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情報未来

リスクが急拡大している「経済安全保障」問題

No.69 (2022年3月号)
NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 柳 圭一郎
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YANAGI KEIICHIRO
柳 圭一郎
NTTデータ経営研究所 代表取締役社長

1960年福岡県生まれ

1984年東京大学法学部卒業、同年日本電信電話公社入社。2006年10月 株式会社NTTデータ 金融ビジネス事業本部 資金証券ビジネスユニット長。2009年NTTデータ・ジェトロニクス株式会社 代表取締役社長就任。2013年 株式会社NTTデータ 執行役員 第二金融事業本部長。2016年 同取締役常務執行役員 総務部長 兼 人事部長。2018年 同代表取締役副社長執行役員。2020年6月 同顧問およびNTTデータ経営研究所 代表取締役社長に就任。

今回の「情報未来」は「経済安全保障」がメインテーマだ。少し前までは、前回取り上げた「グリーン」に比べると、今一つ盛り上がっていないように感じていたが、ここ数日で、読者の皆さんの認識も相当変わったのではないかと思う

「経済安全保障」は、特定の国との関係の悪化に備えた特定の業種の問題と誤解されやすいが、ロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシアとの関係が悪くない国も、取引を停止せざるを得ない状況になってきている。ドイツのように天然ガスの約50%をロシアから輸入している国ですら、協調のため取引を断念せざるを得ない状況には愕然とするしかない。

経済安全保障には大きく区分して二つの側面がある。一点目は、グローバルな視点でのサプライチェーン全体の問題である。

ウクライナ侵攻により、全世界的に天然ガスや小麦が不足することが懸念されるが、この2年間も、全世界で一斉かつ急速にCOVID-19が拡大したことにより、今まで考えられなかったような問題が多く発生した。もう記憶の彼方にあるものもあるが、最初はマスク、防護服が不足し、そしてワクチン、注射器、最近では治療薬、検査キットなどの不足がクローズアップされた。さらには外国での都市封鎖による工場の不稼働、コンテナ流通停止による輸入の遅れなどの影響もあった。また必ずしもコロナ禍だけの影響ではないが、半導体の不足は多くの産業に多大な影響を与えている。もはやコメと石油さえ自給(もしくは備蓄)をしていれば安全が確保されるという時代ではないことは明確である。

企業は自らの一次調達先(仕入先)のことはよく解っていても、二次調達先やその先は解りにくい。企業にとっての調達先は、その企業のノウハウの一つであり、開示に対する抵抗感が強いであろう。しかしながら、サプライチェーン全体でどのようなリスクがあるのかを把握するためには、その可視化は極めて重要である。

なお、経済安全保障の戦略的自立性確保の重点分野としては国民生活に与える影響の大きい、エネルギー、情報通信、交通・運輸、医療、金融の5分野が定められている。特にこれらの分野の企業は自らのサプライチェーンの中で、経済安全保障観点での調達先選定ウェイトが飛躍的に高まる可能性が高い。一般的に、物品やサービスの調達先の選定は、価格、品質、納期が重視されてきた。これに加え、CO2の排出量、そして経済安全保障上の観点が追加されると想定できる。その結果として、右記5分野以外を含む多くの産業に影響を与えることとなるだろう。

経済安全保障が大事だとしても、企業は全てのリスクに対処することはできない。多くのリスクに対処すれば、コストが大幅にアップし、たちまち競争力を失ってしまう。ただ、ある程度のことを事前に想定しているか否かによって、いざという時の対処スピードが全く異なってくる。今やサプライチェーンは全世界的である。何かが不足する時は全世界で不足が発生する。早いタイミングでそれに対処できるか否かは、その後の経済活動に大きな差異を生む。従来は在庫圧縮、資本効率アップが良い経営だと言われていたが、今はコストは意識しつつも、リスクヘッジを意識した経営が求められている。リスク対策は直接には収益を産みにくいので、経営者にとっては悩ましく、決断には勇気が必要だ。

ちなみに、サプライチェーンと言うと購買や生産に意識が向かいがちだが、実は物流・販売・マーケティングやこれらを支える間接部門機能(人事やIT管理機能など)に対する経済安全保障も重要である。そういう意味ではサプライチェーンというより、バリューチェーン全体と言った方が良いのかもしれない。

経済安全保障から少し離れるが、調達先の綿花が強制労働で作られた可能性があれば非難され、開発した製品が(特に人権侵害や武力侵害目的などの)武器の部品に使用されていれば非難される。自社の仕入れ側、販売側双方に対する意識は、ますます重要となっている。

二点目の側面は「情報の保護」の観点である。ここでいう「情報」には、先進的重要技術に関する情報、知的財産、ビッグデータなどを含む。

ウクライナ問題では、サイバー攻撃、ハイブリッド戦などの脅威などが話題となっている。SNSで多くのフェイクニュースが拡散されており、アメリカ大統領選で見られた「分断」がロシア同盟国とそれ以外で起こっていることにも注目が集まっている。極論すれば、東西冷戦の時代はイデオロギーの違いが対立を生んでいたが、今は情報に関する国家戦略が対立の根本原因と言えるかもしれない。

なお、トンガの火山噴火では海底ケーブルの切断等が、通信インフラに重要な影響を与えることが明確となった。30年前に比べて、情報の価値は飛躍的に高まった。企業などの中で、情報(システム)が使用される局面が限定的だった30年前に比べ、今は情報インフラが使用不能になれば影響は大きい。また、AIなどによる自動化が進むにつれて、不正な情報が意図的に混入されてしまうと、そもそも満足な経済活動ができなくなってしまうし、偽情報による世論操作などにより、結果的に自国の安全が脅かされる可能性もある。

例えば製造業におけるノウハウは、昔は属人的で、すり合わせ技術が重視された。そこでは製品を分解して調べたとしても、すぐに同じ製品を作れるわけではなかった。ノウハウのデータ化、ネットワーク化、可視化が進んだ結果、今はノウハウに対するアクセス性が改善した一方、情報漏洩のリスクも高まっているし、情報が漏洩すればライバル企業は簡単に製品をコピー・製造することができる。終身雇用を原則としている文化的影響や日本語というバリアへの安心感もあるかもしれないが、日本企業は情報漏洩に関する感度が諸外国に比べて低いと感じる。経済安全保障はリスク管理であり、それ自体は利益を生みにくいため経営者にとって悩ましい。しかし、そのリスクはこの数年で著しく拡大していることは疑う余地はない。もはや特定5分野の企業だけにリスクがあるという状況ではない。

本号で紹介できるテーマは以上のうちほんの一部であるが、読者の皆様の何らかのお役に立てれば幸いである。

※ 2月28日現在

TOPInsight情報未来No.69リスクが急拡大している「経済安全保障」問題