、それぞれの接点の活用を意図的に設計することが必要になる。

LMO化に向けた2つの典型課題と解決方向性

上記のような特性(インフラ)を有する一方で、LMO化に向けては課題もある。多くの人材開発担当組織に共通する課題として、ここでは下記2つを典型例として取り上げたい。

課題(1): 企画構想力のさらなる強化

人材開発担当組織の企画構想力の強化の重要性については多くの企業で認識されているが、一方でその実行には課題も多いのが実情と思われる。例えば、日々の研修等の運営・調整業務負荷が大きく企画構想にあてる時間が取れない(時間不足)や、企画構想に必要な経営方針や現場人材課題等の情報が足りない(情報不足)、企画構想に必要なノウハウが共有されていない(ナレッジ不足)が典型的課題として挙げられる。

「時間不足」については、負荷の高い運営・調整業務をはじめとして業務効率化を徹底する必要がある。例えば、TIS株式会社人事部人材育成グループ様では、業務の徹底した見える化を行い、非効率さを生み出していた、社員への“過剰サービス”を削除することによって効率化を行っている。

「情報不足」については、経営方針等の必要情報については、トランスコスモス株式会社人事本部様のように、メンバーへの徹底した経営情報の共有による自律化の促進を行っている例が非常に参考になる。また、現場人材課題情報については、例えば研修アンケートの項目や講師によるレポーティング項目を変えるだけでも情報量は大きく増える。

「ナレッジ不足」については、例えば研修企画設計方法等をナレッジ化することで対応可能である。また、東芝ソリューション株式会社の人事総務部人材採用開発担当様のように、自らが社内講師をやることによって人材開発のナレッジや、さらに言えばメンバー一人ひとりの責任感や当事者意識までを組織に蓄積・共有している素晴らしい例もある。

課題(2): 社内の人材開発担当との連携の強化

人材開発に関する良い企画構想ができたとしても、当然ながら実行されなければ効果はない。その「実行」の上で大きな課題となるのが、社内各所の人材開発担当との連携である。特に、現場(事業部門)の人材開発担当者は、社員との距離も近く影響力も大きい。そのため、社員から「一枚岩」に見えるよう(バラバラな動きを避けるよう)、社内の人材開発担当との密な連携が必要になる。

これについては、「コミュニケーションパス」をしっかりと設計することと、「担当者同士(人間同士)の信頼関係」をしっかりと構築すること、その前提として「共通言語」の準備が重要である。「コミュニケーションパス」については、トランスコスモス株式会社人事本部様のように、現場事業部門の管理部門との間で組織的な連携体制を築いているケースが非常に参考になり、「担当者同士の信頼関係」では、TIS株式会社人事部人材育成グループ様のように、対等かつ率直なパートナー関係を築くよう意識と工夫をしているケースが非常に参考になる。「共通言語」については、明確な全社の人材開発ビジョンや人材開発計画・育成体系等を「共通言語」として策定し十分に共有することが必要になる。

また、課題(1)(2)のいずれにおいてもその解決には、人材開発担当組織のリーダーおよびメンバーの人材開発への“想い(責任感・使命感等)”が非常に大事であることは言うまでもない。

以下では、「人が資本」と言われることの多いIT業界において、そうした熱い“想い”に溢(あふ)れ、種々の工夫により人材開発を強力に推し進めている3社の取り組み例を紹介させていただきたい。

“熱い”人材開発部門のご紹介 1 :東芝ソリューション株式会社 様

同社では、「プロフェッショナルの育成」と「人間力の向上」という非常に明確な人材開発の方針を有しており、その実現の場として企業内大学「Toshiba e-University」が設置されています。明確な人材開発方針の存在と、方針を実現する「場」が、整合性・一貫性を持って導入されています。

「Toshiba e-University」では、大別して基礎教育と専門教育の2つの領域があり、前者は階層別研修やリスクコンプライアンス教育、後者では営業教育と技術教育から成り立っている。全体としてITスキル標準に準拠しており、“PJマネジメント学部”や“ITスペシャリスト学部”等の技術部門から、“マーケティング学部”や"スタッフ学部”等などの営業からスタッフ部門まで、幅広く合計20以上の学部が開設されています。(提供講座数は約530講座、うちeラーニングで約110講座を提供)

特に技術教育や営業教育といった専門教育と共に、「人間力の向上(ビジネスマインドや生きる姿勢、志や教養等)」の強化も重点領域としています。それは、いくら高度な専門教育を行っても、一人ひとりにその受け入れのベース(土台)がないと、せっかく習った技術等も実践で活用ができないため、しっかりとした「個」としてのベース(土台)が必要になります。「受け入れのベース(土台)」とは「人間力」にほかならないためです。

