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『情報未来』

当社の研究、コンサルティング、事例から厳選された、お客様の問題解決に役立つ情報誌です。

No.59(2018年8月号)

特集:デジタルが切り拓く地域の未来

電力業界におけるブロックチェーン利用の方向性 〜P2P電力取引の事業機会と課題〜

上田 郁哉
上田 郁哉
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会・環境戦略コンサルティングユニット マネージャー

うえだ いくや
再生可能エネルギー機器メーカー等でのシステム設計、マーケティング、商品企画等を経て現職。電力システム関連ビジネスへの新規参入や、再生可能エネルギーに関わる計画策定、スマートコミュニティ実現支援等のコンサルティング・調査に取り組んでいる。

1 本稿の趣旨

 電力業界におけるブロックチェーンの利活用検討が様々な拡がりを見せている。2016年に発表されたBrooklyn MicrogridによるP2P(Peer to Peer)電力取引を皮切りとして、バリューチェーン上の様々な分野におけるブロックチェーンの利活用検討が進み始めている。特に、需要家間における電力の直接取引を行うP2P取引領域における検討が非常に活発だ。電力を仲介者を通さず需要家間で直接取引する、というアイデアは斬新でブロックチェーンの利用用途としても期待が持てる。しかし、本当にP2P電力取引は可能性があるビジネスなのだろうか。

 本稿では、現時点における電力業界におけるブロックチェーンの利用動向について整理する。その上で、様々な企業が検討を行っているP2P電力取引事業について、なぜ多くの事業者が検討するのか、P2P電力取引事業は事業として成立するのか、について考察する。

2 各バリューチェーンにおける事例

 図1は、電力業界の各バリューチェーン上におけるブロックチェーンの利用動向について整理した図である。この図を基に特に検討が盛んなトレーディング領域、P2P電力取引領域のトピックスとなる事例を紹介する。

 卸電力のトレーディング領域では、欧州のエネルギー事業者、電力トレーディング事業者、ブローカーなど43社が参加するEnerchainというプロジェクトがある。これは、天然ガスや卸電力のスポットまたは先渡しといったコモディティ商品取引時に発生する取引・契約に係る事務コストを、ブロックチェーンによって効率化を図る取り組みである。2018年2月には、実際にスペインのガス事業者間で天然ガスのトレーディングが実施された。他にも、2017年の10月から2018年の1月にかけて実証的に事業者間での取引が実施されるなど商業化へ向け着実に進んでいる。

 P2P電力取引領域は、最も多くの関心を集めている事業領域である。この領域ではベンチャー企業等が既存の電力事業者と協同して実証実験を行う事例や、既存の電力事業者が単独で新たに検討を始める事例、政府や地域などが中心となって独自の取組として進めている事例など様々である。たとえば、LO3 energy(米)は、南オーストラリアでYates Electrical Servicesと協同してYatesが保有する太陽光発電所の電力を需要家へ直接販売する実証事業を始めている。他にも、LO3社と英国最大の小売電力会社であるCentrica社は、イギリス国内の住宅100件と事業者100件とを対象として電力のP2P取引実証を2018年から2020年にかけて実施することを発表。他にも東京電力や関西電力等からベンチャーへの出資・提携が行われるなど様々な形での協業・検討が進みつつある。

 いずれの事例も、ブロックチェーンの特性である耐改ざん性、信頼性、分散型ネットワーク等と、スマートコントラクト(プログラムによる契約の自動化)を組み合わせることで、事務コストの効率化や新たな取引プラットフォームの構築を実現しようとして検討が進んでいる。特にP2P電力取引に関しては、注目度が高く様々な事業者が実証・実験などを通じて検討を実施している。

 なぜこれほどまでに多くのプレイヤーがP2P電力取引事業分野に興味関心を示し、検討を進めているのだろうか。電力分野の外部環境変化という切り口から、その事業機会について考察してみたい。

図1| 電力業界の各バリューチェーン上におけるブロックチェーンの利用動向

図1| 電力業界の各バリューチェーン上におけるブロックチェーンの利用動向

出所:各社HP、プレスリリース等をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

3 電力分野の外部環境変化とP2P電力取引の事業機会

 電力業界は、技術進化と社会変化に端を発する大きな外部環境変化に直面している。具体的には、①デジタル化(情報通信コストの低下とコンピューティング能力の大衆化、スマートメーターの全需要家への配備、燃費・排気規制の強化による自動車の電動化)、②再エネ化(再生可能エネルギー発電設備の劇的な低コスト化とパリ協定・ESG投資を背景とした再エネシフト)、③分散化(太陽光やEVなどの分散型電源リソースの大量導入ならびに増加に伴う電力システムの構造変化)の三つの変化である。これらの変化が相互に作用することで、これまでの中央型の電力システムから、分散化する方向へ移行しつつある。この大きな変化の過程で、既存の小売電気事業者から半ば独立した需要家(いわゆる生産消費者)等を中心に新たな電力の取引市場が形成されていくだろう(図2)。この市場が形成される要因は、取引ニーズの顕在化と取引環境構築のハードル低下という二つの要因が大きく影響していると考えられる。

