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経済安全保障が求める官民技術協力とは何か?

No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 社会システムユニット コンサルタント 三藤 米利紗
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MITSUFUJI MERISA
三藤 米利紗
NTTデータ経営研究所 社会システムユニット
コンサルタント

日系コンサルティングファームを経て、現職。スマートシティや情報通信分野を中心とした研究開発・国際標準化動向に関する調査・コンサルティング業務に取り組む。

1 はじめに

2021年10月に発足した岸田内閣では、経済安全保障担当大臣が設置されたことが話題となった。2022年1月に召集された通常国会では、小林 鷹之・経済安全保障担当大臣が中心となって取りまとめた経済安全保障推進法案(以下、推進法案)が提出される見通しだ(2022年1月末時点)。本法案は、①サプライチェーン(供給網)の強化、②基幹インフラ機能の安全性・信頼性の確保、③特許非公開化、④官民技術協力の4分野から構成される予定である。本稿では、まず推進法案を中心に日本における近年の経済安全保障の取り組みを振り返った上で、推進法案を構成する1分野である「研究開発支援」に関する国内外の動向を概観する。

2 経済安全保障に関連する日本の取り組み

(1) 2020年以降の政府および与党の取り組み

近年の経済安全保障に関連した日本政府による取り組みの起点は、国家安全保障局経済班の設置(2020年4月)と言えるだろう。国家安全保障局経済班は、経済分野における国家安全保障の課題に対応するために設置された。その二か月後には与党である自民党内に新国際秩序創造戦略本部が設置され、2020年12月、「『経済安全保障戦略』の策定に向けて※1」と題した提言がとりまとめられている。この提言においては、経済安全保障を「わが国の独立と生存及び繁栄を経済面から確保すること」と定義している(なお、筆者が確認した限りでは、現時点では経済安全保障推進会議及び経済安全保障法制に関する有識者会議の資料には明確な定義は示されていない)。さらに同提言では、経済安全保障を「戦略的自律性の確保」と「戦略的不可欠性の維持・強化・獲得」という2つの考え方により推進するべきであるとしており、これらの考え方は関係閣僚が構成する経済安全保障推進会議の資料にも登場する。参考として、自民党による戦略的自律性と戦略的不可欠性の定義を左記(図1)に示す。

2021年5月には自民党同本部から「中間とりまとめ※2」が出された。この中で、戦略的自律性・戦略的不可欠性の双方において重要な一部である「技術」については喫緊の課題があるとして、技術の保全・育成について詳細に取り上げており、ここで示された内容は政府の『経済財政運営と改革の基本方針2021』に盛り込まれた。その約半年後、岸田新内閣の目玉人事として経済安全保障担当大臣が任命され、現在は推進法案のとりまとめを担当している。

このように、政府による経済安全保障への対応はこの2年間で急速に進展してきた。この背景には、あらゆる面での米中対立の深化など、日本を取り巻く環境の変化が挙げられる。また、新型コロナウイルスの感染拡大により、複雑化したグローバルサプライチェーンが抱えるリスクが顕在化したことが経済安全保障の議論を加速させたと考えられる。さらに、パンデミックによりデジタル技術の重要性が再認識されると共に、フィジカル空間とサイバー空間の統合が進むことによる新たなリスクへの対応を迫られているという背景もあるだろう。

図1|戦略的自律性と戦略的不可欠性の定義

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(2) 経済安全保障推進法案の概要

2022年の通常国会での成立が目指される推進法案は、4本の柱から構成される見通しである(図2)。また、経済安全保障推進会議の資料では、これら4つ以外にも、13の分野が経済安全保障上の主要課題として示されている。

経済安全保障推進法案の4本柱として示された分野では、いずれも大学等の研究機関や民間企業に当事者としての対応が求められるだろう。したがって、大学や企業にとり今後これらの分野に関する国内外の情勢を注視することがより重要となると筆者は考えている。

図2|経済安全保障推進法案の4本柱

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出所| 経済安全保障推進会議(第1回)資料(※3)を基にNTTデータ経営研究所にて作成

※1 自由民主党 政務調査会 新国際秩序創造戦略本部「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」(https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/201021_1.pdf

※2 自由民主党 政務調査会 新国際秩序創造戦略本部「中間とりまとめ『経済財政運営と改革の基本方針2021』に向けた提言」(https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/201648_1.pdf

※3 経済安全保障推進会議(第1回) 資料3「経済安全保障の推進に向けて」(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo/dai1/shiryou3.pdf

3 「官民技術協力」とは具体的には何か

経済安全保障の強化においては、企業や大学に対して何かしらの制約が課される場面もあることが想定される一方、図2の「官民技術協力」は先端的な重要技術への育成・支援を取り組み内容としている。官民技術協力について有識者会議がとりまとめた提言骨子※4では、先端的な重要技術の研究開発への資金提供や、産学官が参加する協議会の設置、国内外の情勢や研究開発動向の調査・分析を行う調査研究機関(シンクタンク)の設置が提案されている。

提案された協議会については、研究開発に有用な情報の提供や必要な規制緩和の検討、国際標準化の支援等の伴走支援の実施に加えて、協議会における情報管理の取り組みについても提言している。ここでは研究者やスタートアップへ広く門戸を開きながらも、「国家公務員に求められるものと同等の守秘義務を参加者に求めるべきである」との提言がなされている。

