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Insight

経営研レポート

デジタル化の衝撃とチャイナ・インパクト
-「彼を知り己を知る」・・・企業人の視点で分析する“中国的経営”-

テンセントの金融事業  微衆銀行(ネット専業銀行)[事例研究]
~ 中国フィンテック最前線   金融包摂への挑戦~
2019.05.10
グローバル金融ビジネスユニット
シニアスペシャリスト 岡野 寿彦
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デジタル化の衝撃とチャイナ・インパクト(連載レポート)の第3回「中国工商銀行のインターネット戦略 ~ デジタルディストラプションへの伝統的銀行の対応」発行後、時間が空いてしまい申し訳ありません。猛烈なスピードで変化する中国デジタル化を理解するためには「全体観」が重要と考え、連載計画を提示してスタートしましたが、計画したテーマの執筆にあたり、「対外レポートとして発信するに耐える裏付け情報が確保できない」、「納得できる分析が出来ない」などに直面しました。力量不足を謙虚に受け止めております。

この間、日本経済研究センター(JCER)、早稲田大学 ビジネス・ファイナンス研究センター「日中ビジネス推進フォーラム」、日中投資促進機構などでの講演や、NIRA総合研究開発機構※1 、日中経済協会 ※2、日本経済研究センター(JCER)※3などへの寄稿などを通じて、私自身の問題意識を新たにすることが出来ました。当初意図した「全体観」を踏まえつつ、「プラットフォーマーと伝統的企業との競争と提携」を中心に、事例分析レポートを発信して参りたいと考えております。本回は、プラットフォーマーの金融事業として、微衆銀行We Bank(テンセント・グループ ネット専業銀行)の事例分析を行います。

なお、「中国のプラットフォーマー ~成長要因、ビジネスモデルの特徴と主要プラットフォーマーの比較分析~」をテーマに、NTTデータ経営研究所・小冊子『Voyager(vol.3)』に寄稿しました。 中国デジタルビジネスの体系的整理を意図しておりますので、あわせてご笑読いただければ幸いです。

【要旨】

  1. 微衆銀行(We Bank)は、テンセントを主要株主(持株比率30%)として、アリババ系の網商銀行(My Bank)などとともに、2014年に民間ネット専業銀行として第一陣で設立認可された。「科技·普恵·連接」(インターネットで蓄積したデータとテクノロジーを武器として、これまで金融サービスの対象になりづらかった個人消費者や中小企業を対象顧客とし、顧客と金融機関をつなぐ)をミッションとしている。[第1章]
  2. 微衆銀行の主力サービスである消費者ローン「微粒貸」は、小口(融資金額500元~30万元)、短期(1日単位での借入・返済が可能)、無担保、即時性(融資申請に対し6秒以内で可否を回答)を特徴とする。顧客の生活シーンに密着して、その資金需要に対する簡易で利用しやすい融資サービスを実現することで、アクティブ口座数6000万(2018年11月時点、同行へのヒアリングに基づく)に達している。顧客の76%はこれまで伝統的銀行からの借入が難しかったいわゆる「ブルーカラー」層であり、信用情報が乏しい層に対する金融包摂※4(Financial Inclusion)の一つの先進モデルとなっている。[第2章-1]
  3. 小口・短期の無担保融資、大量&スピード取引を実現するモデルとして、テンセント・エコシステムや政府系信用情報システムなどのデータに基づき、QQ、微信の顧客に対しあらかじめ信用調査を行って「ホワイトリスト」を作成し、プッシュ型で顧客候補者に提案をしている。信用評価システム、リスク管理システムに加え、ビッグデータおよびクラウド技術を活用して低コスト化を実現し、ロングテールの顧客を対象に黒字化(2017年度純利益14.48億元、前年度比261%増)している。[第2章-2]
  4. 微粒貸の貸付資金の80%は伝統的銀行が、微衆銀行が20%提供しており、利息収入を7:3(微衆銀行が3割)でシェアしている。微衆銀行は、自らのポジションを「顧客と金融機関をつなぐ」と位置付けており、既に58銀行(2018年10月時点)がパートナー契約を締結している。テンセント、アリババ ※5等プラットフォーマーの金融事業は、「データとデジタル技術を武器として、消費者や企業の金融シーンを創出し、金融機関やパートナー企業とつなぐ」というポジション取りが、より明確になっている。
    一方、伝統的銀行は、中国経済が投資主導から消費主導へと転換する中、リテール戦略において「ロングテール」対応と「顧客取引の活性化」(獲得した顧客に、より頻繁に金融サービスを利用してもらう)の重要性が高まっている。プラットフォーマーの金融シーン創出力を如何に活用するか、プラットフォーマーとの提携モデル(自行のポジション取り)のトライに踏み出している。[第4章-1]

