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情報未来

サステナブルな社会のつくり方

スペシャル対談 関 龍彦 × 江井 仙佳
~メディアの目から見た取り組み~
No.70 (2022年12月号)
講談社 FRaU 編集長 兼 プロデューサー 関 龍彦
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット ユニット長/アソシエイトパートナー 江井 仙佳

講談社が発行する「FRaU(フラウ)」は2018年12月、女性誌として初めて“1冊丸ごとSDGs特集号”を発行し、話題を集めました。

以後も10冊以上のSDGs特集号を刊行し、最近では官公庁や地方自治体とのコラボレーションも進めています。

同誌編集長 兼 プロデューサーの関 龍彦氏に、その狙いについてお話を聞きました

Profile
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SEKI TATSUHIKO
関 龍彦
講談社 FRaU 編集長 兼 プロデューサー

早稲田大学第一文学部卒業後、1987年、株式会社講談社入社。『ViVi』『FRaU』の編集者を経て、1997年、日本初のビューティ専門誌『VOCE』創刊のため新雑誌準備室へ。2004年より6年間、同誌編集長。2009年には、VOCEのTV版『BeauTV〜VOCE』(テレビ朝日)をスタート。2010年より4年間、『FRaU』編集長。2017年より現職。2018年12月、女性誌としては世界初の"1冊丸ごとSDGs特集号"を刊行し、話題に。以降、十冊以上のSDGs特集号刊行ほか、メディアとしてのSDGs発信を続けてる。

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ENEI NORIYOSHI
江井 仙佳
NTTデータ経営研究所 地域未来デザインユニット
ユニット長/アソシエイトパートナー

大手コンサルティングファームなどを経て、NTTデータ経営研究所に参加。地域計画・開発領域の知見・スキルをベースに、国の府省庁の政策立案から、社会貢献型企業の経営戦略までを行う。地方都市圏の再生やレジリエンス・防災など国土レベルでの課題をテーマとしつつ、新産業創出、ビジネスモデル構築、新技術、コレクティブ・インパクト、SDGs、エシカルなどをキーワードとしながら、身近なスケールからその解決・実現に向けたアプローチを探っている。日本都市計区画家協会理事、東京大学まちづくり大学院講師(スマートシティ論)などを兼任。国際コンペ「21世紀の京都 グランドビジョン」受賞 ほか。

SDGsをみんなで考えてほしいと考えて特集号を発刊

江井

「FRaU」がSDGsに特化した「FRaU SDGs(2019年1月号)」を発行したのが2018年12月でした。関さんは長年、女性誌の編集に携わってこられましたが、なぜSDGs(持続可能な開発目標)に関心を持たれたのでしょうか。

「FRaU」は1991年の創刊以来、30年以上になる女性向けのワンテーマ・マガジンで、コアの読者層は30代、40代の女性です。僕は「ViVi(ヴィヴィ)」や「VOCE(ヴォーチェ)」などの女性誌に編集者や編集長として携わり、2010年から4年間は「FRaU」の編集長も務めました。これらの過程で、さまざまなテーマを取り上げてきましたが、社会や地球のためになるテーマで何か発信できないかとずっと考えていたのです。

2018年の初めくらいにSDGsという言葉と出会って、「FRaU」のテーマになるのではないかと感じました。というのも、「FRaU」は大きな部数の雑誌ではないですが、幸いにしてワンテーマ・マガジンです。他の女性誌では、“1冊丸ごとSDGs特集号”というわけにはいきません。やったとしても10ページ、20ページの特集で終わってしまいます。しかし、「FRaU」ならそれができる。実現すればインパクトが出せるのではないかと思いました。

江井

それが大きな反響を生み出したわけですね。1冊丸ごとSDGs特集号を発行してから4年経ちましたが、この間の変化や手応えはいかがでしょうか。

電通さんが毎年、「SDGsに関する生活者調査」を実施しています。第1回の調査は2018年2月に行われました。そこでSDGsという言葉について「内容まで含めて知っている」「内容はわからないが名前は聞いたことがある」と答えた人は14.8%でした。それが第5回となる今年の調査(2022年1月)では、86.0%まで上昇しています。しかも、第4回調査から30ポイント以上伸びているのです。その点では、SDGsの認知はこの4年間で確実に進んだと言えます。

