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福島ブランド活性化に向けた新たな視点

NTTコム リサーチ共同調査「福島県への観光及び特産物の購入に関する意識調査」(2014年5月)

ライフ・バリュー・クリエイション コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 小林 洋子


  東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から3年が過ぎた。心ならずもFUKUSHIMAとして世界的に知られることになった福島県では、放射性物質の拡散によって暮らしや産業が直接的な被害と風評被害に見舞われ、今も苦難の日々が続いていると聞いている。

  毀損(きそん)してしまった「福島ブランド」をいかに回復させるのか。原発事故が起きた2011年、筆者らは復興庁からの依頼で福島県の協力を得て現地に赴き、観光産業と県産品の被害の実態調査を行った(「観光、特産品等における福島ブランドの活性化方策調査」(以下、ブランド活性化調査))。

  私事であるが、震災と事故後ちょうど3年になる3月に育児休業から復職した。福島ブランドの当時の状況とその後の変遷を振り返りつつ、ブランド活性化調査で現場を見てきた経験とその後の独自調査から、福島ブランドを活性化していくための方策について、一つの視点を提示してみたい。

震災前の福島ブランド

  原発事故以前から、福島県には全国に知られた観光地や県産品が数多くあり、観光客は増加傾向、市場における取引価格は上昇傾向にあった。観光地には、飯坂温泉や土湯温泉、猪苗代湖、白河、鶴ヶ城、会津若松市街、大内宿、スパリゾートハワイアンズなどがある。また、福島県は全国でも有数の農業県として首都圏などへの重要な食料供給の役割を担い、桃(全国2位の収穫量(2010年))、さやいんげん(同2位)、きゅうり(同3位)、なし(同3位)などの野菜や果物のほか、日本酒、牛肉、鶏肉、ゆべし、あんぽ柿、会津漆器などの県産品も知られている。

  このような福島県の特長を生かした個別の県産品や観光地のブランド(以下、個別ブランド)の知名度向上に伴い、福島県全体としての地域ブランド(以下、福島ブランド)が構築されつつあった。

図表1:福島ブランドと個別ブランドの関係

図表1:福島ブランドと個別ブランドの関係

(出所:NTTデータ経営研究所にて作成)

福島ブランド回復の必要性と難しさ

  しかし震災と原発事故後、基準値を上回る放射性物質の検出などにより、個別地域や個別産品の実際の放射線量にかかわらず、福島県全体に対するマイナスイメージが拡大し、福島ブランドは毀損してしまった。

  筆者らが調査をする中で感じたことは、福島ブランドの回復は非常に重要であること、だがその試みは前例のない困難を抱えた取り組みとなることだった。

  福島ブランドの毀損は、個別ブランドを損なわせ事業者を経済的困難に陥れてしまっただけでなく、福島の人々の自信や誇りを奪いかねない状況にあったからである。福島ブランドの回復は、福島の人々の活気を取り戻すためにも必要と考えられた。

  だが同時にブランド回復に向けた難しさも数多くあった。

  一つは、実害を伴っているため一概に風評被害とは言えないことにあった。風評被害とは、根拠のない噂により受ける被害のことである。風評被害であれば、正確な情報を速やかに開示し、情報発信、実際に来てもらう・食べてもらうことにより誤解を解消し、安心してもらうといった対策が一般的であろう。

  しかしながら、福島県では一部の地域、一部の食品とはいえ基準値を上回る放射性物質が実際に検出されていた。「福島県に行かない」「福島県産品を買わない」という消費者の選択は、目に見えない放射線を自分や家族の体内に取り込む可能性を少しでも避けたいという防衛本能に発するものと考えられた。放射線に関して個々人で安全基準を持って判断できる消費者は少なく、「行かない」「買わない」という最も厳しい基準を適用することで目に見えない放射線による危険性を回避して健康を守ろうとしている状況にあった。このような状況で一概に福島県への訪問や県産品の購入を促しても、効果はおそらく出ないと考えられた。