(※) 中国の人民元貸出残高総額(2018年度末)139.53兆元、うち微衆銀行の貸出残高(但し2017年度末)477億元であり、0.04%を占めるに過ぎない。伝統的銀行が直ちにディスラプトされるような状況とは言えないが、特にTier3銀行(都市商業銀行)、Tier2銀行(株式制銀行)では、リテール業務におけるプラットフォーマーとの提携モデルが重要な戦略テーマとなっている。

5.微衆銀行でITを担う人材はシリコンバレー出身者を中心に「多国籍」であり、「中国を実験場として、世界最先端の金融システムを開発し、日本を含む世界で売る」が彼らの戦略目標である。微衆銀行のビジネスモデルやシステムは、テンセントが購買行動・支払行動データを蓄積していることを前提としており、そのままでは日本や他国に導入できないが、「中国の環境下の特殊なサービス」とみなすべきではない。データに基づく顧客とパートナーへのインセンティブ設計、イノベーション・マネジメントなどの事例から、日本企業が学べる要素は多いと考える。[第4章-2]

本レポートは、微衆銀行へのヒアリングを中心に、銀行など中国企業人、金融サービスの顧客へのヒアリングと、公開情報に基づき執筆した。

※4 すべての人々が経済活動のチャンスを捉えるため、また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる金融サービスにアクセス・利用できる状況。2005年に国連で提起されたコンセプト

※5 アントフィナンシャルは自らの事業を「Tech Fin」(技術を持って金融に貢献する)と定義している。

【目次】

1.微衆銀行(We Bank)の企業概要 ~ 民間ネット専業銀行の第一陣として設立

(1) 企業概要

微衆銀行は、テンセントを主要株主(持株比率30%)として、アリババ系の網商銀行(My Bank)などとともに、2014年に民間ネット専業銀行として第一陣で設立認可された。アリババが中小企業へのビジネスインフラ提供を、テンセントがWechatを入り口とする個人消費者向けのサービス提供を中核事業としていることに対応して、網商銀行は中小零細企業向け融資を、微衆銀行は個人向け融資を、それぞれ中核事業としている。両社ともに、インターネット上で蓄積してきた購買行動・支払行動などのデータを活用して、顧客の信用を評価・ニーズ分析し、顧客に密着して金融シーンを創出しサービス提供している。微衆銀行の2017年度業績は、営業収入:67.48億元(前年度比176%増)、純利益:14.48億元(同261%増)、貸付総額:477.06億元(同55%増)、不良貸付率:0.64%(前年度0.32%)と急成長している。<2017ANNUAL REPORTによる>

微衆銀行(We Bank)と網商銀行(My Bank)の2017年度経営実績比較について別紙1参照

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(2) 事業内容

微衆銀行の事業は、現時点で次の4セグメントから構成される。

[事業セグメント1]

個人向け融資<本稿の対象>、中小企業向け融資

融資資金は、微衆銀行と伝統的銀行が共同で出資し、利息収入を分配する。<詳細は4-1章参照>

[事業セグメント2]

自動車、生活サービスなどを提供するパートナー企業と提携して、消費シーンに 応じた融資等の金融サービスを提供

[事業セグメント3]

保険、ファンドなど他金融機関に販売チャネルを提供

微衆銀行は手数料収入を受け取る。

[事業セグメント4]

都市商業銀行など中小金融機関にITシステムを提供

中小金融機関は、微衆銀行のシステムを組み込むことで、微衆銀行が代理する保険、ファンドなどの金融商品を販売することもできる。

いずれの事業も、「金融包摂の実現を目標とし、小口預金と融資を特色とし、デジタル技術を武器として、金融機関との協業に依拠する」という微衆銀行の事業定義と合致している。Wechat、QQ※6をチャネルとして活用し、4事業セグメントが連動して、顧客(個人消費者、中小企業)に密着して金融シーンを創出し、金融機関をつなぐ機能を果たしている。(図表1)

