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Insight
情報未来

未来を描くことの価値

~ひと・経済・環境がハーモナイズした未来へ~
No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット ユニット長/アソシエイトパートナー 江井 仙佳
聞き手:磯野 あずさ NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット シニアコンサルタント
編集:郡 謙暢 NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット シニアコンサルタント
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ENEI NORIYOSHI
江井 仙佳
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット
ユニット長/アソシエイトパートナー

イノベーションと実践論の両面で、未来からのバックキャストが必要

今回の『情報未来』の特集は、「未来からはじまる地域づくり」がテーマです。なぜ未来から考えることに着目したのでしょうか。

江井

コンサルティングの仕事はもともと未来を考えるという性格を持っています。20代の頃、コンサルタントとして初めての仕事は全国の地方都市圏の人口推計、その次は湘南のとある海の見える街の、未来像を描くことでした。

とはいえ、現在は以前に比べ、未来洞察(Foresight)の重要性がより一層高まっていると考えています。

経済的には、破壊的イノベーションの必要性、課題解決型に加え、大胆かつ挑戦的なイノベーションを生むために、バックキャスティング型の思考が必要となっています。例えば、内閣府やJSTが推進しているムーンショット型の研究開発などもこの流れのひとつと言えるでしょう。

社会的には、SDGs、とりわけ気候変動・気候危機への視点が重要です。パリ協定によれば2050年までに産業革命以前と比べて気温上昇を2度以内に、さらにIPCCの6次報告書では、2040年までに1.5度に抑えるべきとされています。1.5度とは、2030年までに温室効果ガスを45パーセント削減、さらに、2050年までに実質ゼロにすることを示します。私たちの目の前には、こうした危機的な社会的な要請がある。こうした点からも、未来をから逆算して今をつくることが必要となっています。

また、地域での実践という観点からも、未来を描くことが重要です。地域づくりは、長期間にわたって多くのステークホルダーと物事を進めます。長期間にわたって議論や活動を続けるには、未来のあるべき姿についての共通のビジョンがやはり必要です。そうすることで、方向性を見失いかけた時でも、未来像に立ち戻り進んでいける。

経済的にも、社会的にも、地域での実践においても、未来の姿をシェアすることの価値が大きなものとなっています。

よりよく生きる ~人間中心の未来へ~

では、これから訪れる未来についてはどう考えていますか。

江井

未来の描き方は多様ですが、「本来そうあるべきだけれども、今できていないこと」を未来において達成することが重要だと、私自身は考えています。かつてソクラテスはエウゼーン(よりよく生きる)に重きを置きましたが、私たちの社会は、それらを後回しにして経済成長を追いかけてきた面がありますね。

コロナがひとつの契機となり「よりよく働き、よりよく食べ、よりよく暮らす」といった、ウェルビーイングの機運が高まっている印象を受けます。

江井

人間中心で考えることのできる時代になってきたと思います。これまでの社会・地域づくりは、経済中心の考え方が主流でした。また、自動車と都市計画の関係に代表される技術中心思考、環境問題や気候危機への対応などにみられる環境中心思考も大きな影響を持っています。事実、私たちの未来は、経済指標や都市計画道路の破線、平均気温などで示されることが多くなっています。人に関わるのは将来人口と平均年齢などに留まっており、一人ひとりの尊厳といったものに光があたることが少なかった。

ちなみに、イタリアにブルネロ・クチネリという、カシミアニットからスタートしたファッションブランドがあります。まだ小さな工房だった頃に、ふるさと近くのソロメオ村で古城を手直しして本社としました。事業の拡大とともに、教会を始めとした集落の建物や庭園を修復、劇場や職人学校をつくり、村の再生につなげています。日本の文脈で言えば地方創生につながる取り組みですが、その骨格は、クチネリさんの、働く人の尊厳を根本においた「人間主義的経営」にあります。例えば、給料はホワイトカラー、ブルーカラーの区別なく、かつ周辺の賃金よりは高い。また、夕方の5時半以降の仕事のメールは禁止など、働く人を守る各種のルールがあり、遵守されています。地域のこれまでの営み・文化を大事にしながら、一人一人の今を重視する経営は、これからの、ひとつのモデルになるだろうと感じています。

ビヨンド・ワークバランスですね。ワークとライフのバランスではなく、ライフの中にワークがあると思いました。

江井

おっしゃる通りです。生活を見つめなおすのはとても大事なことです。生活を見つめなおすことから広がって、地域づくりや地球環境へとつながっていくのが自然な流れだと思います。

調和を生み出す技術とは

社会・地域づくりの実践において、どのようなことが必要だと考えますか。

江井

人間中心も絶対的な価値ではありません。幾つかの点で相対的に捉えていくことが重要です。まず、未来に向けて、経済も、環境も大事だけれども、人も大事にするという、重奏的な視点で社会をデザインしていくことが必要だと考えています。よく「経済と環境の好循環」というフレーズを私も使いますが、そこに人間中心を加えて俯瞰することが重要ではないでしょうか。3つの視点間には、それぞれ相反する要素がありますが、だからこそそれぞれでなく、人間性と環境と経済の3つを同時に成立させるような仕掛けについて、私たちコンサルタントは知恵を絞るべきなのだと思います。