 まず、一点目の、取引ニーズの顕在化とは、需要側・供給側双方の取引ニーズが生まれつつあるという点である。電力の需要側という視点では、上場企業並びにそのサプライヤーを中心に、再生可能エネルギーの調達ニーズが高まっている。これは、ESG投資の文脈で事業活動において使用する電力を再生可能エネルギーに置き換えていくことが投資家サイドより求められていることが背景にある。また、供給側という視点では、太陽光発電のような分散型電源の導入コストが低下し、発電コストベースで電気料金よりも安い状態になっている状況下では、経済性を重視する事業者を中心に自家消費型の電源導入が進んでいくことが考えられる。加えて、住宅分野においても2019年以降に固定価格買取制度による買取が終了した太陽光発電所が発生することから、再エネの流通量は徐々に増加していくものと想定される。このように、再エネの需要と供給をマッチングさせる場所のニーズが顕在化しつつある。

 そして二点目として、取引市場を形成するための環境・技術が整いつつあるという状況である。取引の根拠となるデータの取得という点では、スマートメーターの整備が逐次進行中であり、需要家側、供給側双方の需給データがアナログからデジタル化されつつある。また、ブロックチェーンのような耐改ざん性が高く、ゼロダウンタイムであるという特性を有する技術が登場したことで、取引所のような高い信頼性が必要とされる取引基盤を構築するハードルが下がっているという点である。

 取引ニーズ、実現するための技術、双方が揃いつつあることから、この領域における新たなプラットフォーマーとなるべく、様々な企業が検討を行っていると考えられる。

図2| 電力システムの分散化による市場構造の変化

図2| 電力システムの分散化による市場構造の変化

出所:出所| NTTデータ経営研究所にて作成

4 P2P電力取引事業の成立要件

 それではここで、P2P電力取引事業が成立するための要件について考えてみたい。筆者の考えでは、事業として成立するために、特に重要な次の二点の要件を満足させる必要がある。

 一点目は、ネットワーク効果を発揮させることができるか、である。ネットワーク効果とは、そのネットワークに参加しているユーザー数に比例して、ネットワークに参加しているユーザー全体が得るメリットが増加する効果のことを指す。代表的なものに、UBERやAirbnb、Facebook、LINEなどがネットワーク効果が作用している好例といえよう。加えて、クリティカルマスといわれる一定規模以上のユーザーをネットワークが獲得すると、ユーザー規模増加の好循環が創出され、ネットワーク規模が指数関数的に増加し、さらにネットワーク全体の価値が増加するというメカニズムも働いてくる。これらのメカニズムが一度作用し始めると、同様の事業への後発参入は極めて不利となる。P2P電力取引においても同様で、如何に早く新市場の需要家と電力の供給者を自社の取引プラットフォームに参加させることができるか、需要側・供給側双方にとって魅力的な取引環境を整備することができるか、が成否を分けるカギとなる。

 次に成立要件の二点目として、電力という財の提供価値の再定義ができるか、である。

 一般の低圧需要家にとって、電力という財の取引を行うことは極めてイメージしにくい行為である。そもそも、電力という財は無色透明で生産した瞬間に消費するという特性を持ち、価値としての貯蔵性が無い。また、電力の経済的価値そのものが低く(1kWhあたり、十数円~数十円)、電力供給を受けているときの知覚価値の差異を感じにくい。電気が使えなくなった際に初めて価値として認識するという特殊な財であるためだ。

 したがって、一般的な電力という価値そのままで取引する形態のP2P電力取引では、電力に対して特に関心の高い一部のユーザー層しか、取引プラットフォームに参加しない可能性が高い。その結果、市場の厚みが得られず市場として機能しなくなると考えられる。P2P電力取引を事業として成立させるためには、より多くのユーザーがプラットフォームに参加するために、電力という財の提供価値を再設計する必要がある。ユーザーが得心する提供価値を設計することができるか、が二点目のカギとなる。

5 今後に向けた期待

 以上、電力業界におけるブロックチェーンの活用動向より、特に注目度の高いP2P電力取引について、その背景と事業成立要件について考察してきた。他にも、電気事業法等の様々な制約条件は存在するが特に重要な点は前述の二点と考えられる。こうした点を踏まえると、どのような企業にチャンスがあるのだろうか。

 ネットワーク効果の創出という観点から見ると、既存の電力小売事業者やガス会社など、すでに顧客接点を有する事業者が有利だろう。すでに顧客基盤を有し、直接的な接点を持っている事業者は、その顧客基盤に対して効率的に営業を行っていくことができるのでプラットフォーム規模の拡大という点で非常に有利である。ただし、消費者へのコミュニケーションの巧拙が成功のカギとなるだろう。

 次に、顧客基盤を有していない企業の場合はどうか。この場合、新たにプラットフォームを構築するという点において不利と言わざるを得ない。従って、既に顧客基盤を有する事業者との提携か、または既存事業者との競争軸を変えて勝負することが必要だ。後者の場合、たとえば、サービス提供と電力消費を紐付け、消費電力量に応じて課金するといったサブクスリプション型のビジネスモデルで勝負するといった発想である。マーケティングの世界には ”ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではない。穴である。“という格言があるように顧客の真のニーズを見極め、それに応える提供価値の設計が必要である。

 電力業界のみならず、様々な業界がデジタル化による変化への適応を迫られている。こうした大きな構造変化の中で、新たなビジネスを創っていく企業の登場に期待するとともに、微力ながらお手伝いさせて頂ければと思う。


  1. ※ レポートのなかで言及している会社名、製品名は、それぞれ各社・団体の商標または登録商標です。