  次に、ブランドが毀損した主因である原発事故の処理が収束しておらず、放射性物質の影響は長期にわたることが知られていた。このため、原因が収束してから対策を講じるという一般的なアプローチが取れず、収束のための取り組みと並行して福島ブランドの回復に向けた取り組みを実施しなければならなかった。

  加えて、実害と風評被害によるダメージがあまりに大きく、ブランドの回復以前に被害救済が求められている状況でもあった。観光客の入込数は、震災直後の4月は平均して前年度比1割から2割にまで落ち込み、県産品の中でも生鮮食品の販売は低迷した。桃は1キロ当たり500円前後の価格が最安値の時には100円台まで落ち込んだ。このため、中長期的なビジョンを策定した上で計画を立てるという通常のアプローチではなく、売上に結びつく即効性を伴う短期施策と中長期施策の両方が必要とされていた。

  以上の認識のもと、筆者らは復興庁、福島県、有識者とともに福島ブランドの回復と活性化の具体策として、事業継続を目的とする即効性のある「短期施策」と事業者の自立運営のための基盤づくりを目的とする「中長期施策」の全21施策を提案した。

  詳細は調査報告書に譲るとして、福島県の最上位計画である「ふくしま新生プラン」を見ると、コンベンションや国際会議の誘致、海外メディアと連携した情報発信、ふくしまファンクラブの活用、アンテナショップやイベントなどの顔の見える売り場でのPRなどが含まれており、我々の調査が多少なりともお役に立てたのではないかと推測する。

  改めて言うまでもないが、前例のない困難を抱えた福島において、米の全量全袋検査をはじめとする福島県による出荷前の放射性物質のモニタリング、農協等の自主検査、除染、知事等によるトップセールス、物産展の開催等による安全管理と安全性PRなど、福島県内の自治体職員や関係する事業者、福島の人々がブランド回復と福島ブランド確立に向けて尽力されてきたことは無論である。(注:福島県は平仮名の「ふくしま」としてブランド統一しておられるようである)

 

福島県に対する消費者意識と行動

  翻って、ブランドの評価者である消費者の意識や行動は震災後3年でどのように変化しているだろうか。 地域のブランド力について消費者にアンケートで聞く「地域ブランド調査」によると、福島県の魅力度ランキングは、震災前は38位(2009年)、33位(2010年)と順位が上がっていたが、震災直後に35位(2011年)、翌年に43位(2012年)まで落ち込んだ。その後、29位(2013年)と急上昇している。

図表 2:福島県の魅力度の推移

図表 2:福島県の魅力度の推移

ブランド総合研究所「地域ブランド調査」に基づいてNTTデータ経営研究所にて作成

   消費者の福島県に対するイメージが回復した要因としては、国を挙げたさまざまな施策の実施や、県内の自治体や事業者、県民の懸命の努力によるものが大きかったと考えられる。 

  一方、観光客入込数を見ると、震災前に右肩上がりだった状況は同じだが、震災直後に前年度比6割(61.6%)まで落ち込んだ後、回復基調にはあるものの震災前の水準には達していない(2010年度比77.8%)。イメージは回復してきているものの、福島県に足を運ぶまでには至っていないと考えられる。

図表 3:福島県の観光客入込数の推移

図表 3:福島県の観光客入込数の推移

(出所:福島県「観光客入込状況」)

  地域別に見ると、震災後は原発事故現場に近い相双(そうそう)や、津波による被害が大きかったいわきを訪問する観光客が大幅に減り、地域別の構成比で見ると会津、県北の割合が高まっている。会津については放射線量が比較的低かったことやNHK大河ドラマの舞台となることが決まったことなどが一つの要因であろう。いわきは震災前に比べると360万人減(33.1%減)だが2011年度と比べると350万人増(94.1%増)と回復基調にある。

図表 4:地域別観光客入込数の推移

図表 4:地域別観光客入込数の推移

(出所:福島県「観光客入込状況」)