このうち本稿では、微衆銀行の主力サービスである個人向け小口ローン「微粒貸」について事例研究を行う。

※6 テンセントが1998年にサービス開始したオンライン・コミュニケーション・アプリ

2.消費者小口ローン「微粒貸」

2-1.サービスの特徴 : ロングテール向けサービスと“高い利ザヤ、低デフォルト率”を両立

「微粒貸」は、テンセントのWechatとQQの顧客ベースを活かした個人向けローンであり、次の特徴を持つ。

  1. 小口・短期
    一件当たり融資金額500元~30万元。一日単位の借入・返済が可能である。2018年11月時点で、1件あたり借入金額(平均)8,200元、平均借入期間48日である。(*同行へのヒアリングに基づく)
  2. 大量取引の即時処理
    2015年にサービスを開始し、既にアクティブ口座数6000万の規模に達している。(*2018年11月時点、同行へのヒアリングに基づく)融資申請から6秒以内で回答し、融資okの場合は顧客口座に即時入金する、返済時は申請から5秒以内で処理完了するなど、デジタル技術を最大限に活用して、顧客の使い勝手(顧客体験)を大きく改善している。
  3. ロングテール
    顧客の76%は大卒以下の所謂ブルーカラー、75%は大学を卒業していない学歴であり(*同行へのヒアリングに基づく)、これまで伝統的な金融機関から借入できなかった層をカバーしている。
  4. 高い利ザヤと低い不良債権率
    利ザヤは2017年度実績で7.02%であり、商業銀行の2017年年度平均2.1%(うち工商銀行2.22%)を大きく上回っている。この要因として、
    1. 微衆銀行の利息は最高(2017年度実績)で18.25%に達する。
    2. 融資資金の80%は商業銀行が提供するが、利息収入のうち30%は微衆銀行が、70%は商業銀行が受領する。<詳細は4章-1参照>

デフォルト率は0.64%(2017年度実績)。伝統的銀行は通常1.0%以上。銀監会の指針は2.0%以下であり、微衆銀行はロングテール顧客を対象にしながらも、適切なリスク管理を実現できていると言える。

【図表1】

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2-2.小口&短期、大量&スピード取引を実現するリスク管理モデル

前項で述べた小口・短期融資の膨大な取引件数を、どのように超短時間で処理しているのだろうか。実現の仕組みとして、中国人民銀行個人信用情報データベース等の「伝統的な信用評価データ」に加えて「テンセント・エコシステムのデータ」とを活用して、顧客候補の信用を評価し、融資対象とするかと与信限度額を判定・算定して「ホワイトリスト※7」 を作成している。そして、ホワイトリストの顧客に、WechatとQQをチャネルとして、顧客候補の資金ニーズ(シーン)の想定に基づきプッシュ型で融資利用を提案している。

【図表2】

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具体的なプロセスは、

  1. 人の属性や行動履歴により”人物像”のセグメントを定義し、当該セグメントの評価モデルを作成する。
  2. [ホワイトリストの作成―1] Wechat、QQ顧客の中で、仕事に就いたばかりの若年層や中小企業主を主対象として、中国人民銀行個人信用情報データベースで信用記録が多くない人を抽出する。信用評価が良くてもすでに多くの銀行と借入の関係を持っている人は対象としない。
  3. [ホワイトリストの作成―2] 顧客候補の属性や行動履歴により、①のセグメントのいずれに該当するかを判定し、当該セグメントの評価モデルに基づき与信をする。
  4. WechatとQQをチャネルとして、顧客候補の利用シーンと資金ニーズ(想定)に基づき、プッシュ型で融資利用を提案する。
  5. 実際の返済状況等に基づき、セグメント定義と評価モデルを改善する。

【図表3】

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以上のように、微衆銀行「微粒貸」では、中国人民銀行個人信用情報データベース等の「伝統的な信用評価データ」に加えて、「テンセント・エコシステムのデータ」を活用することで、従来の金融機関の個人消費者や中小企業向け融資における以下の課題の解決に取り組んでいる。

