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地域にとって魅力的なキャッシュレスのあり方

No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 クロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット アソシエイトパートナー 大河原 久和
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OKAWARA HISAKAZU
大河原 久和
NTTデータ経営研究所 クロスインダストリーファイナンスコンサルティングユニット
アソシエイトパートナー

経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」、キャッシュレス推進協議会「キャッシュレス・ロードマップ2019」策定に関与。著書に「決済サービスのイノベーション」(ダイヤモンド・共著)

コロナ禍は、私たちの社会・経済に大きな変容をもたらし、新しい生活様式を考える契機となった。地域では製造業や小売業等の地域内サプライチェーンを中心に大きな経済的ダメージを被った一方、足元では地域活性化に向けた再起動が始まっている。地域では「これまでとは異なるより良い地域社会」を描き、地域が抱える課題解決に向けて、新たな地域社会インフラを構築する視座が必要である。本稿では地域の活性化に貢献する“キャッシュレス決済”の姿と、キャッシュレス決済起点の「デジタル地域プラットフォーム」のあり方を提示したい。

1 決済ビジネスと地域の 持続可能性との関係

コロナ禍によって高まったのは、「サステナビリティ(持続可能性)」の意識である。現在、サステナビリティが脅かされている領域をざっと眺めてみても、食糧問題、環境の悪化、資源の枯渇、気候変動、教育や医療の格差など、複雑かつ広範な領域で課題が山積の状況にある。コロナ禍は、私たち日本人にとってこれまで今ひとつ現実感を持ちにくかったサステナビリティの問題について、「人の健康と生命こそが一番の価値」と認識したり、「パンデミックと気候変動問題の本質は、問題に対して無関心であること」に思いを寄せる大きなきっかけとなった。地域でも、一企業によるサステナビリティへの取り組みの失敗が、地域の企業や住民、ひいては地域全体を巻き込んで、環境・社会・経済的な損害へと繋がっていく可能性がある。キャッシュレス決済自体でサステナビリティの問題を根本的に解決することは難しいものの、人や企業が日常的な決済を起点としてサステナビリティに貢献しているかどうかを意識する視点を持ち、行動や習慣を変化させていくことは可能ではないだろうか。

具体的な事例を紹介しよう。スウェーデン企業Doconomy(ドコノミー)社は、ショッピングの都度発生するCO2排出量を定量化し、CO2排出量を利用限度額とリンクさせるクレジットカード「Do Black」を提供している(図1)。クレジットカード券面の印字に利用するインクは空気中から回収された汚染物質(“すす”など)からリサイクルされたものを使用しており、券面裏には「SDGs目標12(つくる責任つかう責任)」の文言を記載している。カード利用者は自分のカード限度額を意識する度に、ま たショッピングでカードを利用する度に、CO2排出量やサステナビリティの目標を意識せざるを得なくなるような「仕掛け」を施している。Doconomy社は、カード利用者の日常習慣からサステナビリティ意識を高めてもらうことが、自社の決済ビジネスを通じたサステナビリティへの貢献と位置付けているのである。

企業のサステナビリティ行動は余裕資金や寄付で行うのではなく、本業そのものと強く結びつけるべきである。地域でも、例えば地元の再生エネルギー発電や売電事業者が単に「電力」を供給するのみならず、このようなサステナビリティ意識を高めるキャッシュレス決済サービスを合わせて提供することなどが考えられる。すると、住民は「この決済サービスを使った電力消費は地域の環境やサステナビリティに貢献できる」と意識するようになる。頻度の高い日常消費シーンでエネルギー問題に関心を寄せてもらえるようになり、ひいては地域に根付いた自社の再生エネルギー事業にも住民の理解が深まることとなるだろう。

図1| クレジットカードをベースとしたCO2排出抑制へのアプローチ ~ Do Cardの仕組み~

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出所| Doconomy社公表資料を参考にNTTデータ経営研究所作成

2 決済を起点とした「デジタル地域プラットフォーム」

キャッシュレス決済には、単に現金を置き換えるだけでなく、地域での「住民の生活動線における利便性向上」と「事業者と住民との双方向のコミュニケーション」のための手段を提供する“デジタルプラットフォーム”としての進化が展望できる。

65歳以上の住人が全町民の46.6%を占める広島県庄原市東城町では、商工会がプリペイドカード「ほ・ろ・か」を発行している(図2)。全町民の8割にあたる約6000名がこれを利用し、地域に根差した実店舗(スーパーなど)に加えてECサイトでの支払いや地域イベント参加でもポイントが貯まる設計となっている。このため、住民は、「ほ・ろ・か」を単に決済のみならず、地域イベントなどのリアルな生活を豊かにする道具としても利用していると考えられる。また、東城町では若者の地域流出が進んでおり、地元に残した高齢家族の安否確認を行いたいとする地域課題が存在する。この課題に対して「ほ・ろ・か」カードには、カードを所持する高齢家族が1週間~10日間決済に利用しないと、登録した遠隔地に住む家族にメールが送信される機能を付帯している。決済という日常生活のトランザクションデータを活用して、店舗、高齢のカード所持者、遠隔地にいる家族との間で、デジタルを活用したコミュニケーションツールになっているのである。

筆者は今こそ、このような地域課題に対応したユーザー体験の向上を目的に、キャッシュレス決済を起点とした“エンゲージメント強化”と“データ利活用”を行う好機であると考えている。地域における社会・経済は変化しており、地域ごとに複雑化する社会課題は、デジタル化の進展もあいまって、ますます変化のスピードが速くなる。こうした変化に柔軟かつスピーディーに対応するためには、その変化をリアルタイムで把握するための顧客接点の強化(=エンゲージメント強化)を取り組みの中心におく必要がある。その上で、これまでのフェースtoフェースでの対応や属人的経験・ノウハウを生かしつつ、キャッシュレス決済が創出するデジタルデータの活用と、関係者間でのデータ流通(=コミュニケーション)の促進を実現可能とすることが有効である。このような “デジタル地域プラットフォーム”は、これからの地域課題解決に資する社会インフラとして注目される。

地域にとって魅力的なキャッシュレスは、その地域ならではの社会習慣や商取引慣行に適合的なものである。だからこそ、サステナビリティや高齢化など、地域が抱える「百地域百様」の課題を解決する新たな手段となりうる。また、そのような地域本位のキャッシュレスは、他の多くの地域課題解決に取り組むうえでも、抜本的な視座を与えてくれるだろう。それは、地域の住民や企業の活動に根差した取り組みが重要だということにほかならない。

図2| ほ・ろ・かの仕組み

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出所| ほ・ろ・かHPを参考にNTTデータ経営研究所作成

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

クロスインダストリーファイナンス

コンサルティングユニット

アソシエイトパートナー

大河原 久和

E-mail:okawarah@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4250

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