ただ、その86%の人たちが何か動きをしているかといえば、疑問はあります。「テレビでときどき言っているよね」というくらいで終わっているのではないでしょうか。SDGs号11冊目となる22年8月号では、「TAKE ACTION |この星と私のために、いまできること。」として、具体的なアクションにつなげるためのヒントや事例を紹介しました。「そろそろアクションに向かおうよ」というメッセージを込めたつもりです。

「FRaU」ならではのコンテンツで、読者に訴求

江井

御誌は入口の作り方が非常に上手ですよね。私たちコンサルタントにはなかなかできない。さすがだなといつも思います。

そこは結構苦心するところです。テレビの情報番組のように、お笑い芸人が出て感想を言っていればいいかというとそうでもない。そもそも女性の読者は格好のいいもの、きれいなもの、楽しいものを求めて買うわけです。それと大きく異なるものを提示されても拒否反応につながります。格好よく突き放したものを作るのは簡単です。しかし、女性誌の文脈に乗りながら、いかにSDGsを訴えかけるかが大切だと考えています。

江井

なるほど、SDGs特集号の第1号でも、最初はわかりやすい問題提起から入って、最後に「今日からできる100のこと」へとつなげていました。まさに将来あるべき姿から現在を振り返る「バックキャスティング」ですね。世界を考えながら個人に戻っていくのがとてもいい流れだと思いました。

「今日からできる100のこと」は、SDGs号の人気連載になっています。実は第1号を作るときにページ数が増えすぎて、どこかを削らなければならないということになって。そのとき「やめようか」という話も出たのです。でも僕は「やはりやるべきだ」と決めました。そこでちょっとでもぶれていたらあの連載が生まれていませんでした。

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SDGsの実現のために、メディアとしての使命を果たす

江井

2018年のSDGs号発刊から、着実に実績を積み重ねていますね。SDGs号は11冊目、「FRaU SDGs MOOK」も4冊目になります。「MOOK」では、「お金」「働き方改革」「お食」「気候危機」など、テーマも幅広くなっています。ちなみにSDGsでは30年まで達成すべき17の目標が定められていますが、関さんはどのような部分に問題意識を持っていますか。

僕自身としてはやはり気候変動ですね。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気温上昇を1.5度に抑えるためには30年までの温室効果ガスの排出量を10年比で45%減らす必要があるとしています。しかし、現状ではその達成は遠く、このままでは今世紀末の気温上昇幅は2.5度前後になる見通しです。

IPCCは温暖化に対する「緩和」策(温室効果ガスの排出削減と吸収)だけでなく「適応」策(農作物の新種の開発や災害に備えるインフラ整備など)を進めるべきと提言しています。

僕がさらに懸念しているのは、気候変動がもたらす「損失と損害」です。気候変動の大きな影響を受けるのは途上国です。途上国の人たちにしてみれば、自分たちはCO2を出し続けたわけではない、原因は先進国にあるのに、もっとも被害を被るわけです。先進国に損害賠償をしたいところでしょう。一部の先進国では途上国への資金面での支援なども行っていますが、足並みは揃っていません。その他、ロシアのウクライナへの侵攻など、地政学的なリスクも高まっています。南北間の断絶、国家間の断絶がさらに進んでしまうのではないかと、僕は本当に心配しています。

江井

私の懸念点の一つは、日本の人口減少です。

街はずっとあるものだと思っていたけれど、必ずしもそうとは言えない時代になってきます。街の消滅が身近になる時代が近くまで来ています。地方創生や防災の仕事に携わる者としては、その危機感を常に感じながらプロジェクトに携わっています。

ちなみに最近うれしい出来事がありました。22年6月に「Media is Hope」という一般社団法人が設立されました。先日、その宣言発表会が行われ、僕も呼ばれて参加したのですが、テレビ局や新聞社、雑誌社など、多くのメディアが参加していました。

彼らはスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんの影響を受けていて、気候危機について、このままではだめだと感じているのです。危機を解決するためにはオールドメディアも含めて、メディアが正しい情報を発信し、啓発することが必要だと考えているのです。「メディアなんて」と言いそうな若い世代の人たちがそう考えてくれたということに、僕たちにとっても希望があると感じました。若者がきちんと勉強したいと思ったときにそれに応える最新情報を提供するメディアを世の中に出していくことが使命だというのは以前から思っていたことですが、改めて頑張らなければと思いました。

