現在ご覧のページは当社の旧webサイトになります。トップページはこちら

中国における銀行経営を取り巻く環境と流程銀行建設の取り組み

シニアマネージャー 大河原 久和
『情報未来』No.38より

 

中国の経済成長に変化の兆しが見え始めている。ギリシア危機に端を発して欧州経済の不安定さが増すなか、欧州の最大の貿易相手国である中国にも大きな影響を与えている。中国の2012年の実質GDP成長率は、11年ぶりに8%台への低下が見込まれる一方、年賃金上昇率は10%を超える水準である等、中国経済は、従来の対外貿易と安い労働賃金に支えられた高度成長とは異なる「安定成長」のステージに入りつつある。

このようななか、本稿では、経済成長の転換点に立つ中国において、GDPのけん引役であった銀行の経営トレンドに焦点を当てる。金融政策や社会・経済動向等の銀行経営を取り巻く外部環境を確認した上で、銀行経営の中核をなすサービスの拡充、効率化、ガバナンス強化を狙いとした「流程銀行建設の取り組み(※1)」を紹介する。そして、このテーマにおける日本の経験と知見を生かした今後のビジネス機会の可能性について検討したい。

※1 流程銀行の建設とは、部門別職級階層別に構築された銀行の流程(事務フロー)を、顧客中心の理念に基づき全体最適な視点で再構築する取り組みのことである。

成長モデルの転換へ~「内需拡大」と「構造調整」からなる経済発展モデルの転換

2011年3月の全国人民代表大会(日本の国会に相当)の終了後、新5ヵ年計画、いわゆる「第12次5ヵ年計画」が公表された。第12次5ヵ年計画とは2011年~2015年の5年間の国家ビジョンのことで、これを元に銀行業界に対する将来の国家施策を想定することが可能である。(中国人の行動指針は「上に政策あり、下に対策あり」と言われる。政策をつぶさに分析することによって、対策を備えることが生き残る道との教えである)

第12次5ヵ年計画の内容を見てみると安定的かつやや速い経済成長を目指し、特に個人所得のGDPと同率での成長、個人消費のGDPシェア向上、新興産業を推し進める等、「内需型の成長」を目指す表現が並ぶと同時に、改革開放の深化として金融業種等の重要改革が挙げられている。つまり、内需拡大へのシフトを鮮明にすることで、金融業種等についても、改革開放以来の高度成長期に形成された規制やビジネスモデルのあり方の変革を目指すものと認識できる。

以降では、現在の中国銀行業界を概観した上で、中国の銀行経営の変化の方向性について検討を加えてみたい。

消費者・中小企業向けサービスの拡充と課題

改革開放以降、中国の銀行業は国内の経済発展を支える国有企業向け金融の役割を担ってきたが、2002年のWTO加盟を契機に、各行は金融市場の開放がもたらす大企業の銀行離れに備え、個人(消費者)向け金融ビジネスの積極姿勢を打ち出している。

中国では、個人消費は依然として10%台の高成長率を維持しており、これを金融サービスのサポート(具体的には小口ローン等)を通じて持続させること、そして、預金金利がインフレ率にほど近い水準にあることから、預金を補完する投資商品を拡充させること等の政策的要求があり、銀行業は消費者ニーズに対応した金融商品・サービスの拡充を図ることを求められている状況である。

一方、企業向け金融に目を転じると国有企業の成長が進展し、民間企業が後退するという「国進民退」とも呼ばれる状況にある。中小企業の経済活動をベースに内需拡大を進めたい中央政府としては、「中小企業の『質』を高めるために多様な中小企業向け金融サービスの提供に努力する(出典:中国銀行業監督管理委員会(※2)、以下銀監会)」と述べており、「新型金融機関」と呼ばれる地域部を中心に中小企業向けにサービスを提供する金融機関の設立と育成施策が進められている。

また、中小企業の経営状況としては、慢性的な運転資金不足に陥っていると言われている。大企業向け融資が中心であり、中小企業向け融資の経験に乏しい銀行は、与信判断に慎重にならざるを得ないことや、小口融資先に対する営業リソースの不足によって、結果として全国で4200万社ある中小企業に資金が行き渡っていないことを示唆するものである。政策的には「十二五(第12次5ヵ年計画)中小企業成長企画」として中小企業への融資チャネルの開拓に税制面での優遇を図る等して、銀行と中小企業との資金需給ミスマッチの解消に取り組んでいるが、本質的には各銀行が融資を含めた中小企業向けサービスの拡充をいかに図っていくかが課題となっている。

このように現在の銀行経営のかじ取りは、国有企業を中心とした大企業向けのボリューム確保の戦略から、消費者および中小企業という「新しい顧客」に向けた金融サービスをいかに迅速に提供して顧客基盤拡大の機会を取り込むか、また職員の賃金が一貫して上昇傾向にあるなか(※3)、従来のような人海戦術に代わる「効率化」のための手段としてITを活用した事務改善について検討が進むと考えられる。

※2 中国銀行業監督管理委員会(略称銀監会)は、銀行・金融機関の管理監督、設立や業務範囲の変更、ライセンスに関する事項を所管する監督官庁である。
※3 例えば、北京市人的資源・社会保障局は2011年6月29日、2011年の賃金ガイドラインを発表し、賃金上昇率は、基準を10.5%、上限を15.5%、下限を5%と定めた (JETRO-通商弘報)。各ガイドラインに強制力はないものの、賃上げの目安とされている。

