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情報未来

海外技術移転リスクに打ち勝つ国際産学連携コンソーシアムのススメ

〜参加者が全員得するプラットフォーム仕組みづくり〜
No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット シニアマネージャー 堀野 功
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット シニアコンサルタント 渡辺 光美
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット 主任 浅井 明
Profile
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HORINO ISAO
堀野 功
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット
シニアマネージャー

ニューヨーク州立大学バッファロー校卒業後、ロックフェラー公共政策大学院を経て、大阪大学大学院国際公共政策研究科(単位取得退学)。大手自動車部品メーカー、科学技術・学術政策研究所等を経て、2017年からNTTデータ経営研究所にて、産学連携、知財経営、ベンチャー支援等のプロジェクトに取り組む。

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WATANABE TERUMI
渡辺 光美
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット
シニアコンサルタント

大手総合化学メーカーのR&D部門にて研究開発、技術戦略立案、産学連携プロジェクト、海外拠点立ち上げ等を担当した後、2020年から現職。5G・半導体分野を中心に、幅広いテーマのプロジェクトに取り組む。

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ASAI AKIRA
浅井 明
NTTデータ経営研究所 先端技術戦略ユニット
主任

同志社大学大学院博士課程修了、松下電器産業(現パナソニック)にて半導体デバイスの研究開発や通商産業省(当時)の外郭団体にて半導体系国家プロジェクト運営を担当。研究企画に携わった後、同社知財部門に異動しR&D部門全体の知財戦略、産官学連携契約等を担当。2019年からNTTデータ経営研究所にて、大学知財の支援や半導体関連プロジェクトに従事。博士(工学)、修士(経営学)。

1 はじめに

一国の安全保障を適切に維持する上で、技術革新(イノベーション)は不可欠である。特に20世紀において、各国ともに安全保障を確保するために莫大な研究開発費を様々な技術領域に戦略的に投資し、それらの投資はイノベーションの向上に寄与してきた。例えば、実社会で活用されている技術の例を挙げると、①船舶などの位置を確実に把握する即位システム(GPS)、②世界中に広がる米軍基地などを分散型ネットワークで繋げるARPANET(インターネット)、③人工知能研究から生まれた音声認識ソフト(Siri)などは、全て米国国防高等研究計画局(DARPA)の研究プロジェクトから生まれた。また、宇宙開発は米国と旧ソ連の冷戦が結果的に宇宙空間におけるイノベーションに貢献したといっても過言ではない。

本稿では、安全保障とイノベーションの関係性は、20世紀型の「国内産官モデル」から、21世紀型の「国際協働モデル」に移行していることを、米国などの事例により示したい。特に、国際協働モデルでは、国境を超えた産学官連携(オープンイノベーション)が重要視されている。そして最後には国際協働モデルにおける人材マネジメントなどについても提議したい。

2 国際協働モデル

まず、「国内産官モデル」について定義する。「国内産官モデル」とは、一国の安全保障を最大限に維持するために、一国の政府が中心となり国内の産業(主に重工業)の技術革新を促進するモデルである。一例として、輸送機およびレーダーなどに係るイノベーションが挙げられる。当該モデルでは、重工業産業を中心として経済的勢力の連合体が組成されるケースが多い。一方、「国際協働モデル」とは、一国の安全保障を他国とともに維持するために複数のステークホルダーが協働し、国内外の産業の技術革新を促進するモデルである。後者においても、一国の安全保障が最も重要視されるが、他国の企業等を巻き込むことにより、経済的機会損失コストを最大限に上げることが特徴である。機会損失コストを引き上げることで、現状(status quo)から外れることに(各ステークホルダーが)メリットを感じないため、安全保障が維持される。企業の経済活動にとっても、安全保障維持は重要な要因なのである。

「国内産官モデル」から「国際協働モデル」に移行した一例として、米国の国際産学官連携コンソーシアムであるISMI(International SEMATECH Manufacturing Initiative)の事例を紹介する(図1)。ISMIは1980年代に米国半導体業界組織であるSIA(Semiconductor Industry Association)からSEMATECHとして生まれた。当初の出資は産官共同出資であり、米国国防省(DARPA/ARPA)が半分、米国の半導体メーカーが半分出資し、本部はテキサス州オースティンに置かれた。1996年には連邦政府からの資金援助を返上すると発表し、参加企業のみの運営に変わった。全米の大学等にSEMATECH Centers of Excellence(SCOE)を立上げ、米国における半導体関連技術の基礎研究の発展にも貢献した。1980~90年代のSEMATECHは連邦政府と国内企業が連携して半導体業界の底上げに促進しており、「国内の産官モデル」と言える。

一方、2000年台になると、海外メーカーの当該コンソーシアム参加増加に伴い、SEMATECHは名称に@「International」を付けたIMSIに変更した。2010年には本部をニューヨーク州に移し、当該コンソーシアムは海外メーカーを次々と巻き込んでいく。事務局はニューヨーク州立大学機構(CNSE)が担っており、ニューヨーク州を半導体開発のグローバル拠点にすることに成功した。海外メーカーにとってISMIは魅力的である。なぜなら、関連プロジェクトや莫大な研究整備などを参加メーカー間で利用できるためである。また、最新の研究動向を大学や他社の研究者などと議論することができる。

