logo
Insight
情報未来

リアルデータで経済を強化

No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 デジタルイノベーションコンサルティングユニット ユニット長/パートナー 木村 俊一
Profile
author
author
KIMURA SHUNICHI
木村 俊一
NTTデータ経営研究所 デジタルイノベーションコンサルティングユニット
ユニット長/パートナー

外資系コンサルティングファーム、国内大手シンクタンクなどを経て現職。専門は新規事業企画、マーケティング、CRM、営業改革など。現在は民間企業に対する幅広い領域のコンサルティングや、官公庁の調査プロジェクトに従事する。

リアルデータと経済安全保障

経済安全保障の観点から我が国は、国際社会におけるプレゼンスを今まで以上に経済的に強化していく必要があり、そのため競争力の強化は必須である。今後の競争力強化に、いわゆるデジタルトランスフォーメーションの推進は欠かせないが、その際、コアとなるのがデータであり、データが新たな付加価値の源泉となるといわれている。

データは、それ単独では意味をなさないが、上手く活用することで、新たなビジネスモデルの創出や、オペレーションの高度化、効率化に寄与する。自国のデータに関して、セキュリティを確立し、しっかりと守るという観点も重要であるが、単にデータを守るだけでなく、他国に先んじてデータ活用を推進することで、高度なAI等の技術を活用し、国の競争優位を確立することができる。

データに関する一つの分類として、「バーチャルデータ」と「リアルデータ」という分類がある。バーチャルデータは、WebのログデータやSNSなどのデータなど、デジタルサービスに付随してデジタル空間上の事象で発生したデータである。従来、ビッグデータといえば、バーチャルデータを指すことが多かった。GAFAなど、世界レベルでサービスを展開する巨大プラットフォーマーによるデータの独占問題が紙上を賑わすケースも、このバーチャルデータに関するものであった。

一方で、リアルデータとは、工場や製品の稼働状況、移動データ、生体データなど、個人・企業の実世界(リアルの空間)での活動に伴い生成されたデータを指す。本格的な取得や蓄積が進めば、データ量はバーチャルデータよりも圧倒的に多くなることが予想される。

今後、第4次産業革命を通じて産業を高度化し、国際競争力を高めていくためには、これらリアルデータの活用が極めて重要になる。

現在、リアルデータの活用については様々な取り組みが推進されており、次第に効果が見えてきている。工場などにおいては、稼働中設備の様々な状況をセンサーで把握・蓄積し、事前に故障を予測することで、生産ラインのダウンタイムを減少差せるといったスマートフォクトリーといわれる取り組みが推進されている。さらに、様々なリアルデータを駆使して構築したAIなどが実現する自動運転など、これまで、人間のみが実現してきたことの一部代行は、我々の日常生活にも大きなインパクトを与えるだろう。

広がるリアルデータの世界

少子高齢化が進み、生産人口の減少が危惧される我が国では、今後、様々な領域で今まで以上の機械化や省人化が進むことが予想される。その結果、取得および蓄積可能なリアルデータは、更に拡大することが予想される。これまでセンサーを活用したデータ収集といえば、工場の生産ラインなどが思い浮かんでいたと思うが、これからは、流通小売や物流の現場や、農林水産業などにおいても、多くのリアルデータが生成され、活用されていくことになる。

例えば、流通小売の場合、自動倉庫の導入や、無人店舗の試行が推進されている。世界最大のe-コマース企業であるアマゾンは、搬送ロボットメーカーを買収し、倉庫にて無人の自動搬送ロボット(AutomaticGuidedVehicle,以下、AGV)の活用を推進している。同社の倉庫では、商品の搬送やカートの棚への移動など、目的に応じた複数種のロボットが運用されている。但し、目的の商品を探し出してピックアップするという作業は、多くの場合、まだロボットには難しく、人間との役割分担が重要になっているという。これらの仕組みの中で、様々なリアルデータが新たに蓄積されており、AGVの高度化やオペレーションの効率化に活用されている。

無人店舗については、中国で一時期かなりの盛り上がりを見せたが、現在は落ち着いているという。これから日本で展開が進みそうな「無人店舗」は、決して無人ではない。バックヤードの管理や、品出しなど、人間の作業が望ましい作業も多いし、踏み込み型の店舗であれば、人がいなくては販売できない商品(アルコール類、タバコなど)を販売するためにも、店員は必要である。ただ、従来よりは、少人数で店舗を運営することが可能となるだろうし、これから拡大するといわれるマイクロ店舗(非常に狭い範囲で、必要なものに限定して販売する店舗)の効率的な運営などへの適用は、期待されるところである。

これらの無人店舗には、様々なカメラやセンサーが設置され、店舗の中で様々なデータが生み出されることになる。店頭在庫を棚の位置と紐づけて管理することも可能となってくるだろう。これらのデータや店内での顧客導線データを組み合わせることで、効率化などを推進することが可能となる。

農業などの現場でもセンサーを活用して、生育の状況などをモニタリングすることで、様々な効率化が可能となってくるだろう。実際に、気温や、土壌水分などを計測して、実際の作業計画に活用するなどの取り組みも試行されている。

