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金融機関におけるIT人材育成の今後のあり方
~IT人材モチベーションの重要性~

金融コンサルティング本部
マネージャー 上條 洋

1.IT人材育成の重要性の高まり

 「システム障害を想定した実地訓練がこれまで実施されていなかったことからも明らかなとおり、訓練を通じて人材を育成する視点が希薄だったと考えられる。(略)長期にわたって維持及び安定運用が求められる既存システムに対するノウハウを計画的に承継する取組みを深めるべきであった

 これは2011年3月に発生した、大手金融機関における大規模システム障害に対して、第三者委員会が発表した障害発生原因の一文である。障害発生から既に2年が経過したが、日本の多くの金融機関において、この一文で取り上げられている「訓練による育成」「ノウハウ承継」といったIT人材育成のテーマは、現在もシステム障害を防ぐ上で重要な課題として捉えることができるのではないだろうか。

 さらに2012年6月には、システム障害による一般利用者や企業の経済活動への影響を考慮し、金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」が改訂され、システムリスクに注目した内容が盛り込まれることとなり、その中で「専門性を持った人材の育成のための具体的な計画を策定し実施しているか」等が、新たに監督上の着眼点として取り上げられ、IT人材育成というテーマは、その重要性を増しつつある。

 このように主要行を中心として、重大なインシデントを契機に、システムリスク管理が見直され、その延長線上でIT人材育成が着目されることとなったが、主要行ばかりに言えることではなく、地域顧客の経済活動に影響を及ぼす内部リスクは排除すべき、という観点からすると、地域金融機関も同様の認識が求められる。

 特に地域金融機関では、勘定系システムを外部委託もしくは共同化している割合が約7割に達する等、コスト削減の観点からもシステムを外部依存する割合が高く、システムリスクに対する統制が効きづらいという特徴を持っている。前述した金融庁の監督指針でも地域金融機関に対し、「外部委託先任せにならないように、例えば委託元として要員を配置するなどの必要な措置を講じているか」が新たな指針として示されており、IT人材に着目している点では、主要行も中小・地域金融機関も変わらないと言える。

2.IT人材育成の不安と課題

 IT人材育成に対する重要性が高まる状況にありながら、金融機関の内部に目を向けると、依然として育成が進んでいない様子がうかがえる。当社では、IT関連プロジェクトで複数の金融機関と接する機会が多いが、IT担当者からは、コミュニケーションスキル不足、ベテラン層の退職による若手人材へのスキル継承不安、外部委託による人材弱体化、モチベーションの低下といった、IT人材育成に関する切実な不安の声を伺う。

  • 10年もたたないうちに、システムを理解している人材がいなくなる
  • 依頼されたことをただ行うという意識が根強く、積極的な姿勢がない
  • 「できない」ことばかりに目が行きがちで、「できるようにする」という意識が低い
  • 経営層から期待されるIT企画やITを活用した事業提案等を担う人材がいない
  • 若手層へのノウハウ伝承が進まず、次世代を担う新しい人材が育たない
  • 外部への依存心が高まり、業務が形式的な管理業務に終始している
  • 外部委託先のシステムも含め、システム全体を把握している人がいない
  • 景気低迷でIT部門の予算が削減され、開発現場そのものが減少した
  • IT部門への採用が行われなかった時期があり、世代間のバランスが崩れている

(出所)NTTデータ経営研究所

 また日本銀行が調査したシステム障害予防策に関する課題を見ても、外部委託やベテラン層の退職によるスキル低下等、システム障害の予防策を推進する上で、IT人材の弱体化を課題として挙げる金融機関も多く、IT人材育成が課題となっている証拠と言える。(図表1)

図表1 システム障害予防策を推進する上でシステム開発にかかる課題

(図表1)システム障害予防策を推進する上でシステム開発にかかる課題/(出所)日本銀行 金融機構局 「金融機関におけるシステム障害に関するリスク管理の現状と課題」(2010年11月)システム障害管理に関するアンケート調査結果