  • 個人消費者や中小企業の信用リスクを分析するデータが確保できない。
  • 金融機関が社員を派遣して調査を行うほどの収益が期待できず、コストが見合わない。
  • 抵当に入れる資産も無い

また、「ホワイトリスト」を予め用意することにより、融資申請に対してホワイトリストとの突合により迅速な回答が可能になっている。そして、ホワイトリストの対象者を随時拡大し、リスク評価の改善により与信限度額を拡大することで、億単位の顧客をカバーすることを狙っている。

微衆銀行の利息は、2017年度実績で、0.02%~0.05%/日、7.3%~18.25%/年であるが、顧客の信用評価、収入、学歴などデータによりダイ section.post

※7 安全が確認されている対象のリストを作り、それ以外は排除する方式を指す一般用語。インターネットセキュリティに関して使用されることが多い。

3.微衆銀行を取り巻く市場環境

前章では、微衆銀行の主力商品である消費者小口ローン「微粒貸」について、その特徴と実現モデルを解説した。本章では、微衆銀行を取り巻く環境として、「テンセントのエコシステムにおける位置づけ」と政策的背景について解説する。

3-1.テンセントのエコシステムと微衆銀行の位置づけ

テンセントは、1998年にオンライン・コミュニケーション・アプリ「QQ」からスタートした。現在では、QQとスマホ向けコミュニケーション・アプリ「Wechat」(2018-2Q末月間アクティブユーザ10.6億人)によるソーシャルメディアを中核として、ゲーム、金融等を融合するエコシステムを作り上げている。2012年頃より、サービス提供者(企業)に「公式アカウント」(購読アカウント、サービスアカウント、企業アカウント)を開放して、Wechat等ユーザとサービス提供者とをつなぐオープン戦略に転換したことが、テンセントがアリババと並ぶ中国2大プラットフォーマーとなった契機とされる。テンセントは成長戦略として、ソーシャルメディアとしての顧客吸引力とデータを活かして、スマートシティー、トランスポート、ヘルスケアなどの分野への進出を図っている。

その中、金融領域については、Wechat Pay(2014年3月にサービス開始した決済サービス、中国語名:財付通)が、Wechatと相性の良い紅包(お年玉)と呼ばれる機能を備えることなどによって、Alipay(支付宝)が取り込むことの難しいソーシャルメディア機能を武器に顧客を増やしてきた※8。更に、

  • 「零銭通」(残高に金利を付けるサービス)を活用してWechat Payを経由するキャッシュフローを増大させる
  • Wechat Payを入り口として得られるデータを「謄訊信用」で分析してスコアリングして信用体系を構築する

という循環を作っている※9

顧客は、Wechat、Wechat Payとサービス提供者の「公式アカウント」を、シームレスにアクセス・利用できる。

※8 中国人は、春節(旧正月)だけでなく、親族、友人間、会社の上司から部下に、節目に紅包を渡す習慣があり、コミュニティの潤滑材となっている。紅包機能を備えたことは、Wechat Payが日常的に使用されるペイメント手段の座を確保するうえで、強い武器になっている。

※9 Glo Tech Trends 「Wechatpayに金利がつく「零銭通」、信用スコアサービス「謄訊信用」 巨大Fintec企業化が鮮明に テンセント」(2017/9/14)より

【図表4】

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テンセントは、消費者の生活シーン、中小企業のビジネスシーンに密着する形で、小口融資(微衆銀行)、保険、理財など金融サービスを配置している。その中、テンセント・エコシシテムにおける微衆銀行の位置づけは、アリババグループにおける「阿里小貸」、「網商銀行」と同様に、従来の金融機関のサービスでは対象としづらかった個人や中小企業を対象として、生活や取引シーンに密着して金融ニーズを把握し、タイムリーに資金供給することを通じて、エコシステムの取引(キャッシュフロー)を増大することにあると考えられる。

3-2.微衆銀行設立の政策的背景

次に、中国政府政策の観点から、微衆銀行が登場した背景を分析する。

中国において、中小企業や農民に事業等資金が行き渡ること(中小企業金融、農村金融)は、金融政策の長年の課題であった。中小企業などが仮に資金調達できても、調達コストが非常に高く、「融資難、融資貴」と称されてきた。伝統的銀行が、政府系企業や不動産開発、公共投資などへの融資に注力し、効率の悪い中小企業等金融には積極的でなかったことが背景にある。また、地域間の金融サービスの格差も課題であった。

