現在ご覧のページは当社の旧webサイトになります。トップページはこちら

活発化するまちづくり競争

パートナー 村岡 元司
『情報未来』No.38より

 

各国でまちづくり競争が激化している。世界第二の経済大国になった中国、豊かなオイルマネーを有するUAE(アラブ首長国連邦)では、ゼロから人口数万人~数十万人のまちをつくり出すプロジェクトが動いている。また、インドやインドネシアでは、それぞれの国の状況に応じて既存のまちや工業団地のスマート化が進もうとしている。まちづくり(スマートシティの整備運営)は、インフラ輸出の究極の姿の一つである。本稿では、新興国を中心にその動向と特徴を紹介する。

中国の巨大なポテンシャル

日経BPクリーンテック研究所の推計によると、中国におけるスマートシティ化プロジェクトの総数は2011年で500近くにものぼるという。世界全体のプロジェクト数が1000近くであることから、数の上では中国がその半分を占めていることになる。具体例を見てみよう。

例えば、天津エコシティ。同プロジェクトは、塩田の跡地等の約30の土地に人口約35万人にも上る新しい環境配慮型のまちを整備する巨大なまちづくりである。中国政府が省エネ・省資源を特徴とするまちづくりの場所として選定した13カ所のうちの一つで、住宅、産業、商業、公共施設等から構成されている。同プロジェクトへの主な参加者は、天津市政府、シンガポール政府、Keppel(シンガポール)、天津TEDA投資有限公司、中新天津生態城投資開発有限公司等であり、中国政府とシンガポール政府が連携した二国間プロジェクトであるといえる。マンションやオフィスビルなどすべての建築物について省エネルギー基準に基づいた建設を義務づけるとともに、電気自動車や路面電車などのグリーン交通の比率を90%、電力の20%を太陽光や風力発電など再生可能エネルギーで賄うなど、省エネ・環境保全型のモデル都市の構築を目指している。

すでにプロジェクトはスタートしており、住宅販売についてはそれなりの成果が上がっている一方、工場等の誘致の面では苦戦しているという噂もある。ゼロから新しいまちづくりを進めるプロジェクトの場合、不動産開発的な要素が入り込むことは避けがたく、住居や工場等がどれだけ順調に販売されたかが事業の成否を分けることになる。

中国では、こうしたゼロに近い状態から新しいまちづくりを推進するタイプのプロジェクトと既存のまちの存在を前提にそのスマート化を図っていくタイプのプロジェクトが混在している。いずれの場合にもマスタープラン等の計画策定が先に実施され、同計画に基づいて事業が実行されるケースが多い。中国の場合、このマスタープランづくりは地元企業が担い手となることが多く(※1)、わが国企業が早期の計画段階から参入し、本格的な事業において果実を得る戦略の実現は容易ではない。ただし、マスタープランが策定された後でももちろんチャンスはあり、天津エコシティの場合、当初は目立たなかった日本企業が、次世代電力網や電気自動車の充電システム、住宅開発等に参入する例も見られる。もちろん、計画段階等の早期段階からの参入が大きなビジネスチャンスにつながる可能性は大きいのは事実であるが、巨大なプロジェクトであることから、その後の段階であってもチャンスはある。むしろ大切なことは、どのようなビジネスでどのように活動していくか、自社の戦略を明確にすることであると言えよう。

※1 天津エコシティについては、マスタープランの作成段階からシンガポール政府やシンガポール企業が関与しているとされる。

オイルマネーを生かした環境配慮型まちづくり UAE

図表1:発電量の経年変化
出所:Zpryme社の調査資料を元にNTTデータ経営研究所にて作成

UAEでは、世界のスマートなまちづくりの先鞭をつけたマスダールシティ(Masdar City)プロジェクトが推進されている。UAEは石油・天然ガス資源に恵まれた国であり、国内の発電所は大半が天然ガス発電で賄われている。今後、エネルギー需要は右肩上がりに増大することが予想されており、2010年以降は10年間で2倍を超えるスピードで需要が伸びるという予測も存在する(図表1)。このため、火力発電に加え、原子力発電の導入が計画され、韓国企業が受注に至ったことは周知のとおりである。

石油や天然ガス資源に恵まれた国が原子力発電を導入することからも推測されるとおり、UAEは石油ガス資源が枯渇した後にも国の発展を維持させるため、さまざまな取り組みを行っている。そうした取り組みの柱の一つがマスダールシティ・プロジェクトである。太陽熱発電、次世代パーソナルモビリティ、海水淡水化等の先端環境エネルギー技術の導入や研究開発を推進し、CO2排出量ゼロ、廃棄物ゼロの環境未来都市をつくることを目指している。無税・無関税の経済特区や研究所(マスダール科学技術研究所)の設立により、世界中の企業や研究者を集め、環境関連の人・モノ・金・情報が集積する拠点と化し、マスダールシティが資源枯渇後にも持続的に発展していくことを構想した遠大なプロジェクトである。完成後には、面積約6.5㎢に4.5万~5万人程度が居住する研究開発型都市ができあがることとされている。リーマンショック等の影響も受け、計画は変更されているが、現在までのところ、プロジェクト推進の動きは止まっていない。

