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クロスボーダーEC市場の動向

マネージャー 内田 智英
コンサルタント 伊藤 彩紀
『情報未来』No.35より

クロスボーダーEC市場の萌芽

「インターネットではモノは売れない」と言われていたのはいつのことだろうか。海外、国内ともにEC(電子商取引)市場は右肩上がりに拡大し、今やインターネットでモノを売る/買うといったことは当たり前の世の中となった。そのような背景のもと、日本においては、ここ1、2年の間に新たなトレンドとして国を跨ぐEC、いわゆるクロスボーダーECがにわかに脚光を浴び始めつつある。本稿においては、今後の大きなトレンドとなり得るクロスボーダーECの市場動向についてご紹介させていただきたい。

クロスボーダーEC市場萌芽の背景

昨今のクロスボーダーEC市場の萌芽の背景には、大きくは3つの理由が挙げられる。

(1)国内EC市場の成長率の鈍化

(2)アジア(特に中国)のEC市場の発展

(3)クロスボーダーEC支援事業者の出現

国内EC市場の成長率の鈍化

国内のEC市場はこれまで右肩上がりに成長を続けており、2007年時点におけるBtoC EC市場規模は約5・3兆円にまで成長した。しかしながら、市場の成長率は徐々に鈍化傾向にあり、中長期的にはかつてほどの急成長が望めない市場となりつつある(※1)。もっとも、日本のBtoCの市場規模は既に非常に大きく、今後もゆるやかながら成長を続けるため、国内EC事業者にとって日本市場は重要市場であり続けることだろう。しかしながら、EC事業者としては、今後成熟化をむかえていく国内市場のみならず、新たな市場に打って出る機会を模索しはじめる時期に来ているのである。

※1:経済産業省商務情報政策局情報経済課「電子商取引レポート2007」より

アジア(特に中国)のEC市場の発展

アジア地域においては、既にある程度の規模に成長したEC市場が複数存在している。例えば、インターネット普及率の高い韓国や台湾である。2007年の韓国におけるBtoC ECの市場規模は15兆7,650億ウォン(約1.2兆円)、2006年の台湾の市場規模は1,002億NTドル(約0.3兆円)となっている 。

アジア地域の中でも、特に有望視されている市場が中国である。中国のBtoC EC市場規模は2008年時点で561億元(約0・7兆円)と推計されており(※2)、現時点では日本の規模には大きく及ばないものの、2013年時点においては10兆円規模にまで成長するとも言われている(※3)

※2:経済産業省商務流通G「電子流通の国際化について」より
※3:日本経済新聞2009年4月22日朝刊「中国の電子商取引市場規模(野村総合研究所調べ)」より 

中国のEC市場は社会インフラ(IT、物流等)の整備により、さらなるパイの拡大が見込まれ、また、中国消費者のECニーズの特色として、日本製品の購買意欲が高いため、日本のEC事業者にとっては非常に魅力的な市場であると言える。

クロスボーダーEC支援事業者の出現

前述のような市場サイドの話に加え、もう1点重要なポイントとして、そのような魅力的なEC市場に対する進出を支援するサービスが、昨今、数多く出現し始めたということが挙げられる。これまで、クロスボーダーECを実行する上では、コミュニケーション(言語等)、物流、決済の3点が大きな課題となっていた。しかしながら、それらの課題を解決するためのサービス、すなわち “クロスボーダーEC支援サービス” が出現し始めたため、それらサービスを活用する形で徐々にクロスボーダーECへ参入する企業/個人が増え始めたのである。

クロスボーダーEC市場への参入動向


図表1:クロスボーダーEC 市場への参入形態
出所:NTT データ経営研究所にて作成

一口にクロスボーダーEC市場といっても、さまざまな参入機会/形態が存在している。本章においては、クロスボーダーECへの各種企業の参入形態を俯瞰的にとりまとめた(図表1)。

1.EC事業者としてクロスボーダー EC市場に参入する


1-1.ECモール運営者として参入する

自身が進出国の言語に対応したECモールを構築・運営することで事業展開を図るケースがある。この事業による収益は、出店企業からの出店手数料や販売手数料、広告主からの広告料などから取得する形となる。

