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インフラ輸出としての電子記録債権の海外展開

マネージャー 福田 好郎
『情報未来』No.38より

はじめに

2010年に閣議決定された「新成長戦略」では、7つの戦略分野の一つとして「金融戦略」が掲げられた。その動きを受け、2010年12月に金融庁が公表した「金融資本市場及び金融産業の活性化のためのアクションプラン~新成長戦略の実現に向けて~」では、金融庁における今後の取り組み方策として「日本の電子記録債権制度をアジア諸国に普及させていくために、アジア諸国の金融・資本市場に関する実態調査を実施すること」が明記されている。また、その取り組みの一環として、金融庁は「アジア諸国の企業間取引の実態に関する調査」(2010年度:当社受託調査)、「アジア諸国に対する電子記録債権の日本型モデルの普及に関する調査」(2011年度:当社受託調査)をそれぞれ実施している。

本稿では、このように政府が積極的に取り組んでいる電子記録債権の海外展開が、日本の金融機関や事業会社にどのような影響を与え得るのかを検討することとしたい。

日本企業の海外展開の現状

日本の中小企業の海外展開とその課題

図表1は、中小企業の子会社の海外展開の状況である。アジアを中心に堅調な伸びを見せている。特にアジアへの展開が著しい。アジアに展開している日本の中小企業の子会社9382社のうち、3938社(約42%)が製造業の子会社である(平成22年度)。国内中小企業数全体のうち製造業が占める割合が約11%であることを考慮すると、製造業の海外展開に対する積極性が見てとれる。当社の企業向けヒアリング結果から、国内市場の縮小懸念や、割安な人件費等のコスト面が海外進出の背景になっていると考えられるが、もともと取引している大企業の海外展開に合わせて自社の海外展開も行われるという理由が散見された。これは、国内のサプライチェーンが一体として海外展開を始めていると言うこともできよう。また、これまで中国が主な進出先であったが、中国国内の人件費の高騰やリスク分散の観点から、広くASEAN地域の国々への進出も増加傾向にある。

図表1:中小企業の子会社の海外展開状況
グラフ
出所:中小企業庁「中小企業実態基本調査」を元にNTTデータ経営研究所にて作成

製造業を中心とする企業の海外展開では、現地子会社に駐在する日本人は技術移転を担当する人材が主であり、財務や経理を現地雇用の職員が担当するケースが多い。財務面における日本からのガバナンスは、現地銀行が発行する月一度のステートメントや年に数回行われる日本からの出張ベースでの監査にとどまっているとのことで、ASEAN各国における現地ヒアリングでは、ガバナンスが行き届かず、現地雇用社員による不正が行われた事例も伺った。しかしながら、中小企業にはそれを防止するための打ち手に乏しいのが現状である。

中小企業の海外展開に対応できない中小金融機関

多くの企業が海外展開を行っている一方、それをサポートする国内金融機関による海外展開支援は一部のメガバンクに限られ、地方銀行をはじめとする中小金融機関の支援能力は十分とは言えない。確かに、顧客企業が数社進出しているだけの国に、支店を開設することは費用対効果から言って積極的に展開できる状況にはない。現時点では、支店の開設が難しい中小金融機関が、顧客企業の海外展開ニーズにこたえるために、駐在員事務所を増強して情報提供等の支援活動が行われている。

営業活動を行うことができない駐在員事務所の代わりに、現地サービス強化のために、いくつかの地方銀行が現地金融機関と提携を行い、進出顧客企業のサポートを行っている。例えば、工場設立に必要な現地通貨建てローンについては、地方銀行が現地銀行へスタンドバイL/Cを差し入れ、保証することで、顧客現地法人に現地銀行から貸付を行うスキームが確立されている。このような活動は、日本国内の既存顧客をメガバンクに奪われないためのサービスの一環という見方もできる。しかしながら、顧客企業の海外における活動が製造から拡大し、販売、回収へと進むにつれ、このスキームにも工夫を凝らす必要が出てくるであろう。

なぜ電子記録債権の海外輸出が必要なのか

電子的に記録することによる課題への対応

電子記録債権は、債権を記録機関に電子的に登録することで、閲覧権限等が適切に設定され、いつでもどこでも内容を確認することができ、債権の見える化という効果が期待できる。つまり、経済活動のモニタリングが可能になるのである。

