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グローバル人事を考える 第3回

事例に学ぶグローバル人事施策
-ヘッドクォーター人事として主導すべき施策は何か-

シニアコンサルタント 金井 恭太郎
【第1回】 欧米企業の事例に学ぶグローバル人事
【第2回】 中国人材市場の現状 人材紹介の最前線から
【第3回】 ヘッドクォーター人事として主導すべき施策は何か

1.はじめに

経済のグローバル化に伴い、多くの企業の収益の柱は国内市場からグローバル市場に移りつつある。日本企業にとって、従来は低コストの生産拠点としての海外進出が多くを占めたが、近年は魅力的な市場へ進出するための販売拠点、ローカルに合わせた製品開発のための開発拠点としての海外進出が増えている。それに伴い、グローバル人事に対する期待は複雑になっており、ビジネスに応じた画一的ではない施策展開が必要とされている。

本レポートでは、本社がローカル拠点に対して行うべき人事上の関与について、グローバル企業15社に対する調査・インタビューに基づいて考察する。

2.事業の特徴に応じた人事施策のフォーカスの整理

図表1:
事業の特徴に応じた人事マネジメントモデル
出所:NTT データ経営研究所にて作成

本調査では、事業の特徴に応じて最適な人事マネジメントモデルを体系化し、それに基づいて本社がローカルに関与すべき人事施策を整理するというアプローチを取った。

事業の特徴は2つの軸で4つのマトリクスで整理した。2つの軸は「ローカルに展開するバリューチェーンの範囲(VC軸)」と「競争優位の本社への集中度合い(競争優位軸)」である。VC軸は、主に海外拠点が本社と連携して担う機能の複雑性に影響する。競争優位軸は、主に本社からの影響力行使の度合いに影響する。



図表2:人事マネジメントモデルの説明
モデル 特徴 代表的な企業
モデル[1]
分散統合型
・各ローカル単位で競争優位を構築
・本社から自律的に事業を展開
・各ローカルのナレッジやイノベーションを世界で共有・活用することにメリットがある製品特性
・地域密着製品とグローバル標準製品の両方を持つ消費財メーカー、コンサル会社、等
モデル[2]
権限委譲型
・競争優位の源泉は本社に存在
・ローカルごとに特性に応じたカスタマイズを実施
・各ローカルで生まれたナレッジは、本社のコアコンピタンス強化のために還元
・地域により仕様が異なる機器メーカー、等
モデル[3]
自律連携型
・製品市場が全く異なる複数事業を有するグループ
・日々の連携はほとんど行わない
・ゆるやかなグループブランドによるガバナンスは必要
・M&Aで事業ポートフォリオを拡大した企業、等
モデル[4]
本社集中型
・競争優位の源泉は本社に集中
・各ローカルに本社の方法論を移転
・ローカル拠点の能力構築は本社からの方法論移転のしやすさの観点を重視
・産業財メーカー、1980年代の日系自動車メーカー、世界標準製品を有する企業、等
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

環境変化に応じて事業の特徴は変化する。それに応じて、人事マネジメントのモデルも変化する。例えば、過去の日本の製造業の海外進出は本社集中型のモデルが多かった。しかし、近年は権限委譲型に移行しているケースが目立つ。各地域の市場としての重要性と複雑性が増し、その特性に応じたカスタマイズがより必要になってきた影響である。また、過去に権限委譲型であった企業が、自社の競争優位が薄れていく過程で分散統合型に移行しつつある例もある。

また、世界的に有名なグローバル企業がより複雑性の高い分散統合型、権限委譲型のモデルを構築するかと言えば必ずしもそうではない。強力な世界標準を有し本社集中型のモデルで高収益を上げている例もある。事業の特徴に応じて、適切なモデルは異なることが見て取れる。

次に人事マネジメントのモデルごとに、グローバル人事に対する期待、本社が重点的に関与する人事施策の傾向について整理した。

図表3:人事マネジメントモデルに応じた人事施策のフォーカス
人事マネジメントのモデル グローバル人事に対する主な期待 本社が関与する範囲 本社が重点的に関与する人事施策
モデル[1]
分散統合型
・グローバルグループとしての一体感の醸成
・グローバル単位での柔軟な配置
幅広い社員(少なくとも管理職以上全体) ・経営者の評価・報酬制度
・経営人材の選抜・育成
・経営方針、共有価値浸透
・業務関連スキルの共通化
・共通の人事制度・ITシステム
モデル[2]
権限委譲型
・ローカルの経営者に対する権限委譲
・ローカルのナレッジを本社に逆輸入可能な組織体制
経営者
経営者候補
・経営者の評価・報酬制度
・経営人材の選抜・育成
・経営方針、共有価値浸透
・各社の人事制度を連結させる仕組み
モデル[3]
自律連携型
・優秀な経営者の採用・リテンション
・グループ会社としての統一感の維持
経営者 ・経営者の評価・報酬制度
モデル[4]
本社集中型
・本社とローカルスタッフのコミュニケーションの向上 ビジネスライン ・共有価値浸透
・業務関連スキルの付与
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

分散統合型、権限委譲型、本社集中型、自律分散型の順に本社の関与が必要な範囲は小さくなる。すべてのモデルにおいて、人事制度や人事ITシステムをフルに統合する必要はない。ビジネスの変化に柔軟に対応することを考えると、人事制度の骨格である等級制度はどのモデルにおいても共通化するに越したことはないが、優先順位を判断しコスト見合いで実施すれば良いであろう。必要なコストは海外進出の方法や自社が持つ人事プラットフォームによって異なる。一概には言えないが、多くの日本企業は、欧米企業と比較すると自社が持つ人事プラットフォームがグローバル展開に適さず、高コストになる場合が多い。