(出所)日本銀行 金融機構局「金融機関におけるシステム障害に関するリスク管理の現状と課題」
(2010年11月)システム障害管理に関するアンケート調査結果

 このように金融機関では、システム障害を機にリスク対策上のIT人材育成の重要性が高まる中に置かれながらも、まるで逆行するかのように、IT人材の弱体化の危険を内包しつつあり、IT人材育成の方法や取り組みについて、再考すべき時期が来ていると思われる。

3.IT人材育成方法の検討体系

 金融機関におけるIT人材育成の方法や取り組みを体系化するために、筆者が都市銀行、地方銀行、協同組織系金融機関等、複数の金融機関を調査し、現在、金融機関で行われているIT人材育成の検討体系をまとめたものが図表2である。組織のルールや制度(ハード)に基づく「IT人材の定義」、「社内OJT」、「実習」、「座学」と、社員のやりがい・達成感等(ソフト)に基づく「モチベーションの醸成」に大きく分かれ、前者は、情報や知恵を“発信する”ための仕組みである一方、後者は人材が情報や知恵を“受け入れる”ための仕組みである。そして、「モチベーション」が情報や知恵の受け皿として、すべてのIT人材育成の土台となり機能する体系となっている。

 以下に、金融機関の取り組み事例と今後の動向を交えながら、体系について解説する。
 

図表2 IT人材育成方法の体系

(図表2)IT人材育成方法の体系/(出所)NTTデータ経営研究所

(出所)NTTデータ経営研究所

(1)IT人材の定義
 IT人材育成の検討は、そもそもどのようなIT人材を育成するか、を検討することから始まり、金融機関では、UISS(※)やITSS(※)といったITスキル標準をカスタマイズして、自らの実情に合わせてIT人材を定義しているケースが多い。
 今後のIT人材を定義する上では、先に挙げたようなシステムリスク管理強化の進展等によって、人材育成の影響範囲がシステムに止まらず、経営全体にも影響を及ぼすことを加味し、「システムリスク管理担当」、「IT組織マネジメント担当」といった専門人材も含めることは金融機関において必須の条件となるだろう。
※ 独立行政法人情報処理推進機構が定義・公表している情報システムユーザースキル標準(UISS)とITスキル標準(ITSS)

(2)社内OJT
 社内OJTの検討は、IT所管の組織、グループ、チーム、業務そのものを定義することに等しく、特にシステムの外部委託を進めている金融機関にとっては、外部委託した業務を担当していた人材の再配置場所を定義し直す重要なテーマとなる。
 最近では、ユーザー部門が担当する要件定義・プロジェクト管理をサポートする専門チームや、システム投資の費用対効果を経営企画部等と連携しながら測定する専門チームを設置し、IT人材を育成するケースもあり、社内OJTの場はより専門化・複雑化している。

(3)実習(経験)
 金融機関における実習の取り組みを見ると、システム障害実地訓練の他に、ユーザー部門とのローテーションによる業務経験、ITベンダーへの出向によるIT専門経験に大別される。ユーザー部門とのローテーションは、“システム活用の現場の理解”を目的に実施していることが多いが、ユーザー側におけるIT部門との調整役に徹してしまったり、ローテーションしたユーザー部門にそのまま異動してしまうケースもある等、課題が散見される。またITベンダーへの出向でも、“最先端技術の習得”、“委託システムの全体像の理解”等を目的に実施しているものの、期待していた効果が得られなかったとの声も聞こえ、事前にローテーションや出向の目的を明確化することや、ルールを整備しておくこと等、“事前の調整・準備”が実習においてポイントになると考えられる。

(4)座学(知識)
 (1)で挙げたIT人材の定義に合わせ、外部研修、資格取得等を体系化している金融機関が多い。しかしながら、現状のITスキルを定期的に測定し、今後強化すべきスキルとのギャップや、ITスキル向上の変遷を把握している金融機関となると一部にとどまっていると推察でき、PDCAサイクルに基づく、実効性のある仕組みの構築と、それを検討・実行するための体制が必要とされる。