アリババ、テンセント等プラットフォーマーは、このような社会課題を事業機会として、テクノロジーによる低コスト化を実現し、従来の金融機関がカバーしていない顧客層(ロングテール)に金融サービスを提供することで、自社エコシステムを拡大・活性化してきた。プラットフォーマーによるロングテール層への金融サービス実績を踏まえて、中国金融政策当局は、個人消費者や中小企業の資金問題を解決するための切り札として、2014年に民間ネット専業銀行の第一陣を設立認可した。微衆銀行の開業セレモニー(2015年1月4日)には、李克強 総理が自ら出席し、「徐々に形作られて来たインターネットを利用した金融業が、これまでのコストを引き下げ、中小企業に適切な利益を提供するとともに、伝統的な金融機関の改革スピードを加速する圧力となるだろう。金融改革における大きな一歩を踏み出した。」とスピーチして、微衆銀行など民間ネット専業銀行への期待を示した。

中国金融政策当局の現時点の民間銀行に対する政策(規制ポリシー)は、中小企業、農民、個人などへの金融サービスの担い手として期待しつつ、同時に、P2P事業者の倒産による投資者被害などを踏まえて、民間銀行の業務範囲や支店開設などについて厳格な監督を行っている。

4.微衆銀行の事例から何を学ぶか(着眼点)

以上、微衆銀行の事業概要、主力商品である消費者小口ローン「微粒貸」の特徴と実現モデル、背景環境について概観してきた。微衆銀行やアントフィナンシャルの金融サービスは、プラットフォーマーが主導するエコシステムの膨大なデータを活用していることなどから、「トランザクション規模や処理速度など凄いが、中国の市場環境における特殊なサービス」と捉えられがちである。しかし、日本よりもデジタル技術の応用が多くの領域で先行し、プラットフォーマーによる金融事業(既存市場)への参入が本格化している中国の事例は、日本企業にとって有効なベンチマークの対象になると考える。本章では、微衆銀行の事例から何を学ぶか、2つの着眼点を提示したい。

  • プラットフォーマーと銀行(伝統的銀行)とが、それぞれどのような競争戦略、ポジション取りをしているのか(⇒ 着眼点1)
  • 微衆銀行のITを担う人材は、シリコンバレー出身者を中心とする“多国籍”(残念ながら現時点で日本人はいない)であり、彼らは「世界最先端の金融システムを開発し、世界で売る」ことを目指している。「中国を実験場として活用」しようとする彼らの発想は、日本企業もデジタル戦略の参考にできると考える。(⇒ 着眼点2)

4-1.[着眼点1]微衆銀行と伝統的銀行の競争戦略/ポジショニング ~ 競争と提携

(1)微衆銀行の銀行との提携戦略

微衆銀行は自社の事業を「顧客と金融機関とのコネクト」と定義している。伝統的銀行と競争するのではなく、個人消費者や中小企業など従来の金融サービスではカバーしづらかった層を顧客ターゲットとし、伝統的銀行に対して次の役割を果たそうとしている。

  • 顧客候補の信用評価を行ってホワイトリストを作成し、伝統的銀行に提供する。
  • 顧客の金融シーンを積極的に作り出して、伝統的銀行とつなげる。

この「顧客と金融機関とのコネクト」という事業定義には、次の背景があると考えられる。

(a)微衆銀行、網商銀行など民間ネット専業銀行は、口座規制※10により資金獲得に制約があり、資金力のある伝統的銀行の資金を活用せざるを得なかった。

(b)融資資金の80%は商業銀行が、20%は微衆銀行が提供するが、顧客の紹介及びシステム使用料として、利息収入のうち30%は微衆銀行が受領している。これが高い利ザヤ(2017年度実績で7.02%。商業銀行の2017年年度平均2.1%、うち工商銀行2.22%を大きく上回る)の源泉となっている。

微衆銀行としては、融資資金の銀行との間での提供割合を、将来的には5%(銀行が95%)まで引き下げたい意向である。

※10 類銀行口座(フル機能口座)を開設できず、Ⅱ類銀行口座(一部機能口座)しか開設できない

(2) 銀行の戦略(都市商業銀行等へのヒアリングに基づく仮説)