ただ、伝えるにしても、伝えたら終わりではなく、本当は、伝えた上で、あなたはどう動いたのか?までコミットすべきだと思います。実際にはなかなかそこまで追うことは難しいですけれども、行動変容までできてこそのメディアだと思っているので、そこは常に目標にして作っています。

江井

最近は、危機感を煽るよりもむしろ「FRaU」のように、一人一人が何をすればいいのかまで教えてくれるようにメディアが変わってきていると思います。

特に「FRaU」では危機感を煽らないようにしています。必要以上に衝撃的な写真も使いません。童話の「北風と太陽」でいうならば、太陽のアプローチです。怖がらせることは他のメディアに譲って、僕たちは良くなった世界を喚起させるようにしたい。イラストを大きく使ったページがあったりするのはそういう狙いです。

江井

そのあたりのアプローチはコンサルタントも力を入れているところです。私たちも、未来をどう描くかというところにリソースを割いています。これまでの課題解決型のアプローチだけでなく、ありたい未来像からバックキャストしているやり方に変わりつつあります。

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企業とのパートナーシップで、広告もコンテンツ化

江井

環境も待ったなしですが、防災も待ったなしですね。「FRaU」にも防災の記事が掲載されていますが、イラストなどもたくさん使われていて楽しいですね。意識を変えるには分かりやすさが必要です。他にも、読者の方が関心を持ちそうな仕掛けが施されています。

先ほど、コアの読者層は30代、40代の女性だと言いましたが、実は僕はあまりターゲット像を意識していなくて、人類全体に向けて作っているつもりです。読者アンケートでも「隅から隅まで読みました」と言っていただくことが多いのですが、これは一般的な女性誌ではあまりない現象です。

例えば、広告主からお金をいただいて作るタイアップページは、興味がない商品であれば読み飛ばされるのが普通です。ところが、「FRaU」のSDGs特集号では、タイアップページもコンテンツになっているのです。セブン&アイ・ホールディングスさん、コーセーさんなどの社名も出ています。明らかにタイアップ記事なのですが、それでも読んでもらえる。それは、「この会社はSDGsについて何をやっているんだろう」と読者が関心を持つからなのです。

だから僕は広告主企業に「御社のこんな取り組みは素晴らしいです。それを僕たちができるだけ素敵に伝えますから」と話をしています。それは、広告主ではありますが、一緒に誌面を作っているパートナーと感じているからこそです。

江井

SDGsに取り組まなければならないと考えている企業は多いですが、何をすべきなのか、また、やっていることをどう伝えるべきなのか悩んでいる企業も少なくありません。中には依然としてCSR(企業の社会的責任)の延長として捉えているところもあります。

僕はよく言っているのですけれど、SDGsであっても儲けていいと思うのです。そうでないと続けられませんから。儲けることも含めてサステナブル(持続可能)な取り組みをしている企業とそうでない企業があった場合、消費者がどちらを応援したいかというと、これからはますます前者になってくると思うのです。儲けることは悪ではありません。

それはメディアにも言えて、僕たちは広告が入らないと雑誌は作れません。雑誌を世の中に送り出すためにも広告のページが不可欠です。その点でも、企業はパートナーなのです。そのあたりは僕たちの社内でもなかなか意識が共有されていなくて、第1号を出したときには「SDGs号なんだから、広告を入れちゃいけないんじゃないか」と言う人もいたほどです。

江井

消費者サイドでも一人一人が問題意識を持ち、課題を自分事として捉えていくことが大事ですね。そのためにも、具体的にアクションを促していく必要があると思います。さらに、一人の力だけでなく、みんなで同じ方向を向いて力を合わせていくということも必要だと思います。

「FRaU」では企業だけでなく、地方自治体との連携も進めていますね。

「FRaU」は昨年、新シリーズ「S-TRIP」をスタートさせました。「S-TRIP」は、「FRaU」SDGs特集の一環で、「SDGs TRIP」または「Sustainable TRIP」の略です。その第一弾として、早くからサステナブルなアクションに取り組んできた徳島県のみで構成する「サステナブルを学ぶ、徳島の旅」を発行しました。