3.施策の紹介 経営人材の育成

図表4:
タレントマネジメントサイクル
出所:NTT データ経営研究所にて作成

次に、個別施策を紹介したい。ビジネスのグローバル化を推進する上では、それをリードする人材の育成は欠かせない。特に、グローバル経営を支える経営者の育成は、多くのグローバル企業に共通して優先順位は高い。その観点から、数ある人事施策の中から経営人材の育成について取り上げたいと思う。欧米企業の先進的な事例を通じた考察をご紹介したい。

経営人材の育成は、グローバルグループ全体のハイポテンシャルを対象にCDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)ありきで行われる。重視されるのはアサインメントであり、研修は補完的な位置づけであるケースが多い。共通して、選抜、育成計画、アサインメント、評価のタレントマネジメントサイクルを戦略的に回していることが見えてきた。


図表5:タレントマネジメントサイクルの特徴
項目 事例にみられる特徴
選抜 ・グローバルグループ全体の管理職以上の、上位10%~20%のハイポテンシャルを選抜
・候補者を各ローカルにて登録し、本社主導で選抜されるスキーム(会議体、DB等)がある
・公式/非公式にかかわらず、周囲に伝わる場合が多い
育成計画 ・グローバル本社のCEOが担うケース、本社の経営陣から構成される会議体が担うケースがある
アサインメント ・ポストありきのアサインメント。ビジネスニーズありきで、育成目的にポストを創出するケースは少ない
・地域、ビジネス、職種を跨(またが)るCDPを策定
・成長が求められる難易度が高い内容
・CDPの中に研修が組み込まれるケースもある
評価 ・勝ち残り競争(昇進しなければ後進にポストを譲るしかない)
・評価に応じて、随時シャッフルを行う
インフラ ・迅速なアサインメントを可能にする、人材、重要ポストを把握する仕組みがある
・異動後の迅速な立ち上がりを可能にする、グローバルに共通の業務環境が構築されている
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

選抜的な経営人材育成は、選抜されなかった社員のモチベーションや内向き文化などの弊害があるが、これを軽減するための施策も同時に講じている。これらの問題点は、厳しい成果評価とUp or Outの原則により軽減されている側面があり、終身雇用と反する部分がある。

第一に、インフォーマルに行うにせよ選抜を行なっていることは往々にして周囲に伝わる。そのことにより、選抜された人材が慢心すること、選抜されなかった人材のモチベーションが下がることが懸念される。そのため、選抜育成を行う先進企業においては、選抜された人材を厳しい競争に晒(さら)すことと、選抜されなかった人材にもチャンスを残すことを意図的に行っている。具体的な対策例には下記のものがある。

  • ポストありきのアサインメント。選抜された人材は、一定期間に昇進しなければ更新にポストを譲るしかない
  • 選抜された人材をモニタリングし、成果に応じてシャッフルする仕組み
  • 選抜されなかった人材に対する育成支援

第二に、選抜育成は社内の限られたポストを、社内の基準で、社内の人材で競い合う側面がある。キャリアの最終ゴールをCEOとするならば、そのポストは限られているため、社内競争を是とした相対評価が行われることになる。その結果、内向きの同質性が形成されること、後進の育成やチームワークが阻害されることが懸念される。そのため、選抜教育を行う先進企業においては、ビジネスにおいて外向きに競争し成果を出すこと、人材育成等を通じた中長期的な組織発展がおろそかにならないことに力を注いでいる。具体的な対策例には下記のものがある。

  • 成果評価、360度評価の厳しい目にさらされる。社外の競合との競争環境において、成果を出せない場合は、会社を去るのが原則
  • 人材育成を目標管理に入れ、後進が育たなければ昇進させない

第三に、高額投資をした対象が社外に流出するリスクがある。場合によっては競合に流出することも避けられない。この点については、自社の共有価値と共感する人材を選抜するなど必要な施策は講じているが、一方でCEOを育成するために必要なコストであるという割り切りがある。また、自社で育った人材が外部で活躍することは、人材育成において先進的な企業であるという自社のブランド価値を高めることにもつながる。その結果、採用競争力が高まり良い人材が集まることを考えると、外部流出は悪い側面だけでは語れない。

4.終わりに

グローバル人事というと等級制度をはじめ人事制度の統合ありきの議論になりやすい。確かに、人事制度は統合されていないより、統合されているに越したことはない。事業上の要請が変化し得ることを考えれば、それに柔軟に対応可能な準備をしておくことも必要であろう。しかし、時には人の生活にかかわる部分であることもあり、変えるには時間とコストが必要なのも事実である。

日本企業は欧米系の企業に比較して、同質性の高い人材で構成される組織を運営してきた。グローバルビジネスについても、一部のグローバル要員に対応させることで内と外を分け、内の同質性は維持してきている。そのことが、欧米企業と比較してグローバル人事を推進する難易度を高めているのは事実である。だからこそ、事業上の要請を明らかにした上で、施策を絞り込み着実に前に進む必要がある。

以上

【第1回】 欧米企業の事例に学ぶグローバル人事
【第2回】 中国人材市場の現状 人材紹介の最前線から
【第3回】 ヘッドクォーター人事として主導すべき施策は何か
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