一方の伝統的銀行は、微衆銀行の「顧客と金融機関とのコネクト」というポジショニングに対して、どのように対応しているのだろうか。

2018年10月時点で、融資資金提供で微衆銀行とパートナー関係を持つ銀行は58行に達する。

【主な銀行】

Tier1(国有銀行)

農業銀行、建設銀行、中国銀行、交通銀行

*工商銀行とは協議が合意に達しなかったとのことである。

Tier2(株式制銀行)

招商銀行、中信銀行、平安銀行、民生銀行、浦東発展銀行等、全12株式制銀行をカバー

Tier3(都市商業銀行)

北京銀行、上海銀行等34行都市商業銀行の25.37%をカバー

伝統的な銀行は、個人消費者や中小企業への融資に対して、2章-2で述べたように「信用リスクを分析するデータが確保できない」、「金融機関が社員を派遣して調査を行うほどの収益が期待できず、コストが見合わない」、「抵当も確保できない」などの理由から慎重だった。しかし、中国経済が投資主導の経済から消費主導の経済へと転換する中、銀行のリテール戦略において、個人や中小企業の金融ニーズへの対応の重要性が高まっている。また、獲得した顧客の「取引の活性化」も重要な戦略課題となっている。このため、プラットフォーマーの金融シーン創出力を如何に活用するか、伝統的銀行はプラットフォーマーとの提携のトライに踏み出たところである。 <都市商業銀行(Tier3)へのヒアリングに基づく>

市場インパクトという観点では、中国の人民元貸出残高総額(2018年度末)139.53兆元※11、うち微衆銀行の貸出残高(但し2017年度末)は477億元※12であり、0.04%を占めるに過ぎない。微衆銀行「微粒貸」は、短期での借り入れ、返済が繰り返されているなど、貸出残高のみではそのインパクトは評価できないが、伝統的銀行が直ちにディスラプトされる危機感を持つような状況には至っていないと言える。多くの銀行は(銀行のTierや、個別行の戦略により異なるが)、プラットフォーマーとの提携について、デジタル対応やリテール戦略の一環として、競争と提携の両睨み作戦で臨んでおり、お互いのポジショニングについてまだ試行錯誤の状況だと考えられる。

中国におけるプラットフォーマーと伝統的銀行との競争と提携の事例 は、日本企業にとって、プラットフォーマーとの競争と提携、自社ビジネスのプラットフォーム化など戦略検討をするうえで、重要な参考材料になると考える。私自身も事例研究を進めて、発信していきたい。

※11 2019年1月份金融统计数据解读吹风会实录

※12 WeBank 2017ANNUAL REPORT

4-2.[着眼点2]IT部門の人材像とイノベーション・マネジメント~
中国を舞台に最先端のシステムをつくり世界で売る!

微衆銀行の設立当初の体制は、高級幹部の大部分は平安グループから、中堅以下はインターネット企業から(うち40%がテンセントから)参画したとのことである。これは、アリババ系の「網商銀行」の設立時メンバーが、幹部層は銀行出身者、中堅層はインターネット企業出身者だったことと類似している。

現時点で、微衆銀行の行員のうちIT技術者が50%(約1,000人)を占めている。IT部門のメンバー構成を同行にヒアリングしたところ、ヘッドはマレーシア人、他のコアメンバーは米国人、インド人など多国籍であり、幹部層の多くはシリコンバレー出身者である。彼らに目標を聞くと、「中国を実験場として、世界最先端の金融システムを開発し、世界で売る」との答えが返ってきた。背景として、

  • 中国において個人や企業などのデータ活用が比較的容易であること、
  • 微衆銀行など新興企業はレガシー・システムが存在しないため、ゼロベースでシステム構築できること、
  • 企業のイノベーションに対して基本的には開放的な中国政府政策

などが、「中国を実験場として」につながっている。また、微衆銀行のシステムは、パッケージベンダに制約されることを避けるためオープンソース(リナックス)ベースで自社開発している。「世界最先端の金融システムを開発」に向けた実践だと言える。中国のみならず世界の最先端のITの動向として、日本企業としても彼ら(多国籍チーム)の思考や行動を理解していく必要があると考える。また、顧客やパートナーのインセンティブ設計を実利主義で行い、Win-Winの関係を作りながら、金融包摂など社会に価値を提供しているサービス・モデルや、イノベーションを生み出すマネジメントの事例から、日本企業が学べる要素は多いと考える。

