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InsurTechエコシステムはどこへ向かうのか
~DIAから見るInsurTechの潮流(下)~

金融経済事業本部
金融政策コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 鈴木 聡史

拡大を続けるエコシステム

1.InsurTechエコシステムの拡大は、保険会社自身を変える

 本レポートの上巻、「InsurTechエコシステムはどこへ向かうのか~DIAから見るInsurTechの潮流(上)」では最新のInsurTech企業の現状について紹介するとともに、保険のエコシステム拡大が保険サービス関連のプレイヤーの数を増やし、バリューチェーンの全体像を変容させつつあることについて述べた。なお、ここでいうInsurTechエコシステムとは、保険会社とそれをとりまくInsurTech等のプレイヤーが、相互に連携しながら新たな付加価値を創造できるような仕組みを指している。
 保険会社の体質に対して、エコシステムの拡大が大きな変動をもたらすのではないかという点については、InsurTechスタートアップを集めたDigital Insurance Agenda(以下、DIA)の第5回から論点の一つとして挙げられている。同回では、McKinsey & Company社パートナーのSimon Kaesler氏が、保険会社の組織について興味深い講演を行っている。2012年以降、100億ドル以上の資金がInsurtechに投資されたことによってエコシステムの形成が促され、それによって3つの傾向を観察できると述べている。その3つの傾向とは「多様化」「専門化」そして「協調」であり、これらの傾向は保険会社にとって顧客満足度が高いサービスを提供するうえで、重要なポイントと推察される。
 「多様化」とは、保険会社の経営は自社のコスト削減と売り上げ拡大のみに焦点を当てるだけでは不十分であり、より幅広い視点から様々な業界との連携によるサービス創出が求められている、ということである。「専門化」とは、これまでの保険業務(引受・保全・支払)および新たなデジタライゼーションの両面において、それぞれの分野に詳しい人が組織的に専門性を活かし、デジタライゼーション時代の市場戦略を打ち出すようになったという点である。特に、単なるジェネラリストではなく、テクノロジーに知見があり、シリコンバレーを渡り歩くなどしてスタートアップ企業に慣れた人材の重要性が増している。そして「協調」とは、InsurTechが登場した当初、InsurTech企業は保険会社を中心とした古くからの市場環境の「破壊者」と目されていたが、最近では保険会社として如何に上手くInsurTechを巻き込んで顧客満足度を高めることができるか必死になっているという点である。
 このように、顧客満足度を高めようとする営みのなかで、ここ数年は特に保険サービスを提供するプレイヤーが多様化・複雑化し、もはや保険会社のみに着目するだけでは保険サービスを語ることが難しくなっている。DIAでは、この状況について「Ecosystem Beyond Insurance」と表現している。

2.Ecosystem Beyond Insurance時代の保険業務

 保険会社の業務にIT技術が導入されたのは決して最近ではない。1980年代ごろから、SoR(System of Records)の部分を中心に、基幹システム等の構築は行ってきた。ただし、過去に導入されてきた多くのシステムは業務の一部の置き換えにとどまり、サービスの「在り方」を大きく変えるものではなかった。
 しかし、近年では上記のとおり「Ecosystem Beyond Insurance」といわれるまでに変容を遂げている。「Beyond」と表現されるように、DIAでは保険とは全然関係なさそうなプレイヤーがサービス提供のカギを握っていると強調していた。以下では、「引受」「保全」「支払」から構成される保険コア業務および、保険付帯サービスとしての関連業務、そして保険業務からは一見離れたその他のサービスとの関係からエコシステムの変遷を考察する。

図:黎明期から現在に至るエコシステムの可視化(NTTデータ経営研究所作成)

図:黎明期から現在に至るエコシステムの可視化(NTTデータ経営研究所作成)

(1) InsurTech黎明期
 「InsurTech」という言葉は2016年ごろまでは認知度が極めて低かったといえる。それが、第1回DIA開催の約半年前ころからInsurTechの関心が急速に高まり、 DIA開催以降は人々が非常に高い関心を寄せるようになった1。実際、2015年以前は、コア業務「引受」「保全」「支払」を含む保険会社の多くの業務はシステム化されている領域が限定的であり、保険会社が利活用するITサービスは一部のベンダーが提供する基幹サービス等を社員が利用する程度であった。つまり、加入者に便利に使ってもらうためにITサービスを導入するといった発想「サービス×テクノロジー」という発想は、まだ浸透していなかったと解釈することもできる。また、この時期は保険サービスに繋がるソリューションを提供するスタートアップも少なく、保険業務へのITの導入と「InsurTech」という概念の結びつきも希薄であったといえる。

(2) 「デジタライゼーションの気づき」期
 銀行サービスにおけるデジタライゼーションは、「FinTech」とうネーミングをもって既に2015年~2016年には相当程度認知度が高まっていた。他方、保険サービスにおいてはFinTechより一足遅れて、保険会社向けに低コストかつ導入しやすいソリューションを提供するスタートアップが登場しはじめたことで「InsurTech」という概念が世間で認識されるようになった。同時に、一部の保険会社では従前の複雑で高コストだったコア業務システムの刷新することの必要性2に気づき、一部スタートアップとの連携を模索するようになった。ただし、この時期においてはスタートアップ企業間の連携はあまり見られず、また保険業務からは一見離れたその他サービスに関してはまだ多くのスタートアップはサービスローンチしていない状況であった。