加えて、特定の立場に肩入れせずに「人間中心」という用語を使うことも大切です。教育で言えば、教わる側に着目しがちですが、教える側にも人がいます。防災で言えば、被災者も人ですが、自治体職員も人、さらには同じ被災者であったりもします。学ぶ側と教える側、避難する側と支える側、その間にはそれぞれの都合がある。多様性への配慮が必要な一方で、支える側が過度な自己犠牲を払うのも非現実的で、軋轢や矛盾が出てくると思います。こうした現場においてこそ、私たちはイノベーションを強く意識すべきだと考えています。

様々な立場の方の利益や想いに応えるためには、どのようにしたらよいのでしょうか。

江井

かつて文化人類学者のレズリー・A・ホワイトは、文化の構成要素として「technological, sociological, ideological」の3つを挙げました。現代の文脈では、「テクノロジー、制度・組織、価値観」と言い換えることが出来るかもしれません。こうした要素をそれぞれ、あるいは組み合わせて活用し、全体的な調和に導く社会技術を育てていくことが重要です。

テクノロジー、とりわけデジタルは最もわかりやすい調和技術の例でしょう。たとえば、本年度NTTデータでは、ホワイトペーパー「ハイ・レジリエントな未来を共創する※1」を発表し、パーソナライズ・AI技術などを軸に、被災者・支援側双方の課題解決を追求した未来像を社会提案しています。

価値観という点では、人と環境と経済の鼎立を促す「エシカル消費」が良い例です。我慢ではなく、心地良さや美味しさ、ウェルビーイングと、環境への配慮とを両立させる。それにより消費者の共感を呼び、市場形成と気候危機対策との同時解決を図っていくといったものです。 私たちは食と農林水産業のサステナビリティを考える、農林水産省の「あふの環プロジェクト※2」のメンバーとして継続的に活動していますが、こうした社会的なうねりが日々大きくなっていることを実感しています。

制度・組織という点では、ルール形成も重要です。人や環境への配慮を組み込むことが市場から評価される仕組みを設計し、その普及を図るなど、取り組むべき課題は数多く残されています。弊社においてもNTTグループが進めるサステナブル・スマートシティ・パートナーシップ・プログラム(SSPP)※3の一環として、ひと中心の持続可能なスマートシティISO※4や、地域のウェルビーイングの可視化※5に取り組んでいるところです。

里山、行動変容、共創

ハーモナイズ(調和)がキーワードですね。

江井

そうですね。加えて日本の持つ地域づくりの知恵も大切にしたいですね。わが国は、里山という、人の手が加わることで生物多様性が育まれ、生業や暮らしを支えるというモデルを有しています。

生物多様性分野では「30 by 30」という目標があります。2030年までに、陸でも海でも30%は健全な場所にしていこうという国際的な約束です。今の日本では手つかずの自然だけで30%を確保することは難しいものの、「人の手を加えながら自然の質を高める」という里山的な視点に立ち、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に貢献している場所)を確保することが、わが国の基本戦略となっています。

人と自然を相反するものととらえるのではなく、相互に依存し高めあうものとしていく。こうした視点が他の社会課題解決領域でも必要となっています。

また、弊社がここ数年取り組んでいる行動変容やナッジも変化の時期を迎えていると肌で感じています。全体最適に向けて個を誘導するのではなく、一人ひとりの自由な選択において、判断要素の一つとして全体最適の視点をナッジ的に組込み、全体としてより調和のとれた状況を生み出していくなど、洗練の度合いを高めています。

人間中心と経済・環境との調和、さまざまな人々の立場にたってそれぞれのペインや思いに寄り添っていくこと。いずれも容易なテーマではありませんが、課題解決に向けた戦略や具体的な手立てを、模索、発見、創造していくことが私たちコンサルタントの責務だと考えています。

人が暮らす場、生きる場としての地域を、どう未来に向けてより良いものにしていくか。ワクワクする課題ですね。

江井

具体的なプロジェクトは勿論大切ですが、地域の方々と継続的に共に考え続けることのできる仕組みづくりも重要です。幸いなことに、私たちは京都※6、淡路※7、佐渡※8などで、地域の自治体、企業、大学、住民などと共創する機会に恵まれています。未来と地球全体を俯瞰しながら、具体的なアクションを一つでも多く、各地域から生みだしていきたいです。

また、「人」を起点とする視点を常に持ち続けたいと考えています。「サステナビリティ」「気候変動」と地球レベルで大きく俯瞰することも重要ですが、それらが、私たちが今日「何を食べるのか」「どんな買い物をするのか」などとつながっていることも忘れてはなりません。政府や企業、地域の活動は、人と地球、未来をつなぐ架け橋だと考え、これからも社会をデザインしていきたいですね。

TOPInsights情報未来No.70未来を描くことの価値