徳島県は、ゴミをなくす「ゼロ・ウェイスト」で知られる上勝町、サテライトオフィスや移住者が多い神山町など、住民、自治体、企業が一丸となって知恵を出し合い、さまざまな取り組みを行っているSDGs先進県です。その実例をレポートしながら、名所、宿、グルメなど、旅スポットとしての魅力もお伝えしました。

江井

1冊まるごと“徳島県×SDGs”という、前例のない雑誌でしたけれど、反響は大きかったようですね。

「サステナブルを学ぶ、徳島の旅」は、徳島県庁の皆さんが非常に熱心に働きかけをしていただき、同県にゆかりのある13の企業が協力して実現しました。徳島県内では大ヒットし、重版もかかりました。その成果もあって、日本雑誌広告協会主催の日本雑誌広告賞の「広告賞運営委員会特別賞 銀賞」や、「講談社メディアアワード 2022」も受賞しました。これをきっかけに僕が飯泉嘉門知事と対談したりと、プロジェクトはさらに進展しています。

徳島県の人口は2022年10月現在で約70万人です。都道府県の人口ランキングでは最下位グループです。ただし、逆にそのようなところだからカラーも出せる。海外から上勝町や神山町に視察に来るぐらいになれるのです。むろん、上勝町や神山町も限界集落で、こうせざるを得なかった。苦しんで出した結論です。そこにさまざまな工夫がある。学べるものが実は地域にはたくさんあるのです。

「S-TRIP」はまさに、欧米に追い付け追い越せだけでなく、地域のよさを生かした日本ならではのSDGsを紹介するものにしたいと考えています。

江井

一人一人とみんながつながるというのは、とても大事な話だと思います。地域が先にあるのではなく、一人一人の人がいて、その先に地域があるわけですから。

本来は、一人一人が自立してかつ社会に貢献できるような形が望ましいです。しかし、それができないことも世の中にはたくさんあります。例えば福祉、介護の分野はそうですよね。防災もそうです。そこでやはり必要なのが助け合いであり、みんなでやることが大事になってくるのだと思います。そこをどう作っていくか、つないでいくかが大事ですね。それを支援するためにも、「FRaU」と地方自治体のパートナーシップもこれから増えてくるのではないでしょうか。

すでに静岡県富士市、東京都江戸川区などとはシンポジウムやカンファレンスなどを通じて協業を行っています。「S-TRIP」シリーズではその後、環境省とパートナーシップを組んで、「ゆっくり、冒険。ニッポンの『国立公園』」を刊行しています。

このほか、コンテンツの提供を通じて、農林水産省のエシカル消費(環境などに配慮した商品を優先的に購入すること)などの普及・啓発のお手伝いもしています。

江井

農水省のプロジェクトは、当社も「FRaU」さんとご一緒に参画していますが、漫画と学びに繋がるコンテンツとを連動させるなど、新しい形の学びを生み出しています。

NTTデータ経営研究所をはじめNTTグループの皆さんは、民間企業だけでなく、地方自治体や官公庁に幅広いネットワークを持っているので一緒にやれることも多いと思います。

江井

あるべき未来像を描くプロジェクトは、官公庁でも民間企業でも多くあります。これまでは未来像を描ききってからメディアの皆さんに相談するケースが大多数でしたが、あるべき像を描くところから、読者などを巻き込みながら一緒にやった方が良いケースもあると思います。

今日は気候、防災、人口減少など、いずれも課題が大きいという話をしましたが、逆に言えばチャンスと捉えることもできると思います。関さんもおっしゃったように日本独自のSDGsを確立する絶好の機会でもありますね。

確かに、もう一度、個人個人が見つめ直すチャンスだと思います。ウェルビーイング(心身の健康や幸福)が注目されていますが、人間の健康と地球の健康は思った以上に近いというか、イコールと言ってもいいと思います。

日本人がマインドをリセットし、日本らしさを発揮することで世界のSDGsをリードする存在になることも可能だと期待しています。

未来視点での地域づくりについては、次ページからの「未来を描くことの価値 ~ひと・経済・環境がハーモナイズした未来へ~」でも江井が詳しくお話しています。

TOPInsight情報未来No.70サステナブルな社会のつくり方