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一枚のカーテンが行動を変える

No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット 行動デザインチーム リーダー/マネージャー 小林 洋子
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KOBAYASHI YOKO
小林 洋子
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションユニット 行動デザインチーム
リーダー/マネージャー

国際機関、国際税務アドバイザリーを経て現職。
行動科学の知見を使い、人が行動しやすい環境を作り社会課題の解決を図る行動デザインチームのリーダー。
米MITプランニングスクール修了、NPO法人まちのおやこテーブル代表理事

1 女性活躍とアンコンシャス・バイアス

ジェンダー平等は持続可能な開発目標(SDGs)に掲げられており、我が国でも長年取り組まれてきた施策である。岸田政権では新しい資本主義の中核に女性の経済的自立を位置づけ、諸外国に比べて立ち遅れている男女共同参画に挑もうとしている。

女性の経済的自立に向けて重点的に取り組むべき事項の一つとして女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太方針)2022で掲げられているのが「固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」の解消である。

アンコンシャス・バイアスは男性だけでなく女性自身にも存在する。令和3年の内閣府の調査では「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」との回答は男女ともに5割前後に上り、3割の男女が「育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきではない」と回答した。「家事・育児は女性がするべきだ」についても男性の30%、女性の23%が肯定している。どう活躍したいかは人それぞれだが、希望がありながら周囲や自らの先入観で可能性が狭められ、性別により評価が変わる社会構造は問題だ。どうすればこのバイアスに対処できるのか。

2 バイアスがある前提で行動をデザインする

女性版骨太方針では、女性の職場と生活における関係者である地方公共団体や経済団体等、経営層、広報担当や人事・業務管理に携わる管理職に対する啓発を掲げている。また、子どもの頃からのバイアスの植え付けにならないよう、教員に対する研修やキャリア教育など学校における対策も掲げている。

ダイバーシティ研修を通じて自らのバイアスを認識し、その影響について学び組織的に取り組むことは重要だ。しかし、どうすれば行動を変えられるのか、行動とセットで対策を用意したい。

人間の行動は多くの場合、直観的な意思決定により行われており、日々熟慮して合理的に行動してはいないことで知られている。行動科学では前者を「速い思考(システム1)」、後者を「遅い思考(システム2)」と呼ぶ。脳の構造上、システム1を常時起動させて日常生活を送り、必要な場面でシステム2を起動させることで、人は思考コストを削減し脳の消費エネルギーのバランスを取っている。速く意思決定を行うために単純化された思考方法(ヒューリスティックス)を取った結果、偏った考えや先入観、思い込みなど意思決定に歪み、つまり認知バイアスを生じさせることになる。無意識の思い込みは避けられないし、価値観をすぐに変えることは難しい。

そこで、バイアスをなくそうとするよりも、バイアスは人にある程度内在しているという前提で、正しい行動を取りやすくする行動デザインを研修と並行して取り入れることを提案したい。

行動デザインは、行動を変えやすいよう制度やシステム、プロセス、空間、職場、家庭、社会など人を取り巻く環境をデザインする。ジェンダー格差について、デザインの力で行動を変えるアプローチを提案したことで知られるイリス・ボネット著の『ワークデザイン』では、カーテンの使用により、ボストン交響楽団で女性演奏家が採用される割合が飛躍的に増えたエピソードから始まる。性別や年齢を隠す「ブラインド・オーディション」により、バイアスを排除して適切な審査をしやすい環境を一枚のカーテンが作ったのである。

3 地域でできる行動デザイン

人間の行動パターンを実証した行動科学を社会課題の解決に役立てる行動デザインコンサルティングを提供している立場から、本特集のテーマである課題解決の場としての地域の実践事例を紹介したい。

一つは千葉市役所が行った男性職員の育児休業(育休)取得促進である。子どもが生まれた男性職員は育休取得を申請するのではなく、育休を取得しない理由を申請する制度に変えた。これにより、男性職員の育休取得率は2013年の2.2%から一挙に34.3%(2018年)に向上した。人間は不都合がなければ初期設定を受け入れやすいという特性を活かした「デフォルト変更」を制度のデザインに採り入れた事例である。多くの男性が育休取得をすると周囲と行動を合わせようとする「同調効果」が働くため、育休取得はさらに進むだろう。

もう一つは、男性の家事参加である。男性にとって家事は配偶者に比べて相対的に苦手意識があり、失敗したくない、配偶者に文句を言われたくないという「リスク回避性」が働きやすい。また、苦手なことに取り組むと時間もかかるため、今を重視する「現在バイアス」が働き、家事に関わることを先延ばししてしまう。

筆者が関与するNPO法人では、東京都杉並区と実施した男女平等推進に向けた男性向け啓発講座のデザインを工夫したことにより、参加者全員が家事や育児に関わる時間が増え、配偶者や家族のために料理をするようになった。

デザインしたのは集客プロセスと講座の内容、講座の実施環境である。集客は、男性向けには安く時短料理法を学べる実利訴求をし、講座では、「炊飯器を使った簡単で失敗しにくい調理法」と「子どもと接するコツ」を伝授した。子どもと参加する設計としたことにより、家事力と育児力の同時向上が叶う。3回連続講座として、次回までにレシピを再現することを勧めたことで、現在バイアスを逆手にとりコミットメント効果が働きやすくした。また、男性限定の講座として「ハーディング効果」(人と同じ行動をとることによって安心感を得ようとする心理)を活かし、乳児の託児可としたことにより、配偶者が喜んで講座に送り出す環境をもデザインしたのである。

啓発講座に子どもと参加したことで、「子ども(男の子)が料理を自分でやるようになった」「家族全員で料理をするきっかけになった」という感想もいただいており、次世代のバイアス低減効果も期待できそうである。

図1| 男性向け啓発講座のデザイン

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

NPO法人まちのおやこテーブル提供

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おわりに

アンコンシャス・バイアスを払拭することは難しく、男女共同参画を阻む壁は無論バイアスだけではない。行動デザインは一つの手法に過ぎないが、バイアスがあっても行動を変えるきっかけを作り出せる点で、個人として、組織人として、家庭人として実践することで、社会は少しずつ良い方に変わっていくのではないだろうか。

最後に、行動デザインが機能するポイントとして英国のナッジ専門部隊BIT(Behavioral Insights Team)が開発した行動デザインフレームワーク「EAST」を紹介したい。簡単(Easy)、印象的(Attractive)、社会的(Social)、タイムリー(Timely)の頭文字であり、効果を発揮しやすくするためのチェックリストとして使える。

女性が仕事で活躍し、男性が家庭や地域で活躍する姿は何より、子ども達の教育となり次世代のバイアス低減に寄与するだろう。行動をどうデザインするか、楽しみながら実践してみてほしい。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

ライフ・バリュー・クリエイションユニット

シニアマネージャー

小林 洋子

E-mail:kobayashiy@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4110

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