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大英帝国の深さ

No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 代表取締役常務 浦野 大

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URANO DAI
浦野 大
NTTデータ経営研究所
代表取締役常務

コロナ禍以降、約2年半ぶりに英国へ出張した。歴史のある古い学問の街、オックスフォード大学へDXの最新事例を探しに行ったのである。予め幾つかの仮説を用意のうえ、それを確認してきた。

まずは、課題設定の確認である。日本ではコロナ禍で社会課題が一気に顕在化し、その多くは労働力不足による事業の持続性困難やデジタル化の遅れであった。これに対し、欧州では環境、倫理、人権等の人中心の課題解決が持続的成長の要諦で、その為にDXに対応した経営理論の最新化や社会課題の解決アプローチが研究されている。

私達は、ややもすると技術の面白さに没頭しDXの本来の目的を見失いがちである。経営理論の専門家であるオックスフォード大学サイード・ビジネススクールの教授達との議論では、パーパス、企業戦略、組織の能力や構造、マネジメントシステム、リーダシップ等、経営の在り方そのものがDXで変えるべき本質だが、それに対応した新しい経営理論は世界的にも未成熟だという事が確認できた。

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次にテクノロジーである。テクノロジーのトレンドは一気に世界中に広がるため、課題解決のために使うAI、 データ収集・分析、 アルゴリズムといったそれぞれの要素自体に大きな違いは無く、当初の仮説通りであった。

さらにもう一つの論点としては多様性があげられる。オックスフォード大学は約160ヵ国・地域からの留学生が4割を占めると言われる。実際に会った教授の出身地もカナダ、ロシア、東欧、アジア、英国と多岐に渡り、かつそれぞれの専門領域で交わるという東京では経験できない多様性が日常になっている。イノベーションは辺境(自分と遠いテーマという意味)との新結合の遂行だとすると、世界中の英知が集まり多様性が普通になっている環境は、大英帝国の歴史の深さと重さなのだと痛感した。

また、ロンドン現地のコンサル会社との議論では組織の在り方で新しい気付きがあった。コンサルタントというリソースを自社に多く持つのではなく、専門テーマ別の世界の人的ネットワークからプロジェクトに応じてチーム組成するというやり方が訪問した3社で共通していたのだ。組織に内製化するか外部リソースを使うかは、情報の非対称性や取引コストの観点で組織を括る上での重要な判断になるが、ネットやツールが普及し、相手の専門性や経験が可視化されている現代においては、情報の非対称性(相手に騙されないという意味)や取引コストといった課題は重要でないようである。むしろ、世界での英語圏人口の多さと辺境との「ゆるい繋がり」というのが、多様性が前提となるイノベーション創出においては合理的な組織形態なのかも知れない。

DXが企業経営に与えるインパクトの本質の研究を目的とした今回の英国出張であったが、DXの目的が経済合理性の追求から環境、人権、倫理といった人間中心の課題解決による社会の持続的成長に大きく変わっていることを実感できた。中でも、歴史のある英国を訪問したからこそ、その変化に対する深さと重さの理解ができたのかも知れない。

本号は、「未来からはじまる地域づくり」がテーマである。闇雲にグローバルスタンダードを追うのでなく、グローバルでの変化の本質を深く理解したうえで、課題先進国と言われる日本の未来を構想し、地域づくりに生かすことが私達の進むべき道なのではないだろうか。

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