有識者会議がとりまとめた提言骨子の中では、「先端的な重要技術」について具体的な技術は示されていないものの、分野として宇宙、海洋、量子、AI、バイオなどが挙げられた。その上で、重点的に支援すべき技術の絞込みにおいては、前述の調査研究機関(シンクタンク)による調査分析や専門家の知見を活用しながら「我が国の技術的強み、諸外国の研究開発状況、社会実装に関するニーズ情報等を考慮することが必要である」としている。

他方、先端的な重要技術として挙げられた各分野の研究開発支援は、現在も「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」「ムーンショット型開発制度」「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」などにおいて実施されているところである(図3)。「統合イノベーション戦略2021※5」においても、国内外の情勢変化として「技術覇権争いの更なる先鋭化」を説明した上で、「イノベーション政策における経済安全保障を念頭に置いた対応が必要である」との記述がなされている。筆者は、既に実施されているプログラムとの連携がどのようになされていくかという点も重要な論点となると考えている。

図3|実施中の研究開発プログラム

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出所| 総合科学技術・イノベーション会議の資料を基にNTTデータ経営研究所にて作成

※4 経済安全保障法制に関する有識者会議「経済安全保障法制に関する提言骨子(官民技術協力)」(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/dai3/teigenkossi3.pdf

※5 「統合イノベーション戦略2021」(令和3年6月18日閣議決定)(https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2021_honbun.pdf

4 他国の政策

他国においても、自国の技術を保護・育成するための戦略策定や取り組みが行われている。日本の戦略的不可欠性を維持・強化・獲得していく上では、他国の研究開発動向を踏まえた視点が欠かせないだろう。ここでは、米国と欧州の例を紹介する。

(1) 米国

米国では、2020年10月にトランプ政権が「重要・新興技術国家戦略(National Strategy for Critical and Emerging Technologies※6)」を発表した。この戦略は、米国が同盟国やパートナーとの協力のもと重要・新興技術(C&ET)において世界をリードし続けるための柱として「イノベーション基盤の強化」と「技術的優位性の確保」の2つを示すと共に、重要新興技術リストを公開した。リストには、各政府機関が優先分野として特定し国家安全保障会議に報告した20の技術分野※7が挙げられている。

これに続いてバイデン政権は、2021年3月「American Job Plan」を発表した。ここでも、新興技術における米国のリーダーシップは経済競争力と国家安全保障の両方にとって重要であるとの観点から、半導体や先進コンピューティング、先進通信技術、先進エネルギー技術、バイオテクノロジーなどの分野への500億ドルの投資を表明している。

昨年4月の日米首脳会談で出された共同声明では、バイオテクノロジー、AI、量子科学、民生宇宙分野などの多様な分野での研究開発に関する両国の協力深化が確認された。また、今年1月の日米首脳テレビ会談においても、先進技術に関する協力を進めることが確認されている。

必ずしも経済安全保障の強化という枠組みの中で行われるものばかりではないものの、筆者は、これらの協力は日米を取り巻く国際情勢の変化を反映していくこととなると考えている。

(2) 欧州

欧州では、研究とイノベーションへの投資プログラム「Horizon Europe※8」による約1000億ユーロの支出が欧州委員会から公表されている。具体的な取り組み分野については、第2の柱「グローバルチャレンジ・欧州の産業競争力」の中で6つのクラスター(①健康、②文化、創造性、包括的な社会、③市民の安全、④デジタル、産業、宇宙、⑤気候、エネルギー、モビリティ、⑥食料、バイオエコノミー、自然資源、農業、環境)として示されている。

※6 White House “National Strategy for Critical and Emerging Technologies”(https://trumpwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2020/10/National-Strategy-for-CET.pdf

※7 20の分野は次のとおり。先端コンピューティング、先端在来型武器技術、先端エンジニアリング素材、先端製造、先端センサー、航空エンジン技術、農業技術、人工知能、自動化技術、バイオ技術、化学・生物・放射線物質・核(CBRN)軽減技術、通信・ネットワーク技術、データサイエンスおよびストレージ、分散型台帳技術、エネルギー技術、ヒューマン・マシン・インターフェース、医療・公衆衛生技術、量子情報科学、半導体・微細電子工学、宇宙技術。邦訳は日本貿易振興機構(ジェトロ)「米政府、重要・新興技術に関する国家戦略を発表」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/10/64bfada743af53df.html)を参照した。

※8 European Commission “Horizon Europe”(https://ec.europa.eu/info/research-and-innovation/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en

5 今後に向けて

以上、日本の経済安全保障に関する取り組みと国内外の技術に対する支援動向を概観した。経済安全保障においては規制や制約の面が注目されることが多いが、筆者は、研究開発を行う大学や企業にとってはチャンスとして捉えることもできると考える。他方、政府としては、まずは国内外の技術開発動向や他国の政策を踏まえ、経済安全保障推進法案において育成・支援の対象とする先端技術を提示することが求められるだろう。また、それと並行し、現行の取組も踏まえつつ、経済安全保障の視点から官民協力を進めるための土壌づくりが必要であると筆者は考える。引き続き、国内外の動向を注視していきたい。

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三藤 米利紗

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