このようなリアルデータは、我々を取り巻くあらゆる産業で生成され、活用されていくことになるのである。

「リアルデータサプライチェーン」の重要性

リアルデータを獲得・蓄積・活用する取り組みは、目指す最終的な到達点から考えれば、まだ始まったばかりといえる。現時点で多くの取り組みは、自組織内に閉じたものとなっているケースが多い。ただ、リアルデータを最大限活用するためには、自社内での活用にとどまっていては限界がある。そのため、自社を取りまくバリューチェーン(顧客や、顧客の先の顧客も含めて考える)内で、リアルデータを相互に供給・共有しあい、活用するための「リアルデータサプライチェーン」(図1)とでも呼ぶべきものが必要となってくるだろう。

図1| リアルデータのサプライチェーン(イメージ)

content-image

バリューチェーンの垂直方向(川上、川下双方あり)へのデータ供給・共有により、需要予測の精度向上や、バリューチェーン上の他企業に対する、より付加価値の高いサービス企画や提供などが期待できる。例えば、小売からメーカーに対しては、店舗で把握した顧客の店頭行動データを供給・共有することで、メーカーの需要予測精度はより高まり、最終的には廃棄ロスなどの削減にもつながる可能性がある。

コロナの様な緊急時においても、患者に利用している医療品などの状況がリアルタイムで提供・共有されれば、サプライヤーは早い段階で、必要量の確保や、流通ボトルネックの解消に動ける可能性が高い。

バリューチェーンの水平方向へのデータ供給・共有では、同業種における様々な共通業務の効率化を図ることが可能となるであろう。既に物流計画データを共有しての共同配送などが実施されている。今後は、物流に利用される車両の様々なデータ(積載データ、走行データ等)をリアルタイムで供給・共有することにより、更なる効率化を目指せる可能性もあるだろう。また、生産設備のデータの一部も供給・共有することにより、更なる生産の効率化や共同生産の推進などが可能となる。

もちろん、特に水平領域におけるデータ供給・共有にあたっては、技術戦略でいわれるオープン&クローズ戦略と同様の考え方で、差別化領域と非差別化領域の峻別が必要となる。今後は、リアルデータの供給・共有がもたらす効率化の効果は大きくなっていくことが予想される。このため、例えば、これらで得られた効率化によるコスト低減分を原資として、新たなサービスを展開することで、非差別化領域を従来より広げることも可能ではないだろうか。

リアルデータサプライチェーン 実現に向けての課題

このようなリアルデータの活用が現実的なものとなってきた背景には、5Gなどの通信インフラの高度化により、様々なデータをネットワークでやり取りすることが可能となってきたことである。また、クラウドなどの進展により強力なコンピューティングパワーを柔軟に低コストで活用できるようになってきたという周辺技術の進歩が大きい。

しかし、これらのリアルデータが、確実に流通・活用されるためには、「技術的に可能となる」だけでなく、データに関する制度やビジネス上の課題を含めて、様々な課題が解決されていく必要がある。ここでは、三つの課題について言及する。

一つは、個人データに関する扱いである。我が国では、2019年1月に、当時の安倍政権が「信頼ある自由なデータ流通(DFFT※1)」という概念を打ち出しているが、個人情報などについては、各国が同等のレベルで保護する必要がある。この面では、先進的な欧米を追いかける形で、我が国では個人情報保護法が改正され、中国でも2021年11月には、個人情報保護法が施行された。個人情報などの守らなくてはならないデータはしっかりと守りつつ、可能な限りデータを流通させ、活用することは極めて重要である。

二つ目の課題は、データ品質の確保である。流通するデータは、AIモデル等の構築に活用される。AIのモデルはインプットデータから「学習」するため、データの質が悪いと、AIモデル自体の質が低下してしまう恐れがある。ここでデータの質が低いとは、そのデータがどのようなデータであるかという、データの定義や収集条件などがあやふやなことも含んでいる。データ自体がいくら厳密に管理されていても、その「データに関するデータ(メタデータ)」が、きちんと整備されていないと、実際の活用は難しくなる。

最後の課題は、データを流通させる際の「値付け」の問題である。データの供給・共有は、相互にメリットがあるため、無償で提供しあう場合はよいとして、そうでない場合は、対価が発生する可能性がある。ただ、データは活用の方法によって大きくその価値が異なるため、その査定が難しい。単にデータを共有するだけでなく、何らかの「機能」にまで作り込んで提供する、もしくはデータの価値を認める事業者がクラウドファンディングのような形でコストを負担し、データ共有を受けるなど、様々な方法が考えられる。

多くの製造業や流通小売業を抱え、今後リアルデータを活用するポテンシャルの高い我が国は、少子高齢化など、社会課題の先進国でもある。我が国が、国際競争力の向上と社会課題の解決のために、リアルデータをいち早く積極的に活用する方法を確立し、今後の世界のリアルデータ活用をリードしていくことを願いたい。

※1 DFFT:Data Free Flow with Trust

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

デジタルイノベーションコンサルティングユニット

ユニット長/パートナー

木村 俊一

E-mail:kimuras@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4218

TOPInsight情報未来No.69リアルデータで経済を強化