【最後に】

以上、中国における金融包摂(Financial Inclusion)の代表的かつ最先端のサービスとして、微衆銀行「微粒貸」の事例分析を行った。伝統的銀行が、信用評価情報の蓄積が難しいなどの要因でサービス対象としていなかった顧客層に対して、「微粒貸」が金融サービスを享受する扉を開いたこと、個人顧客が利用しやすいような小口・短期で即時性ある借入手段を実現したことは、まさにイノベーションだと言える。

微衆銀行の幹部にヒアリングして強く印象に残っているのは、予め明確なロードマップがあってサービス開発を進めているというよりも、理念を掲げたうえで、サービス開発を通じて市場と対話しながら、戦略を現在進行形で作っていることだ。IT部門社員などは、高い目標に対するトライ&エラー(不安定さ)を楽しんでいるようにも見えた。微衆銀行と伝統的銀行との間のポジショニングについても、「顧客と金融機関とのコネクト」というミッションを掲げたうえで、具体的なお互いの組み合わせは、絶え間ない実践を通じて、後づけで定義している。

本稿執筆にあたり、中国人企業人、政府系研究所研究員などに微衆銀行や民間ネット専業銀行に関する見方をヒアリングしたが、概ね次の発言であった。(* ヒアリング対象者が「上海エリア」の「企業幹部層」に偏ってる。)

プラス面

  1. 個人消費者や中小企業向け金融サービスは、従来の銀行が積極的に取り組みたがらない微細な市場。ここで多くの消費者や中小企業の臨時の資金ニーズを満足させることは、社会的意義の高い事業であり、収益化出来ていることも尊敬に値する。
  2. 中国経済が投資主導の経済から消費主導の経済へと転換する中、民間ネット専業銀行が、「顧客の生活・消費シーンと金融サービスとを結びつける」ポジションを獲得していることは、強い競争優位の確保につながる。
  3. モバイル・インターネットのユーザは、二級、三級都市から更に四級、五級都市、農村に拡大するため、個人や零細企業への金融サービスのニーズは継続的に拡大していくだろう。
  4. ビッグデータの力を活かしたリスク管理は日々進化しており、ビジネスモデルとしても健全に見える。

マイナス面・課題

  1. 中国の民間銀行が金融機関として信頼を蓄積するには、長い道のりを要するだろう。民間ネット専業銀行とP2Pは全く異なるモデルであるが、中国人の中にP2P金融の相次ぐ倒産による被害が刻み込まれており、民間銀行の信用に対してもマイナスの影響を与えている。
  2. 中国金融市場では、国有銀行など伝統的銀行が引き続き主導的なポジションを得ており、民間銀行の発展空間には限りがあるだろう。
  3. 中国人のプライバシー保護はますます厳格になっており、ビッグデータに基づく信用リスクの評価、融資適格性の判断(ホワイトリスト作成)とセールスは、今後制限を受ける可能性がある。
  4. 中国国内の収入格差、教育水準格差は大きく、ビッグデータ分析によっても完全に個人のリスクを分析することはできない。デフォルトが発生する可能性は引き続き高いのではないか。
    現に、微衆銀行等の信用評価アルゴリズムを理解したうえで、低所得者などの名義を買って融資対象になる人物像を作り上げ、借入して返済しないような詐欺行為も発生している。

以上の意見からも、微衆銀行の金融包摂への挑戦や、これを取り巻く市場環境も、変化の過程にあると言える。本稿は、微衆銀行の視点からの分析が中心だったが、伝統的銀行や顧客の声も集めて、中国フィンテックの進化過程と、プラットフォーマー、銀行の戦略変化を分析・発信していきたい。

以上

【別紙1】微衆銀行(We Bank)と網商銀行(My Bank)の2017年度経営状況比較

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TOPInsights経営研レポートデジタル化の衝撃とチャイナ・インパクト -「彼を知り己を知る」・・・企業人の視点で分析する“中国的経営”-