1-1-1.日本企業を出店対象としたモール運営

日本企業を出店対象としたECモールでは、構築したECモールに日本企業を誘致し、進出先の消費者と出店した日本企業との取引の場を提供している。このタイプのECモールには、SBIベリトランスが運営する「バイジェイドットコム」や、郵便事業株式会社が運営する「JapaNavi」などが存在する。前述した通り、アジア地域での日本製品への関心は高く、そうしたアジア地域の潜在顧客を取り込むことを目的として、これらのサイトは運営されている。また、SBIベリトランスのケースについては決済機会(中國銀聯(中国ユニオンペイ)による決済)、郵便事業株式会社のケースにおいては国際物流機会(EMS:国際スピード郵便)など、新たな取引市場を創設することにより、自社の本業への収益貢献の機会を拡大しようという狙いが見える。

1-1-2. 現地企業を出店対象としたモール運営

進出先の現地企業を出店対象としたECモールでは、構築したECモールに進出先の現地企業を誘致し、進出先の消費者と出店した現地企業との取引の場を提供している。このタイプのECモールに、台湾の流通業者の統一超商と楽天の合弁企業が運営する「台湾楽天市場(樂天市場)」などがある。

1-2.ECモール出店者として参入する

出店者として進出国にある有力ECモールへ出店するという参入方法がある。この方法の場合、ECを実行するための各種インフラを自社でゼロから構築する必要が無いため、参入に対するハードルは他の方法と比較し低い。 

1-2-1.現地企業が運営するモールへ出店する

進出国の現地企業が運営する有力ECモールへの出店の一例として、中国の「タオバオ」への出店が挙げられる。「タオバオ」とは中国ネット業界最大手のアリババグループが運営するネットオークションECショッピングサイトである。「タオバオ」には約1億人の会員が登録されており、出店すれば相当数の顧客にリーチできる可能性がある。中小中堅企業のみならず、最近ではユニクロや千趣会といった大手の日本企業もタオバオへの出店を開始している。

1-2-2.日本企業が運営するモールへ出店する

前述の「バイジェイドットコム」や「JapaNavi」といった日本企業が運営するECモールに出店する形で市場に参入する方法がある。運営母体が日本企業であるため、「タオバオ」などの現地ECモールに出店するよりも、モール運営事業者とのコミュニケーションが取り易いという利点が挙げられる。その半面、タオバオのような現地有力ECモールに比べ未だ会員数が少ないため、顧客へのリーチが制限される可能性がある。例えばSBIベリトランスの運営する「バイジェイドットコム」の会員数は現時点では約4万人(※4)と言われており、タオバオの会員数と比較するとその差は歴然である。

※4:日経MJ 2009年8月14日

1-3.自社サイトを立ち上げて参入する

現地語ないし英語に対応した自社のECサイトを自ら構築し、そのサイトを通して進出国の消費者に商品を販売する方法がある。この参入方法の場合、サイト、物流、決済方法など自由度は高いものの、現地有力モールへの出店などの参入方法に比べ集客が困難な場合がある。

2.クロスボーダーEC事業者を支援する形で参入する

EC支援事業者という立場でクロスボーダーEC市場への参入を果たしている企業も多く出現している。

2-1.ECサイト/モールへの出店支援

中国の「タオバオ」への出店など、進出先の現地企業が運営するECモールに事業者が出店する場合、言語や商習慣、国民性の違いにより、単独での出店やサイト運営がうまくいかない場合も多い。例えば、サイトのデザインにしても、進出国の国民性によって好まれる形は異なる。現地の有力ECモールへの出店代行、および出店後の事業戦略のアドバイザリーサービスを提供する企業が存在している。

2-2.ECサイト/モールの立ち上げ支援

クロスボーダーEC事業を行う際に生じるビジネスフローの各工程について、部分的にソリューションを提供する企業が存在している。 

2-2-1.ECサイトの構築/運営支援

クロスボーダーEC事業の立ち上げを目論む企業に対して、Webサイトの構築およびその運営を支援するサービスである。Webサイトの構築においては、企業ごとにサイトを個別に構築する事業者と、コマース21やシステムインテグレータなどの企業のように、多言語対応のECサイト構築用パッケージソフトウエアを提供する事業者とが存在している。

2-2-2.商品の調達支援

クロスボーダーEC事業の展開を目論む企業に対して、ECモールに出品する商品開発/調達を支援するサービスである。この事業を行っている企業に株式会社もしもがある。株式会社もしもはドロップシッピングサービスを主力にしている企業で、近年ではSBIベリトランスが運営する中国市場向けECモール「バイジェイドットコム」に対し、もしもの持つ4万点の商品を提供していくことを目論んでいる(※5)