海外進出を遂げた中小企業の課題である財務、経理面でのガバナンスの課題は、日本から電子記録債権を通じて債権、債務の状況を確認することができれば、不正に対する一定の抑止策になるであろう。

また、中小金融機関においては、顧客企業の関連会社の資金の動きを把握することが可能となり、それらの情報を活用した新たな融資やビジネスマッチング等のさらなるサービス提供につなげることも期待できる。海外での資金移動について日本国内から関与することができるのであれば、これまで防戦一方であった中小金融機関の海外での日系企業支援に変化をもたらすことができるかもしれない。

電子記録債権のさらなる可能性

そもそも電子記録債権は、手形や売掛債権を電子的に取り扱うことを可能にすることにより、事業者の資金調達をより円滑化することを目的の一つとしている。特に資金繰りがタイトな中小企業にとっては、資金調達手段の多様化にもつながり、非常に有意義な制度であると言えよう。

海外の諸制度のなかにも電子記録債権と同様の制度が見られるが、任意の金額への分割や任意の相手方への譲渡を柔軟に行えるのは、日本独自の制度である。優れた日本の技術を活用した決済システムを構築することで、海外の国々において、日系企業と現地企業の双方に対し、日本と同様に資金調達手段の多様化を始めとするビジネス環境の改善やIT化によるコスト削減といった効果をもたらすことができ、導入国における経済成長への貢献が期待できる。

日本の制度の海外輸出がもたらす恩恵

前述の通り、日本企業の海外進出は、もはや大企業だけの話ではなく、中小企業を含む多様な階層の企業が関係している。ただし、海外進出はそれほど容易に実現できるものではない。つまり、大企業であればそれなりの対応力や投資力があり、各国別の商慣習や決済制度への対応、さらにはグローバルでの資金の一元管理の実現も可能であろう。しかしながら、中小企業にはそのような体力を求めることは難しい。

中小企業にとって日本と親和性の高い制度、仕組みのなかで活動できることは、余分な対応、投資を必要としないことにつながり、効率的な海外展開を実現できることになる。その結果、コア業務に投資を行えるのであれば、企業競争力が増し、ひいては日本の競争力の強化にもつながる。

新興国における裾野産業育成の必要性

タイやインドネシアを除く多くのASEAN諸国は、裾野産業の育成が十分ではない。その結果、日本を含む外資系企業は部品を日本やタイなど海外から調達し、国内で組み立て、海外へ輸出する「輸出加工型」の産業形態となっている。例えばベトナムのように人件費が高騰を始めると、さらに人件費の安い国を目指し外資系企業が移転を始めてしまうことになり、その国の産業が成り立たなくなる脆弱性を秘めている。それには新興国の産業形態をこれまでの輸出加工型から脱却させるための裾野産業の育成が必要になってくる。前述の通り、電子記録債権は中小企業振興を目的として創設されたものであり、こうした新興国の悩みを解決するための一つの方策ともなり得ると考えている。

始まったばかりのシステムインフラの海外展開

これまでインフラ輸出と言えば、発電所や道路等の公共工事等のハードインフラの輸出がほとんどであったが、最近変化が訪れつつある。例えば、2010年にはインドネシアに対し国土空間データ共有システムの導入が日本のODA案件として決定された。2011年7月には、ベトナム政府と日本国財務省との間でNACCS(※1)の導入が合意された。また、ミャンマー中央銀行と東京証券取引所、大和総研との証券取引所設立支援に対する合意も記憶に新しい。

これまでシステムの海外展開と言えば、特にアジア地域における証券取引所システムや行政システムの分野に関する韓国の進出が目覚ましかったが、日本もようやくシステムをインフラの一部として捉え、積極的な海外展開を目指し始めているように見える。システムは、ネットワーク化を進めることでその価値を増幅することができる。そのため、単に当初の導入を果たせば終わるわけではなく、システムを起点に多くの展開を期待することができる。それゆえ、当初の導入時に日本が関係することは、その後の日本企業のビジネス機会を大きく広げることにつながる。また昨今、制度とシステムはもはや不可分の状況にあり、日本と同様の制度、仕組みが海外に展開されることは、システムベンダーだけではなく、多くの日本企業にとっても競争力強化につながるのである。

今後も日本の政策として積極的なシステムインフラ輸出が継続されることを期待したい。

※1 輸出入・港湾関連情報処理システム。輸出入・港湾関連手続きを一括して処理するIT化されたシステムをいう。
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