銀行に対するガバナンス強化要請 個店・属人ベースの業務運営による課題

次に中国の銀行経営における内部の課題を見てみたい。これまでの中国の銀行における事務オペレーションの特徴としては、「個店完結」「属人完結」が挙げられる。これは分散的な銀行運営モデルであることが一因だが、今後金融サービスの拡充と同時に、この個店完結・属人完結から、全行統一的なガバナンスの元で業務を執行する体制構築の必要性が強く認識されている。

当社が行った現地企業へのインタビューによれば、銀行は矢継ぎ早にサービス拡充を進めるなかで、職員の事務遂行能力・スキルが追いつかず、事務オペレーションのミス(リスク)が多発したり、そもそも支店ごとに提供できる商品・サービスに差異があり機会損失が発生している等、個店完結・属人完結の弊害が生じていると言う。結果として、顧客サイドの見方としても、「銀行サービスについては支店ごとにばらつきがあり、統一された支店サービスが提供されるように求めたい」との声が見受けられた。

当局としても、銀監会の劉主席が「中資銀行の事務フローは、リスク回避の観点で制限が多い」と述べており、新グローバルスタンダード(BISⅢ、CSOX等)対応も念頭に、事務オペレーションを中心とした全行統一的なガバナンスを強化する取り組みが検討されるものと推察される。

流程銀行建設の取り組み 事務集中化と事務集中システムの導入

「サービスの拡充」「効率化」「ガバナンス強化」については、銀行経営における普遍的な課題であるものの、ここまでは中国ならではの問題意識の背景を概観してきた。近年各行が、これらの課題を克服するための政策要請案件として積極的に取り組んでいるテーマがある。それが「流程銀行建設」である。

図表1:流程銀行建設の概要
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

流程銀行建設とは、「部門別職級階層別に構築された銀行の流程(事務フロー)を、顧客中心の理念に基づき全体最適な視点で再構築すること」を意味する(図表1)。銀監会作成の《商業銀行金融創新ガイド》には、「銀行は、内部組織と事務フロー、店頭での営業サービス、ミドルでのリスク管理、バックオフィスで行う事務センター構築、本部と支店間での業務モニタリング、管理階層の削減を行うべきである。つまり、『部門銀行』から金融創新となる『流程銀行』を建設すべきであり、これはフロント・ミドル・バックの分離と効果的なリソースアロケーションの実施を意味する」として、銀行に対して部門別管理を改革して流程銀行を建設することを要請している。

特に流程銀行建設で着目されるのが、「事務の集中化」である。前述の通り、中国では個店完結・属人完結で事務オペレーションを行っている銀行が大勢を占めているが、取引量と種類の増加、複雑さが高まるにつれ、この方式の限界が露呈し始めている。流程銀行建設の具体的な取り組みとして、BPR(Business Process Reengineering)を行って事務プロセスの簡素化を図った上で、ITを活用して事務をフロントとバックに分割する、すなわち「事務集中化と事務集中システムの導入」を通じたフロントからの事務の分離が進められている。すなわち事務集中化を通じて、フロント職員に対する事務負担を軽減し営業リソースを拡大するとともに、事務集中部門での規模の経済による事務効率化、さらに役席検印等の授権を集中化することを通じてガバナンス強化を実現しようとしているのである。

流程銀行の建設は、中国工商銀行や中国建設銀行といったメガバンク、招商銀行や興業銀行といった株式制商業銀行等の大型銀行で盛んに取り組みが実施されている。中国では大型銀行が常に中小銀行のお手本となっていることから、今後中小銀行においても多くの銀行がこれに追随し、事務集中化および事務集中システムの導入が進むと推察される。

日系IT企業のビジネス機会~事務フローとシステムをセットで輸出できるかがポイント

最後に、「流程銀行建設」の取り組みのなかで、事務集中化を進めている中国の銀行に対するビジネス機会を検討してみたい。

事務集中化の成功要素は、対象事務の絞り込みと絞り込んだ事務プロセスについて集中化後のTo-beを描き、実現可能性や効果を見極めながら事務プロセスを再構築(BPR)することと、この結果をいかにシステムに落とし込むかにある。既に当該領域で一定のプレゼンスを有するあるグローバルITベンダーは、米銀への導入実績に基づき、流程銀行建設を支援するコンサルティングとしてBPRを支援した上で、システムの導入・運用までの一連の成功要素をフルセットで提供している。

ここで留意すべきは、コンサルティングはゼロベースで行うものではないという点である。筆者は流程銀行建設に関するコンサルティングを中国現地で行っているが、この活動において現地関係者から強く求められることは「既に日本で行われている集中事務の『事務フロー』を『システム』とセットで紹介して欲しい」ということである。この意味するところを筆者は、日系企業に対するニーズが単にシステムを導入するだけでなく、システムの導入に合わせて既に実績のある日本の銀行の事務フローを輸入して、短期間で新しい事務のスキルや能力を取り込むことにあると考えている。

日本の銀行は70年代から事務集中化を進めており、日本には長年にわたって蓄積したノウハウと知見がある。今後日本から、これをベースに中国の銀行に対して事務集中化の「事務フロー」と「システム」をセットで輸出することが、中国での銀行ビジネスにおける新たな展開の可能性につながるものと考える。

Page Top