※5:株式会社もしも2009年1月26日プレスリリースより

2-2-3.販売プロモーション支援

ECサイトのSEO対策やアフィリエイトプログラムを提供するサービスである。このサービスを展開している企業としてアドウェイズなどが挙げられる。アドウェイズは中国でのEC事業の展開を目論む事業者に対し、アフィリエイト広告サービスを提供している。中国でのアフィリエイト事業では、顧客にDHCなど著名な日本企業を抱えている。

2-2-4.物流支援

物流支援事業とは、クロスボーダーEC特有の国境を跨いでの商品配送業務を支援する事業である。郵便事業株式会社が提供している国際スピード郵便(EMS)や、転送コムが提供している「海外発送代行サービス」がこれにあたる。また、アリババジャパンにおいては、「中国輸出支援サービス」の中で「アリババ物流支援サービス」と称しスコアジャパン(中国流通王)との提携により日本国内から中国国内指定場所までの宅配サービス、通関代行サービスを出店者に対して提供を開始した。

2-2-5.決済支援

国によって有力な決済手段が異なるため、クロスボーダーEC事業において決済代行サービスを提供する支援事業者は市場において重要な役割を果たしていると言える。例えば、中国ではクレジットカードの普及率が高くはないため、ECサイト上で決済を行うためには、中国で主流の決済手段「支付宝(アリペイ)」か「中國銀聯(中国ユニオンペイ)」などを自社のECサイト上で利用できるようにしておく必要がある。

このような決済代行サービスを提供している企業に、ソフトバンクペイメントサービスやSBIベリトランスといった企業が存在している。ソフトバンクペイメントサービスは、アリペイドットコムと提携し、「支付宝(アリペイ)」を海外のECサイトの支払手続きに利用できるサービス「Alipay国際決済」を提供している。また、SBIベリトランスは、中国銀聯と三井住友カード株式会社との提携により、「中国銀聯」を利用したネット決済サービスを提供している。 

2-2-6.カスタマ対応支援

EC事業者の進出国の言語に対応したカスタマセンタ業務を代行する事業である。カスタマセンタ業務支援事業者の大手にトランスコスモスがある。同社は、中国に子会社の上海特思尓大宇宙商務咨詢有限公司や大宇宙営鏈創信息咨詢有限公司を有しており、中国EC市場に進出した日本企業に対するカスタマセンタサービスの提供を開始している。

3.クロスボーダーEC事業者および支援事業者としてクロスボーダーEC市場に複合的に参入する

前述のように、ビジネスプロセスごとに支援サービスを提供している形態のみならず、クロスボーダーEC事業のビジネスプロセスすべてを支援対象とするようなサービスも出現している。一例として、2009年4月に設立されたE Commerce for Asia Alliance(ECAA)がある。ECAAはSBIベリトランスを中心とする16社によって形成されたコンソーシアムで、アジア市場でEC事業を展開したい企業に対し、コンソーシアムを形成した16社が相互連携することで、クロスボーダーECのビジネスフロー全体をサポートできる体制を構築した。2009年9月には新たに7社の企業がECAAへ参画し計23社のコンソーシアムとなっている。

また、ソフトバンクグループ(アリババグループ、ソフトバンクペイメントサービス等)やネットプライスグループ(ネットプライス、セカイモン、転送コム、もしも等)などにおいては、それぞれグループ企業内でクロスボーダーECの実行に必要な各機能を保持しつつ、また、自社グループで足りない部分については他社との提携により補完関係を築き、クロスボーダーEC市場領域へ複合的に参入していこうという動きが垣間見える。

おわりに

クロスボーダーEC市場は今後さらなる発展を遂げていくであろう。これは日本にとって新たな領域における輸出型の産業が育ち得る機会が出現し始めていることを意味し、また、それは同時に、付随する新たな各種のサービス(物流、金流、情報流、etc…)の市場が創造される可能性を秘めている。

今後、さらなる市場拡大に伴いまた新たな課題が顕在化してくるものと思われるが(例えば法制度面におけるギャップの解消等)、それをいち早く新たな機会ととらえた事業者がクロスボーダーEC支援サービスとして提供し、またそれを機に新たな事業者がクロスボーダーEC市場への参入を図るというスパイラルアップの図式により市場がさらに活性化、拡大していくことを期待したい。

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