(3) 「市場拡大」期
 この時期になると、多くのスタートアップのソリューションが実用化およびサービスローンチし、実際に保険会社との協業やシステムやサービスの導入が進んできた。保険会社によるソリューションの導入は、特にチャットボット等のチャネル系や、詐欺探知、マーケティングツール等、コア業務の補完など試行的な導入が容易で、かつその効果がわかりやすいものから採用が進んだ。また、この時期にはスタートアップ間の連携も多くなり、そこから新たなサービスやプロダクトコンセプトも登場するようになっている。加えて、保険業務からは一見離れたその他サービスについても、保険加入者のリスク低減や便益向上を売りに保険サービスとの結びつきを強化した。例えば、IoT系のガジェット(安眠枕、電動歯ブラシ、気象観測機器など)との連携が挙げられる。

(4)「Beyond Insurance」期
 上述のとおり、エコシステムの拡大・成熟によってプレイヤー間の連携がかなり進んだことにより、そのネットワークに集まる加入者情報を含む多様なデータをどのように利活用するかが課題になった。そして、保険サービスはデータドリブンとなり、より個々の加入者にパーソナライズド・カスタマイズド3されたものが多くなり、さらにはネットワークによる顧客とのリアルタイムな結びつきを前提として顧客の行動変容を重視した保険サービスも重要視されている状況である。価値あるサービスを提供するためには、さらに様々な~10年前なら絶対に連携することなどありえなかった~業界との連携が求められている。ソリューションから保険を連想しやすいか否かにかかわらず、何らかの形で保険サービスに関係するソリューションは、保険会社を含め、全体的なデジタライゼーションの動きのなかで捉える必要があるといえるだろう。そして、これは保険会社に対してコア業務を中心にレガシーシステムの延長線上にあるものを改めて刷新し、完全なデジタル志向な業務基盤を構築したうえで他プレイヤーと連携した高度なデジタライゼーションに対応することを迫っている。

3.保険会社のコア業務では今、何が起きている?!

 「Beyond Insurance」の世界においては、保険会社のコア業務のデジタライゼーションのみならず、周辺業務の変化にも着目する必要がある。すなわち、保険商品が誕生し、その商品が顧客の満足を得るために、商品開発・マーケティング・データ利活用等を含めた保険会社としての業務全体を俯瞰する必要がある。また、他業態との連携による保険商品の魅力強化も欠かせない。
 加入者側には自分のリスクを知り、そのリスクが発生した場合も含めた自身への影響を極小化したいというニーズがある。保険会社側は、加入者のリスクを把握し、先回りすることで、保険金支払いの発生を抑えたいと考えている。こうしたニーズを実際に使える形で実現するのは、特定分野の専門家や製造業との提携などによることが多い。実際、保険会社が顧客のリスクを把握できるようにするサービスの例として、DIAではNeurocern社やCyberCube社が登壇していた。Neurocern社は脳神経学の専門家が作成したアンケートを、保険会社が提供するモバイルサービスに組み込むことで、加入者の認知症リスクの判別を可能とする。CyberCube社は、シマンテック社からスピンオフした企業であり、同社はシマンテック社から得られる脅威情報を活用して、保険会社向けにどの法人加入者がサイバーセキュリティリスクに晒されているかを可視化するサービスを提供している。
 保険会社は、医療機関に加え、自動車会社や交通機関等、人々が日常的に使用するサービスとのリアルタイムでの連携も欠かせなくなっている。この点、こうしたサービス提供者にツールやガジェットを提供して保険サービスの信頼性や利便性の向上を図っているケースがある。Breathomix 社は医療機関において患者の呼気から病理診断し、保険引受時の判断材料や加入者の健康サポートに活用することを可能としている。
 また、保険会社によっては、加入者に対する従来の付帯サービスをさらに高付加価値化させるために、加入者本人にツールやガジェットを渡しているケースがある。本年5月に執筆した経営研レポート、「DIAからみるInsurTechのトレンド~Digitalizationにより変わる保険の世界~」において、InsurTechの利活用が保険加入者の行動変容(Behavior Modification)を促す効果があることに触れた。ツールやガジェットの活用により、利便従来の保険サービスの提供にととまらず、加入者のライフスタイルを可視化することで、加入者がより安全・健康に生活できる世界の創造を試みている。例えば、 Vayyar社のデバイスを加入者の家に設置することで、屋内での事故発生をリアルタイムに検知できるようにしているし、Mitipi社が提供するデバイスを留守中の家に設置することで、音響効果によって留守の状態を隠してくれる。

図:Beyond Insurance時代におけるデジタライゼーションのコア業務への影響(NTTデータ経営研究所作成)

