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「静脈メジャー」の海外展開、「まずは中国から」

シニアマネージャー 林 孝昌
シニアスペシャリスト 王 長君
『情報未来』No.38より

「静脈産業」と「静脈メジャー」

「静脈産業」とは、国内外の経済システムを人体に見立て、その血流である物質循環を「動脈」と「静脈」に区分することで定義される。すなわち、一般の製造業を「動脈」に位置付けることで、製品等の利用後に発生する廃棄物や使用済み製品等から抽出する資源(以下、「循環資源」という)を動脈に還元する廃棄物処理・リサイクルビジネスを「静脈産業」と呼ぶ。世界人口の増大や新興国経済の台頭を背景に、中長期的な資源価格高騰は不可避であり、今後天然資源の代替燃原料となる循環資源の利活用が世界的に拡大することは確実であるため、静脈産業の役割はますます重要になる。

わが国では、1990年代後半から進められたリサイクル関連制度の整備と並行して、国策として静脈産業育成が積極的に進められてきた。その間に大手素材メーカーやセットメーカー等が参入してきたことで、廃棄物処理・リサイクルに係る技術的水準は先進国でもトップクラスに至っている。ただし、少子高齢化に伴う人口減少や環境意識の高まり等を受けて、循環資源の発生量には明らかな減少傾向が見られており、国内マーケットのみを対象にした成長は限界を迎えつつある。

こうした中、環境省は「日系静脈産業メジャーの育成・海外展開促進事業」を本格化しており、平成23年度には7件、平成24年度からは14件の実現可能性調査(以下、「FS調査」という)を推進している。「静脈メジャー事業」とは、わが国の先進的な廃棄物処理・リサイクル技術を制度とパッケージにして海外展開し、アジアの環境保全等を促進するとともに、わが国静脈産業の発展を後押しするための「環境保全とインフラ輸出の統合戦略」である。FS調査の対象国は中国、タイ、ベトナム等製造業でもなじみ深い地域から、インド、トルコ、ミャンマー等今後の投資拡大が見込まれる地域にまで及んでいる。また、対象事業も「ごみ発電・ガス化事業」「RPF等燃料化事業」「携帯電話や廃電子基板類のリサイクル事業」等多岐にわたっており、まさにオールジャパンでの海外展開に着手した、という印象がある。わが国の静脈産業にとってこうした政策は、成長するアジア市場の取り込みを実現する上での追い風であり、今こそ静脈産業の海外展開モデルを具現化して、その実績を積み上げるべき時である。

中国天津市における廃プラスチックのマテリアルリサイクル事業

図表1:海外展開モデル構築の狙い
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

NTTデータ経営研究所は、前述の環境省事業の一環として、「中国天津市における廃プラスチックのマテリアルリサイクル事業」(以下、「本事業」という)に取り組んでいる。当社の役割は事業推進母体である官民コンソーシアムの事務局であり、北九州市や山九株式会社、株式会社エコマテリアル等と共に、中国最大規模のリサイクルインフラである「天津子牙循環経済産業区」(以下、「産業区」という)での情報収集や関係者調整を通じて事業化可能性の検証を行っている。(図表1)

本事業の狙いは、個別事業の事業化支援に加え、北九州市と天津市の都市間協力の枠組みを活用して幅広い民間企業の参画を促すことで、個社単独での中国進出が困難な中小のリサイクルビジネス等も参画可能な「仕組み」を構築することにある。受入先となる天津市側にとっても、官主導の急速なインフラ整備に追い付いていないリサイクル企業等誘致促進というメリットをもたらすことは言うまでもない。

本事業のコンソーシアムメンバーである北九州市は、平成19年度に経済産業省および中国国家発展改革委員会等の主催により開催された日中省エネルギー・環境総合フォーラムでの協力合意をきっかけに、市内静脈産業等の海外展開を視野に入れた「循環型都市協力事業」を推進してきた。天津市はその対象3都市の1つであり、既に北九州市は「産業区全体のマスタープラン策定」の支援を行うなどの実績を残してきている。その実績をベースに、より具体的な事業案件の成立を後押しする活動も推進しており、本年3月には日中国交正常化40周年事業として「北九州市・天津市の協力による循環経済促進フォーラム」を天津市で開催するなど、両都市の官民関係者プラットフォームも整備されつつある。

図表2:中国天津市における廃プラスチックのマテリアルリサイクル事業
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

本事業のテーマである日中合弁企業による「廃プラスチックリサイクル事業」実現の成否は、両都市関係者の信頼関係強化と事業採算性確保が見通せるビジネスモデルの具体化にかかっており、コンソーシアムの事務局を務める当社は、そのために最大限の知恵と労力を投入していく所存である。以上が、当社としての静脈メジャーの海外展開への取り組みの現状だが、本稿では「そもそもなぜ当社は中国天津市にこだわるのか」について、あらためて振り返ってみたい。(図表2)

なぜ「中国天津市」なのか?