この「人間力」研修については、各界のリーダーや指導者を講師に招いて、本人の経験や生きる姿勢を語ってもらい、その人柄に触れることで社員が自己研鑽(さん)を図ることをねらいとして実施されています。さらには、多数ある社内教育の実施において、人事総務部人材採用開発担当のグループ長のみならず、多くの在籍メンバー自らが精力的に社内で講師を実施されています。(社内だけでなく、他社でも講師を要請され、実施されることもあるそうです。特筆すべきは、人材開発部門だけではなく、社内で認定された高度な技術と知識を持つ“専門職”が、自分の経験とノウハウ、および企業としてのDNAを講師として直接指導する“専門職寺子屋”も実施されて反響を呼んでいるそうです)

そうした、自ら講師を行うことが常態化していることもあり、同部門のメンバーの間には、“講師は外部にお任せ、自分たちは事務局”といった意識は皆無に等しく、一人ひとりが多量の業務(運営業務)を日々抱えながらも、時間を見つけては自律的に「人を育てる」ことについて議論・検討をする文化が醸成されているとのことです。

また、同部門内では、メンバーの一人ひとりに、育成担当者は自らが「商品」である、すなわち仕事への取り組み姿勢や日常の生活態度など、生き方そのものが全社員の教材・手本となるべきであるという、「育成者のあるべき姿」が徹底されています。社内でも社外(宴会の席など)でも、「常に社員に見られている」という意識が醸成されています。

さらに、「人材採用開発担当」の名称の通り、採用から育成までを1つの組織で担当していることも特徴です。“自らの手で採用した社員を自らの手で育てる”ことにより、より一層、育成への責任感が強まるとのことです。

このように、一人ひとりが自律し、企画・構想から運営までオーナーシップを持っているメンバーの存在が、上記のような仕組みを長年にわたって支え続けられている最大の駆動力となっていると考えられます。

今後は、さらに一歩踏み込んで、経営層や事業部門の管理職や社員から寄せられているさまざまな要望に対していかに応えていくか(入手した情報をいかに会社のために還元していくか)が、取り組みテーマの1つとのことです。

 

“熱い”人材開発部門のご紹介 2 :TIS株式会社 様

同社では、全社的な「教育計画」を起点とした人材開発に関するPDCAサイクルが構築されており、経営層や事業部門管理職まで深く参画して人材開発を進めるなど、組織として人材開発の仕組みが機能しています。(仕組み化の取り組みは、ISO9001認証において教育業務についても取り組んだことが、1つのきっかけになっているそうです。なお、現在はPeople CMMIへの取り組みも強めています)

そうした仕組みが機能している大きな要因は、受講管理等のインフラが整備されていることもありますが、社内の人材開発を担当する複数の組織が一丸となって、人材開発に取り組まれている点にあると考えられます。同社の人材開発の担当組織には、本社人事部の中の人材育成グループと、各事業部の育成担当者があります。ともすると、両者は“上位方針を出す担当”“それを受け取って実行する担当”という一方的な関係に陥りがちですが、同社では両者の間にはパートナー関係が築かれていることが、一丸となった取り組みを実現できている源になっていると思われます。

パートナー関係を築くまでには種々の苦労や工夫もあったそうですが、現在では、少なくとも2ヶ月に1回は合同で集まる場があり、担当間で課題や新規育成施策についての活発な検討や、各事業部で新規に取り組んでいる施策の情報・状況共有等が行われています。(上意下達の雰囲気はないとのこと)

こうした連携が機能している要因として、1つには、全社の研修体系図が両者間の「共通言語」になっていること、もう1つは、そうした共通言語のもとで役割分担が明確になっていることが挙げられます。共通言語の存在と役割の分担により、各事業部が事業部の個別課題に対応した人材開発施策を独自に企画・実施しても、それは全社の人材開発方針に合致したものになるため、社員からは会社として一貫性のある施策として受け取られるようです。

一方で、人材開発担当者運営等の業務の多忙さは課題であり、その対策として、例えば人材育成グループ(8名)では、“見える化できないものは効率化できない”という合言葉のもと、業務を徹底的に“見える化”して恒常的に改善に取り組んでいます。

また、社員からの問い合わせに対して電話や訪問によって対応するなど、必要以上の過剰サービスは止めるといったスタンスを明確にし、企画構想のための時間をさらに増やす努力を、メンバー一人ひとりが自律的に行っています。

 