同まちづくりのマスタープランはイギリスのFoster+Partnersが作成し、構想当初は日本企業の影が薄かった。ただ、電気自動車や太陽熱発電システム等に関連してプロジェクトに参画する日本企業も増えつつある。もともと、UAEでは海水淡水化プラントの整備運営と発電プラントの整備運営を組み合わせた発電・淡水化事業も活発であり、日本の商社等が同事業の推進母体に出資している例も多い。得意分野を新しいまちづくりという全体構想の中に戦略的に位置付け、海外企業も含めた関係性の中で自社のビジネスを育てていくエコシステムを構想する力が日本企業に求められている。

地元ニーズを踏まえた現実的なスマート化 インド・インドネシア

中国、UAEにおけるスマートシティ・プロジェクトの資金面での特徴は、民間主導というよりは、経済力を生かし、公的資金を思い切って投入する点にある。一方、わが国では、公的資金を利用した実証事業等とともに、民間企業が自らリスクをとって例えば工場跡地をスマートシティに再開発する事例も目立ってきた。官主導ではなく民主導でプロジェクトを成功裏に進めることができれば、蓄積されたノウハウは海外展開にも大いに役立つことが期待される。その意味で、民主導で進める国内プロジェクトであっても、ガラパゴス化することなく、海外展開を視野に入れたビジネスモデルの構築や国際標準の採用や国際標準化に向けた働きかけなど、グローバルな視点が欠かせない。

では、BRICs諸国に続く国として注目されているインドやインドネシアのスマート化の現状はどのようになっているか。簡単に見てみよう。

中国、UAEと比較して、インドやインドネシアは公的投資余力が必ずしも十分ではない。従って、インフラ整備に必要な費用についても海外からの投資を組み込んだPPP型に対する期待が高い。もともとわが国が推進している “パッケージ型インフラ輸出 ”の中にはファイナンスが組み込まれており、これらの国のニーズを十分に踏まえているといえる。また、インドやインドネシアでは、ゼロから新しいまちづくりを推進していく前に、そもそも電力インフラ(発電および送配電)の整備強化や交通網の整備等に対するニーズが高い。同様に、インドやインドネシアですでに整備が終わり、企業の生産活動が行われている工業団地では、必ずしも十分ではない電力供給を踏まえ、次のようなニーズが高くなっている。

① インドの工業団地内工場における電力価格の低減

もともとインドでは産業用電力費用を住民用に比較して高く設定している。それにもかかわらず停電頻度も高いなど系統から供給される電力には課題が多い。このため、工業団地の中に位置する工場では自家発電設備を設置しているケースが多く、自家発設置割合が60%を超えるという報告もある。一方で、自家発電設備による発電単価は、系統電力から供給される電力単価に比較して高止まりする傾向が強く、そのコスト抑制が大きな課題となっている。

② インドネシアの工業団地内工場におけるエネルギーコストの低減と低炭素化

インドネシアの工業団地では、天然ガスや石炭、あるいは油を燃料とするボイラーを設置し、製造プロセスで利用する蒸気を確保している工場が少なくない。個別工場がボイラーを設置していることから、一つ一つのボイラーは規模も小さく、貴重な化石燃料から単に蒸気を取り出しているだけでエネルギー利用効率も高くない。結果として、ボイラーやその燃料保管のためのスペースを工場内に確保しなくてはならず、手間とコストをかけて蒸気をつくりだし工場運営を続けている。昨今の低炭素化の流れのなか、エネルギーの総合利用効率を高めCO2排出量を削減するとともに、エネルギーコストを削減するニーズが高まっている。

以上のようなニーズを踏まえ、インドにおいては個別工場に設置された自家発電設備をネットワーク化し、ある工場で必要な電力が小さくなった場合には当該工場の発電設備を停止して、別工場の稼働率の低い自家発電機の稼働率を上げて電力供給を行う自家発電設備のネットワーク型運営方法が検討されている。また、インドネシアにおいては、個別工場のボイラーを閉鎖して、集中型の比較的規模の大きいコジェネレーションプラントを設置し、必要な蒸気は従来と同様に供給するとともに発電まで行う熱電併給事業が検討されている。いずれも現地のニーズを踏まえネットワーク型のエネルギー供給方法を採用することで課題解決を図ろうとしている。わが国の技術やシステムをそのまま輸出するのではなく、現地のニーズにあわせた形で関係者にメリットをもたらすビジネスモデルを検討すること。インフラ輸出に当たっても徹底的なニーズ指向が欠かせない。

Page Top