(5)モチベーションの醸成
 情報や知恵を“発信する”ための仕組みだけでなく、人材が情報や知恵を“受け入れる”ための仕組みを用意することは、人材育成の実効性を高める上で、必要な方策と言える。
 金融機関のIT人材育成で実際に、モチベーションの醸成を促す取り組みの例は少ないが、一部の大手金融機関で取り組まれている事例としては、IT人材専門のキャリアコースやプロフェッショナル認定制度の用意、上長とのキャリア面談等、給与や賞与と直結した取り組みが主となっている。

 以上が現在、金融機関において採られている主なIT人材育成の方法であるが、多くが「IT人材の定義」、「社内OJT」、「実習」、「座学」であり、「モチベーションの醸成」を実施している金融機関は大手に限られ、地域金融機関で実施しているケースは少ない。金融機関のIT担当者からは、「人材育成を検討していると、社内体制や制度の調整ばかりに目が行きがちで、根本的な人材のやる気は忘れがちになる」といった声も聞こえる。しかし、情報や知恵の受け皿となるモチベーションがなければ、社内OJT、実習、座学は無意味であり、人材育成上、最も重視すべきテーマであることは言うまでもない。

4.IT人材モチベーションの源泉

 一般的にユーザーIT技術者(社内SE)の仕事や職場に対する満足度をみると「給与・報酬」、「今後のキャリアに対する見通し」の満足度が他項目に比べて低いが、金融機関におけるIT人材にも同様のことが言えるのではないか。「銀行業をやるために入行したのにシステムを管理する」キャリアへの不安、間接部門の外部委託・オフショア等による予算削減が進展する中での給与・報酬への不安は、金融機関におけるIT人材のモチベーションの醸成を難しくさせる要因になっていると考えられる。さらに、顧客の金融ITサービスニーズの変化、新技術登場、ITベンダーへの委託範囲拡張等により金融機関のIT部門の体制・制度は常に変化が求められており、そのような部門に所属するIT人材のモチベーションのあり方自体も常に流動的になっていると考えられ、経営者によるモチベーションの把握や対応を難しくさせていると想像される。

図表3 ユーザーIT技術者の仕事や職場の環境に対する満足度

(図表3)ユーザーIT技術者の仕事や職場の環境に対する満足度/(出所)独立行政法人 情報処理推進機構 IT人材白書2012

(出所)独立行政法人 情報処理推進機構 IT人材白書2012

 このように金融機関のIT人材育成において重要性が高まりつつあり、また流動的であるモチベーション醸成への対応であるが、この醸成を検討する上でこれまで研究されている各種理論が参考になるだろう。欲求5段階説、二要因理論、X理論Y理論等、モチベーションに関する理論は数多いが、本稿では、その中でも金融機関のIT部門を取り巻く環境変化と最も符合した「4つの欲動」の理論をモチベーションの源泉として取り上げ、対応策(例)を参考までに掲載する。

  • 獲得への欲動・・・社会的地位、報酬等、稀少なものを手に入れること
  • 絆への欲動・・・個人や集団との結びつきを形成すること
  • 理解への欲動・・・好奇心を満たすような情報や知識を得ること
  • 防御への欲動・・・職務上の脅威から生活の質、ノウハウ等を守ること

図表4 金融機関におけるIT人材モチベーション醸成の対応策(例)

(図表4)金融機関におけるIT人材モチベーション醸成の対応策(例)/(出所)NTTデータ経営研究所・(参考)”Employee  Motivation A Powerful New Model” Harbard Business Review 2008

(出所)NTTデータ経営研究所
(参考)”Employee Motivation A Powerful New Model” Harvard Business Review 2008

5.最後に

 金融機関にとってITはなくてはならないインフラであり、それを支えるIT人材はなくてはならないリソースである。金融機関のITが一歩間違うと社会への影響と社会から失う信頼は計り知れない。IT人材育成を単なるコストと捉えるのではなく、長期的な投資と捉え、スキル(知識)やノウハウ(経験)だけに囚われずモチベーション(心)にも踏み込んだ価値あるIT人材育成を進めることを金融機関に期待する。

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