図1| 半導体コンソーシアム形態の推移

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

一方で、ISMIで創出された研究成果(特に、特許などの知財財産)は基本的には運営組織であるニューヨーク州立大学機構(CNSE)に帰属される。このように、ISMIはニューヨーク州、ニューヨーク州立大学、国内外の半導体メーカーなどが集結し、半導体研究のグローバル発展に寄与した「国際協働モデル」と言える。

ISMIの例で分かるように、産業の国際競争力を強めるためには国内外を問わず一流の企業・研究開発機関・研究者との連携強化が不可欠である。しかしながら、我が国においては、外国企業からの投資金額が諸外国と比較し低く、外国企業との連携が活発であるとは言えない状況である(図2)。

図2| R&D国内総支出に対する外国企業負担比率の推移

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出所| OECD Science, Technology and R&D Statistics database/Gross domestic expenditure on R&D by sector of

performance and source of funds(2022年1月20日時点)各国データを基にNTTデータ経営所作成

安全保障の観点から、大学においては、関係法令遵守、リスクマネジメントのための組織的なマネジメント体制の整備などが求められる。企業においては、外国からのエンジニアなどによる技術流出は妨げられないとの前提で、知的財産による保護や事業として成立するための仕組みを担保し、他国では収益化できないようにするなど、企業自体の知財経営強化が求められる。

3 大学におけるイノベーションの創出と人材育成

「国際協調モデル」では、外国からの研究者やエンジニアを通じた技術のスピル・オーバーが懸念されている面もある。一方、米国では多くの留学生が長年の米国発イノベーションを支えている。米国NSF(National Science Foundation)によれば、2015年の米国の理工系大学院入学者は約68万人であり、うち約24万人(約36%)が留学生である※1。同年の我が国の外国人留学生の比率は約19%であり※2、米国の研究室が多くの留学生によって支えられていることが示されているが、それでも米国のイノベーション・システムは揺るがず、新技術新産業を創出し続けている。イノベーションは「単発」ではなく「継続性」が必要であり、大学などの研究機関が多様性を許容し(研究成果というゴールに向けて)協働していることが分かる。

留学生による技術のスピル・オーバーとイノベーション創出速度との関係については、イノベーション創出速度が早ければ国際競争力は維持されるであろう。留学生によって創出された知的財産等が蓄積され、米国は世界で最初にそれらの研究成果を活用できる立場となっている。何故ならば、知的財産等は国籍に関わらず、研究者やエンジニアが在籍している組織(米国の大学など)に帰属する傾向が高いからである(知財の取扱いについては、当該研究のファンディングエージェンシーの規程に依存する)。また、別のNSFの統計によれば、2005年から2015年の留学生の博士取得者の米国内滞在率は約75%である。特に留学生の多い中国およびインドからの留学生の米国内滞在率は約90%と高い数値となっており※3、留学生が米国内でのイノベーションの創出および米国産業への展開に寄与している。そのため、外国からの優秀な留学生を自立的に留まらせる環境づくりも重要である。例えば、企業は海外からの優秀な留学生を早めにリクルートする必要がある。言葉の問題については、留学生は現地法人等で採用すれば問題ない。

※1 https://nsf.gov/statistics/2018/nsb20181/report/sections/higher-education-in-science-and-engineering/graduate-education-enrollment-and-degrees-in-the-united-states

※2 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400001&tstat=000001011528&cycle=0&tclass1=000001078255&tclass2=000001082515&tclass3=000001082516&tclass4=000001082517&tclass5val=0 より計算

※3 https://www.nsf.gov/statistics/2017/nsf17306/report/international-students-staying-overall-trends/stay-rates-country-of-origin.cfm

4 おわりに

世界の緊張関係は、各国の戦略的な科学技術への投資を呼び、イノベーションの引き金になってきた。我が国では、企業内の新製品の開発や既存製品の改良に用いることによりイノベーションを成功してきた。インターネットで全世界がつながった今では、一国の企業のみでのシェア拡大は難しい傾向である。場合によっては、海外の競合他社とも戦略的に協働(もしくはM&A)し、企業間国際連携によるイノベーション創出も必要となってくる。その場合、外国の研究者・エンジニアなどによる国外への技術のスピル・オーバーを危惧するよりも、国際協調(多様性)によるイノベーション創出の加速および留学生の国内定着を試みた方が、我が国にとって良い結果が得られる可能性が(米国の事例により)示唆されている。費用(コスト)と便益(ベネフィット)の分析に例えると、イノベーション加速による便益が技術スピル・オーバーによる費用を大幅に上回ると解釈できるのだ。そのため、ISMIのように、企業は大学という「ハブ」を通じて、海外企業とつながる可能性が広がる。

最後に、コロナ禍はバーチャルなボーダーレスコミュニティを加速させている。スマートフォンさえあれば、世界中のどこにいようが、世界中の誰ともつながることが出来、情報がリアルタイムに取得できる。例えば、バーチャルでのコミュニケーションが盛んな昨今では、テレワークでの国際協働が容易となる。世界中の研究者とWeb会議などでどんどんコミュニケーションを実施してみるのも効果的かもしれない。そのためのプラットフォームも必要かもしれない。これにより、そう遠くない将来、(バーチャル世界での共同研究を可能とする)「e-国際協働モデル」が産まれるであろう。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

先端技術戦略ユニット

シニアマネージャー

堀野 功

E-mail:horinoi@nttdata-strategy.com

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