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山崎蒸留所と開かずの踏切

No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 取締役会長 宮野谷 篤
Profile
MIYANOYA ATSUSHI
宮野谷 篤
NTTデータ経営研究所 取締役会長

今年の10月、大阪市で5年ぶりに自身の点描画の個展を開催した。ありがたいことに、2週間の個展期間中に大勢の方が訪れ、絵を鑑賞してくださった。

私は、技術的にうまく描けた作品が人気を博するものと予想していたが、実はそうではなかった。私の作品は、内外観光地の風景画が多い。高評価だった作品は、プラハ城、大阪の中之島、京都の伊根など。お客様もその地を訪れており、心に響いたとのことだった。作者が上手く描けたかどうかは、プロダクト・アウトの発想であり、お客様と関係がない。お客様の思い出や感性に刺さるような作品がマーケット・インに該当するものなのだと思った。絵を描く際は、作者のパッションで題材を選ぶのだとしても、個展で展示する作品選択には、開催地を考慮したマーケティングのセンスが必要だと痛感した。

個展期間中の週末、大阪府と京都府の境付近にある「サントリー山崎蒸留所」の周辺を散策した。蒸留所内部は大阪勤務時代に見学済みであり、今回の訪問目的は、新しい絵を描くため蒸留所の写真を撮ることだ。ネット上の画像では、蒸留所の建物と背景の天王山がバランス良く撮影されている。そんな風景を撮りたかったが、周辺を歩き回って気づいた。そういう写真は、マンションの屋上など高い所から撮ったものなのだと。平地からの撮影では、他の建物や木が邪魔になる。蒸留所に近付き過ぎると全体を写せない。しかも蒸留所の近くにJR京都線の踏切がある。ここは「開かずの踏切」状態で、ひっきりなしに電車が通る。蒸留所の見学コースは大人気であるが、HPを見ると、一般用の駐車場はないため公共交通機関の利用が推奨されている。この踏切の状況ではさもありなんと思った。

試しに、特急列車の通過時にシャッターを押したところ、面白い写真が撮れた。列車の運転手さんは律儀にマスクをしている。コロナ禍ならではのショットだが、絵の題材にはならない。

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そこで、近場からの撮影をやめ、坂を下りながらあちこち探索すると、収穫後の田んぼ越しに蒸留所が見える所を発見!実りの秋が近景、歴史あるウイスキー蒸留所が中景になる良い写真が撮れた。これを題材に来年春の公募展に向けて大作を描こうと決めた。

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撮影後、JR山崎駅近くにある「三笑亭」という天ぷら屋さんに入った。創業は明治時代だという。壁にはサントリー経営陣の色紙が飾られている。食べているお客様には、キャリーバッグを持った方が多い。蒸留所見学後、所長さんの紹介で来たそうだ。山崎蒸留所の周辺では、地元との共存関係がしっかりと成立しているようで、嬉しくなった。製造と雇用で経済に貢献するのみならず、見学スポットとしても地域で集客力を発揮する。しかも、開かずの踏切のおかげで見学者は駅(JR山崎駅か阪急大山崎駅)と蒸留所の間を必ず歩くので、自ずと他の観光スポットも訪れ、地元の店に入る。これは、メーカーと電鉄企業、地元商店などがコラボする理想的なエコシステムではないかと感心した次第である。

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