当社と天津市のお付き合いは、「国際資源循環のトレーサビリティ管理」をテーマに経済産業省委託調査事業として実施した平成18年度のモデル事業に遡る。当時の産業区は大規模な計画を示すミニチュア模型と見渡す限りの敷地のみであり、高速道路等による天津市等からの交通アクセス整備さえ不十分であった。しかしながら、天津市関係者の熱意のみならず、中国や天津市が置かれた社会経済的な諸条件を見極めた上で今後有望な提携先であるとの判断を行い、平成22年7月に現地政府機関と覚書を締結し、日系リサイクル企業による中国進出を支援する活動を正式に開始した。では当社が「今後有望」と判断するに至った社会経済的な諸条件とは何か。

まずは中国がグローバル分業における「世界の工場」の立場を確立していることにある。静脈産業にとっての製品である循環資源の利用先は、最終的に製造業の工場となる。改革開放後の中国は、戦略的なFDI(Foreign Direct Investment:外国からの直接投資)受け入れにより、世界中の製造業の国内立地を促進し、単純組み立てのみならず、素材の加工やコンパウンド等に求められる高度な製造基盤までを保有するに至った。今や先進国等で発生する古紙類や廃プラスチック、鉄・非鉄金属屑等の循環資源は、ブラックホールのように中国市場に吸収され、原材料として利用されている。製造業への税制優遇や支援措置導入等を通じたFDI受け入れは、新興国が安価な労働力を武器に税収と雇用拡大を図るための常套手段であり、他国の政府も積極的にその導入に努めている。ただし、1990年代後半から中国が急速に蓄積した製造基盤を追い越す国が今後生まれることは考えにくい。確かに周辺アジア諸国等の台頭や成長に伴い、その位置付けは相対化されていく。それでも中国が今後おそらく数十年間にわたって、グローバル経済における「世界の工場」=「世界中の循環資源の利用先」の位置付けを堅持することに間違いはない。

次になぜ天津市か、である。天津市は中国政府の直轄市ではあるが、一般的な経済発展の段階や製造業の立地集積という観点から見れば、上海市や広州市等南部の諸都市に遠く及ばない。しかしながら、市場原理が成長と効率化を約束してくれる動脈産業とは異なり、静脈産業を含む環境分野の取り組みにおいては、市場原理に抗ってでも制度的コントロールが必要となる場合がある。公害対策、気候変動対策、さらには労働安全環境の改善等、経済発展に伴う静脈産業の高度化に必要な改善策は、市場原理にどっぷりと浸かったことで制御が困難な南部の諸都市よりも、地方政府の水準が高くかつ民間事業者にも一定以上の影響力を保持している天津市の方が導入しやすいという側面がある。その優位性が昇華した都市インフラが、環境配慮都市として目覚ましい発展を続ける天津エコシティであり、リサイクル分野における産業区なのである。

「インフラ輸出戦略」実現に向けて

発電、鉄道、水道等幅広い分野で推進されている「インフラ輸出戦略」は、わが国成長戦略の「柱」であり、新興国の成長に伴う需要を取り込む上でその実現は不可欠である。その対象はアジア諸国が中心となるが、昨今は中国諸都市でのFS事業等が減少傾向にあるとの印象を受ける。無論、人口が多く、鉱物資源等が豊富で、親日的な感情があるインドネシアやミャンマー等、各国での事業実現に向けた足掛かりを早急に付けることは極めて重要な課題である。ただし、他国の選定にあたり、仮に「中国にはチャイナリスクがあり、これまで事業が成就しなかったから」との判断が対象国選定のベースにあるなら、誤った道を選ぶ可能性が高い。

国内から中国への工場移転等を伴うわが国製造業拠点の再編は2000年代前半にほぼ完了した。その間、製造業の生産性は飛躍的に高まったが、政治的・社会的チャイナリスクを察知したグローバル企業が、「チャイナ+1」という視点で拠点化が進んだのがタイであり、ベトナムである。一方で、「インフラ輸出戦略」は各国の需要、すなわち「市場」を取り込むためのアプローチであり、対象国の選定基準は市場としての魅力にある。中国が「世界の工場から市場へ」との変貌を遂げていることは周知の事実であり、世界人口の1/4を占める市場を取り込む競争はこれから本格化する。また、チャイナリスクが言い訳になるはずもなく、インドネシアにはインドネシアの、ミャンマーにはミャンマーのリスクが必ずある。対象国選定にあたっては、あくまで当該国の市場としての魅力の見極めこそが重要であり、「逃げ」の戦略が成功する可能性は低い。

小泉政権下の日本政府は、明らかに親米的な政策を採りつつも、民間ベースでの中国との関係強化には積極的な後押しを行っていた。平成21年の政権交代後、「独自外交」の名の下に沖縄基地問題や尖閣諸島、レアアース等の問題が顕在化して、米国のみならず中国との間での信頼関係も失墜の一途を辿っている。善し悪しを離れて、今後わが国がグローバル経済の中で生き抜くためには、この両大国のはざまで経済力と技術力を武器に存在感を示すほかに道はない。インフラ輸出戦略のターゲットが新興国である以上、中国への積極的な事業展開を避けて通ることはできない。だからこそ、「まずは中国から」なのである。

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