図:Beyond Insurance時代におけるデジタライゼーションのコア業務への影響(NTTデータ経営研究所作成)

 本章では、エコシステムが拡大・成熟した「Beyond Insurance」期が象徴するように、他業態との連携が保険のコア業務のさらなるデジタライゼーションのためのインセンティブとなっている事例について触れた。もっとも、InsurTechスタートアップが成熟してきた今日においては、このような事例は探せば枚挙にいとまがない。コア業務を含む、保険にかかわる全体的なフローを俯瞰すると、デジタライゼーションされたコア業務をハブとして、あらゆるサービスがネットワークでつながってっているが、その結果、多様なデータが集まりそれをさらに利活用する世界観(前述のBeyond Insurance)も形成されつつある。

保険サービスのパラダイムシフトの時代へ

1.「InsurTech」にもそろそろ市民権

 下図は、わが国においてピーク時を100として、「FinTech」「InsurTech」がそれぞれどれだけ検索されたか(Googleトレンド)、すなわち両ワードがどれだけ社会の注目を集めたかを表すものである。2010年代に入り、スタートアップ企業が提供するAIやビッグデータ等を用いたサービスが「FinTech」として注目されるようになり、これらのサービスの活用方法についての議論が活発となった。その後、FinTechというワードは市民権を得るとともに、既存金融機関においてFinTechの活用事例が増加すると、世間の注目はそれを如何に円滑に・安全に・安く活用して金融機関の競争力確保に繋げることができるかという点に移り、「金融デジタライゼーション」という包括的な概念で表すことができるようになったといえる。
 それでは、InsurTechというワードは市民権を得ることができるだろうか、InsurTechについての議論もさらに活発になり、「保険デジタライゼーション」のようなさらなる上位概念に到達するだろうか。

図:「FinTech」「InsurTech」の注目度の推移(GoogleトレンドをもとにNTTデータ経営研究所作成)

図:「FinTech」「InsurTech」の注目度の推移(GoogleトレンドをもとにNTTデータ経営研究所作成)

 「InsurTech」が「FinTech」より狭いサービス領域に関するものであることに鑑みれば、検索数やメディア露出も増え、以前と比べかなりの市民権を得てきたといえよう。また、「Beyond Insurance」といわれる状態までエコシステムが拡大している状況を踏まえれば、今後は、単なるInsurTech企業サービスの利用や協業の議論にとどまらず、保険サービスに寄与するあらゆるプレイヤーが更なるデジタライゼーションにより、その様態・役割ともに大きく変化していく点がより重要テーマとなるかもしれない。

2.今、保険サービスは大きな転換点かもしれない

 こうした時代において、日本社会の時間軸は「少子高齢化」「価値観の多様化」「グローバル化」などにより、こ過去70年間とは全く異なったベクトルで進んでいる。保険サービスはこうした社会に対応していく必要があるといえよう。例えば、価値が多様化した少子化世代に対応するためには保険料率も顧客接点も、よりパーソナライズド・カスタマイズドされた形でサービス提供する必要があるかもしれない。また、社会インフラの維持が次第に困難となり高齢者が交通サービスにアクセスできない環境に対応するためには、自動運転に対応したサービスや高齢者がより長く自立できるための健康支援サービスの需要が増えると思われる。

図:保険サービスのパラダイムシフト(NTTデータ経営研究所作成)

図:保険サービスのパラダイムシフト(NTTデータ経営研究所作成)

 シェアリング社会が成熟し、モノの帰属が属人的・属地的でなくなれば、加入者をフレキシブルに変更できたり、モノと位置情報を常にマッチングするなど新たな所有や利用の在り方に対応した保険サービスが必要となるのではないだろうか。加えて、こうした新たな保険サービスを提供するためには、保険会社単独ではサービス提供が困難なことが多く、縦横の様々なプレイヤーと連携していく必要があるだろう。提供する保険サービスによっては、これまで想像できなかった「他業態の誰か」がサービス提供のカギを握るかもしれない。InsurTechはいまのところ、保険会社に対する「破壊者」にはなっていないが、サービスのかたちを劇的に変える可能性を大いに秘めている。まさに今、保険サービスはパラダイムシフトの最中にあるかもしれず、NTTデータ経営研究所としても引き続き注意深く観察を続けていきたいと考えている。

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  • 1. 2016年以降は、「保険×テクノロジー(=InsurTech)」のみならず、「不動産×テクノロジー(PropTech)」や「農業×テクノロジー(=AgriTech)」など、既存のサービスにスタートアップ企業等が提供する最先端のテクノロジーを組み合わせたサービス概念が多く登場するようになった。
  • 2. 2016年にバルセロナで開催された第1回DIAでは、それまでの保険会社のシステムが古く、扱いにくいものとして、これを「レガシーシステム」と呼んだ。そして、レガシーシステムからの脱却の必要性についての議論に多くの時間が割かれた。
  • 3. 近年では、イノベーション関係の記事や企業において、パーソナライズド・カスタマイズドされたサービスを「bespoke」と表現することがある。