  震災直後の大幅な下落からは回復してきているが、震災前の水準に達していない厳しい状況は、県産品にも当てはまる。日本銀行は、農産物について出荷量はおおむね震災前とほぼ変わらぬ水準に戻っている一方で、価格面では他県産と比べて安値圏で取引されていると報告している(日本銀行福島支店「福島県における農業の現状と課題」)。桃は、2012年に1キロ当たり300円台まで回復したが、8月の最盛期における他県産との価格差が大きい。また、震災前は最高値がつくプライスリーダーであったきゅうりは、2012年は安値圏で推移している。

ブランド回復のカギは「気にしない層」

  福島ブランドを回復、活性化するにはどうすればいいのだろうか。入込客数や県産品の価格が回復しない原因は風評被害とする傾向が一般的にあるようである。

  風評被害は一つの原因だろうが、それだけだろうか。筆者らは、ブランド活性化調査やその中で行った消費者の意識調査などから、以下のような仮説を持つに至った。

  • 福島県における震災や原発事故の影響をあまり「気にしない層」が、震災直後を含め、一定数いるのではないか
  • 良かれあしかれ震災や原発事故への関心が時間の経過とともに薄れてきており、「気にしない層」が増えているのではないか
  • 「気にしない層」は福島県に関心が薄く、積極的な働きかけの余地があるのではないか
  • 働きかけは、福島県を積極的に応援してくれる「福島ファン」の人たちを介した口コミ、情報発信が一つの有効な施策ではないか

 

  まず、ブランド活性化調査の中で実施した消費者向けのアンケート結果を紹介したい。

  筆者らは、震災と原発事故が発生した2011年に福島県を訪問したことがある人を対象にアンケート調査を行った(福島県を訪問しうる近隣地域として東北エリア(福島県以外)、関東エリアおよび新潟県に住む412名に対して実施した「福島県への観光に関する意識調査」(2012年3月実施))。

   この結果、震災が発生した年に福島県を訪問した人の属性に特徴や傾向は見られず、年齢、性別、子供の有無に関係なくさまざまな人が訪問していたことが判明した。また、訪問理由は復旧関係ではなく観光が多く、「観光」と「その他」に含まれるスポーツ目的を合わせると55%とトップであった。一方、復旧・支援関係(「復旧・復興業務」、「被災地支援」)は1割に満たなかった。

図表 5:福島県の訪問理由(複数回答)¹

図表 5:福島県の訪問理由(複数回答)

(出所:NTTデータ経営研究所による調査)

1(注)その他にはスキー、ゴルフなどのスポーツ目的や約半数含まれる

  そして、「ぜひまた行きたい」(41.2%)、「機会があればまた行きたい」(50.3%)を合わせると91.5%にのぼり、一度福島県を訪問した人は再訪意欲が高いことも判明した。

  これらの結果などから、筆者らは「気にしない層」が一定数いるのではないかという仮説を持つに至った。この仮説を検証し、「気にしない層」について詳しく知るため、震災発生後の2012年、今度は訪問の有無にかかわらず、福島県への訪問と特産物の購入に関する意識調査を独自に行った。(NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社が提供するNTTコム リサーチ(旧gooリサーチ)の登録モニターで、福島県を除く、東北、北海道、関東、北陸、中部、近畿在住の1,058名の方を対象に実施した「福島県への観光及び特産物の購入に関する意識調査」(2012年10月実施))。

   震災後、福島県を訪問した人は約1割存在した(訪問した(12.5%)、訪問していない(87.5%))。興味深いことに、訪問していない人に今後の訪問意欲を訪ねると、「行きたい」(30.9%)が「行きたくない」(23.4%)を上回り、さらにそれを上回ったのが「分からない」(45.7%)であった。

  福島県を訪問したくない、あるいは訪問したいか分からない理由として原発事故の影響を挙げる人もいるが(「放射能汚染が怖い」(30.8%))、一方で「交通費・滞在費が高い」(32.0%)、「距離が遠い」(30.9%)も同程度を占めており、福島県を訪問しない理由は震災や原発事故だけとは言えないことが分かった。