“熱い”人材開発部門のご紹介 3 :トランスコスモス株式会社 様

同社では、2010年4月より、さらなる人材開発機能の強化に向け変革に取り組んでおり、従来の人事本部の人材開発部からキャリア開発部が独立し、両部の密な連携のもと、社員のキャリア開発やダイバーシティ推進にも注力しています。

変革の重点施策の1つとして、全社員の共通言語となる全社教育体系を明確化したことが挙げられます。階層別(新任昇進者向け)研修や戦略実行に直結した各種研修コースなど、徹底的に経営層や現場の“生の声”を聞いて、経営課題や現場課題に合致した研修を設計・体系化しています。中でも、一切の強制力のない完全自由選択制の研修コースも導入を始めており、導入早々、20名の定員に100名以上の申し込みがあるなど社員の自主的な学習への意欲を高めています。(元はマーケティングのプロフェッショナルであるキャリア開発部部長=同研修の企画実行責任者の“社内マーケティング戦略”も大きな成功要因です)

他にも変革重点施策として、社員一人ひとりの育成状況のモニタリング(追跡調査)の実施が挙げられます。型にはめた管理をするという意味での追跡ではなく、育成への壁や課題があれば適切な支援ができるようにするための追跡です。

こうした変革施策を次々と打ち出し着実に実行に移せているポイントの1つには、人材開発部やキャリア開発部メンバー(さらには人事本部全体のメンバー)の、一人ひとりが、自律的に自らの“やるべきこと”を考え動けていることが挙げられます。人事本部/人事戦略だけでなく会社全体/経営戦略全体の中での、自らの立ち位置を捉え、一歩二歩先を考えて動いているメンバーが多いそうです。メンバーの自律性を高めるために、人事本部長をはじめとする管理職は、とにかく経営情報をはじめとする情報共有を、各担当を越えて人事本部全体で徹底しているとのことです。こうした情報共有の徹底が、人事本部メンバー皆の“目線”を高めることにつながっています。

さらに、こうした自律性の高い社員同士が効果的なチームを組めるよう、人事本部内の配置(チーム編成)にも工夫が見られます。同社では、新卒採用と育成を同じ「人材開発部」で担当するよう4月より編成を変更しています。採用~育成までを同じ価値観で実施できるようにするためです。その際にも、原則として元採用と元育成のメンバーが1つのチーム内でそれぞれの専門性発揮とシナジー創出を実現できるよう工夫しています。

また、事業部門の管理担当(人材開発担当含む)と密な連携を取り、社員の育成状況や人材開発の課題等の情報が人事本部に迅速に集まり、かつ人事本部からのメッセージも確実に社員に伝わるようなコミュニケーションパスがしっかりと築けていることも、変革実行の成功要因として挙げられます。

3社の大きな共通点には、人材開発担当組織のリーダーが明確な人材開発への熱い想いと明確なビジョンを持っていること、メンバー一人ひとりが強い使命感を持ち、かつ自律的に動いていること(メンバーが自律的に動ける環境を、リーダーが種々工夫して創(つく)り出していること)、そうしたメンバー同士が良いチームワークで動けていることが挙げられる。

また、東芝ソリューション株式会社様とTIS株式会社様では、そうしたリーダーの想いやビジョンが、たとえリーダーが異動しても、しっかりと次のリーダーに受け継がれている。そのため、リーダーは中期的に変わっても、組織としては長期的に一貫したビジョン・想いのもとで人材育成が継続して行われる。

TIS株式会社様とトランスコスモス株式会社様で共通して見られた特徴は、社内(現場)の人材開発担当や管理担当との間の連携が密に行われていることである。教育計画や教育体系が「共通言語」となり、相互に整合性の取れた全社施策と部門個別施策を実施できているため、社員は会社としての一貫した人材開発のメッセージを受け取れていると考えられる。

トランスコスモス株式会社様と東芝ソリューション株式会社様で共通していた点は、新卒採用とその後の育成を同じ部門で実施している点である。同じ部門で実施することにより、自ら採用した社員を自ら育てるという責任感が生まれると共に、採用から育成を同じ価値観で一貫して実施できるという効果があると考えられる。

いずれの企業様でも、人材開発の推進側が、自ら“理想の組織”“理想のチーム”“理想の個人(働き方)”を追求されており、個別施策の品質だけでなくこうした推進側の想いや姿勢が社員にも伝わっていることが、人材開発機能を支えている大きな要因となっている。

最後に、本稿の執筆にあたり、当社の考え方を理解いただいた上で、取り組みの内容をご紹介いただき、事例の掲載をご快諾いただいた企業の皆さまに心より御礼を申し上げたい。

以上

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