  また、「福島県の観光地を知らない」(17.5%)、「魅力的な観光地がない」(10.5%)という回答も1割以上あり、観光地としての積極的な働きかけの余地がありそうに見える。実際、被災地の中で観光に行くにはまだ安全ではないと思われる県を尋ねたところ、6割が福島県を含めて安全ではないと思われる県は特にない(59.6%)と回答している。

図表6:福島県に行きたくない・行きたいか分からない理由(複数回答)

図表6:福島県に行きたくない・行きたいか分からない理由(複数回答)

(出所:NTTコム リサーチ/NTTデータ経営研究所 共同調査)

  さらに、「友人や家族に誘われる」(30.5%)、「旅費や入場料、宿泊料金等の金銭的な補助が受けられる」(25.3%)、「高速道路が無料化される」(15.3%)といった一般的な旅行の後押しがあれば、福島県を訪問したいと回答している。

  福島県産の生鮮食品については「特に気にしていない」(53.9%)が5割超を占め、原発事故による放射能汚染への対応として「特に意識していない」(67.6%)が7割近くを占めている。

図表7:福島県産の生鮮食品(主に野菜、果物)への対応

図表7:福島県産の生鮮食品(主に野菜、果物)への対応

(出所:NTTコム リサーチ/NTTデータ経営研究所 共同調査)

 

図表 8:原発事故による放射能汚染への対応

図表 8:原発事故による放射能汚染への対応

(出所:NTTコム リサーチ/NTTデータ経営研究所 共同調査)

 

  このように、震災と原発事故が発生したことを理由として福島県を訪問しない、福島県産の生鮮食品を購入しない層が2割程度(「訪問していない」87.5%×「行きたくない」23.4%=20.4%)いることは事実だが、震災後2年を待たず「気にしない層」がいることもまた事実であり、その規模は前述した弊社調査結果からおおむね6割程度であると想定できる。  

  このことは、消費者庁の調査結果ともおおむね整合する。消費者庁が2014年2月に実施した「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第3回)」において、食品購入時に産地を気にする人(「気にする」、「どちらかといえば気にする」と回答)で、気にする理由として放射性物質が含まれている可能性を挙げた人は、全体の21.0%であった。また、気にする産地として福島県を挙げた人は全体の15.3%であった。

  一方、出荷制限されている食品情報は「特に得ていない」がトップの46.1%にのぼり、過去2回実施された同調査と比較して増加傾向にある。また、放射線、放射性物質、放射能についても、「知っているものは特にない」が全体の34.8%を占め、増加傾向にある。食品中の放射性物質の検査情報については、「基準値を超えた食品が確認された市町村では、他の同一品目の食品が出荷・流通・消費されないようにしている」ことを知っていると答えた回答者が全体の5割近くいるが減少傾向にある一方、「検査が行われていることを知らない」が2位で全体の26.9%を占めており、増加傾向にある。このように、震災後3年で放射性物質に対する関心が薄れてきていることがうかがえる。

  そして、前述したように我々の調査では「気にしない層」は、福島県の魅力を知らない人も多く、友人や家族に誘われれば訪問や購入に意欲的になるという結果が出ている。さらに、福島を訪れれば再訪意欲が高い傾向もありリピーターになる可能性が高く、積極的な働きかけの余地があると考える。特に、震災後に観光目的で訪れた人や福島県産品を積極的に購入する「福島ファン」の人たちを介した口コミや情報発信が有効ではないだろうか。

まとめ

  福島ブランドは震災後3年で回復途上にある。ここからさらにブランドを活性化するためには風評被害対策も重要だが、今後さらに増えると予測される「気にしない層」の「福島に行きたいか分からない」、「福島を知らない」への対応も、今後の検討課題と言えるのではないか。この点で、福島県が進めている観光素材の発掘、磨き上げやデスティネーションキャンペーン、震災を通じて生まれた新しい絆を活用した交流人口の拡大に大いに期待したい。

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