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夜明け

NTTデータ経営研究所 創立30周年記念「懸賞エッセイコンテスト」最優秀賞受賞作品
No.69 (2022年3月号)
立命館大学 理工学部 機械工学科1年 上西 良彦

私のいる時代は、2035年7月6日金曜日の朝8時57分。竜の巣のような積乱雲が夏空に上り、只今、焦げ茶色の丸テーブルで憂鬱な朝食中である。料理は、母が作るのではなく、ましてやインスタントラーメンしかできない料理下手な自分が作るのでもない。この時代では、調理マシーンによって作られる。これは冷蔵庫ぐらいの大きさで、私たちが個々にはめている指輪型の計測器から睡眠、栄養状態、心拍数、消費カロリーのデータを元に全自動で作ってくれる。まさに専属シェフである。もちろん個人の好みに合わせて作られる。今朝の朝飯は、私好みのミディアムレアなスクランブルエッグと葡萄パン。サラダは、家の下の農場で作られた新鮮な採れたて野菜。野菜はLED照明によって味が変化し、好みに合わせて調合してくれる。私は少し苦みのある瑞々しい野菜が好みだ。中指に装着している指輪型計測器で健康状態を把握するため、病気の早期発見はもちろん、事前予測までも可能。健康データは国が一括管理し、医療保険の大きな削減に貢献した。87歳の祖母もこのシステムにより心筋梗塞の予兆を事前にキャッチし、助かった。今でも健康で趣味の卓球を楽しんでいる。

この時代では、スマホなんてもう博物館か家の押し入れの中にしかない。親父はスマホを記念として仕事部屋の机の左の引き出しにしまっている。今では、脳内に直接接続されているIoB機器とARを利用したメガネ型デバイスにより通話、ラインのやり取り、検索、課題の作成などが頭の中で思えばできる。「念じたらできる」に近いかもしれない。IoBとデバイスの両方があるのは、人体に埋め込むことに抵抗がある人がいるからだ。IoB機器はサイボーグの入り口かもしれない。IoB機器とメガネ型デバイスは自宅の量子コンピュータに接続されていて、「現代」でいうところのクラウド技術が応用されている。私のメガネ型デバイスは13 g程。ジョン・レノンの様な丸型眼鏡だ。念じたらメッセージが送れて便利だが、意図もしない内容が送信されることがあるのが難点。そんなことは「現代」でもよくある。例えば、誤送信が恋に発展すればいいが友人関係の亀裂に発展するかもしれない。私は未経験者だが、妹はひどい目にあったようだ。ニューロテクノロジーでは直接脳内埋込み型なので動画を見るときも脳が直に見ているため没入感が映画館と比べ物にならない。そのため、動画中毒が流行病の一つとなっている。

11時3分、私はネットショッピング中。朝から一歩も家から出ておらず、一見すれば椅子に座りながら二度寝しているようにみえる。しかし、私は脳内に送られてくる映像でショッピングモールを飛び回っている。鉄腕アトムのようにではなく、浮遊感のある宇宙ステーション内での無重力状態の移動と同じように。モールは非常に広く、歩いていたらきりがない。ショップ内は多くの人で溢れており、その視点において現代と全く変わらない。もちろん友達ともすれ違うこともある。今日は途中から友達と8階の広場で待ち合わせてして一緒に買い物。ショッピング中、物を持てば重さ、質感、光沢、肌触りなどが実感できる。脳内のチップが神経に電子信号を送るからだ。そのため、感覚は全く変わらない。現代の買い物と何ら変わらないが、買い物の場所が私たちの時代では、仮想空間内であるのだ。最近のトレンドは切手収集。「趣味の王様」が80年ぶりに流行っている。人気切手は、見返り美人図や1964年の東京オリンピック切手。様々なものがあるがもちろん値段はピンキリだ。

ショッピングが終わりソファから起きれば自宅にある半径1m程の金属の球体の前から買った品物が出てくる。この球体は、アマゾンが開発した量子テレポーテーション技術を利用した配送機械である。工業製品であれば配達が可能だ。もちろん送られてきた品物はオリジナルであり、唯一無二の存在。

14時21分。大学の授業へ。自宅は兵庫県の神戸市。大学は京都市。授業開始は14時50分から。絶対間に合わない―― 「現代」の常識でなら。ただ私のいる時代なら間に合う。ショッピング中にドローンタクシーを予約した。ただし、予約したのは私ではない。AIコンシェルジュである。AIコンシェルジュだが、個々の性格が違い、まさに人格が備わっているので喜怒哀楽があり、家族という関係性に近く何でも相談できる親友である。ただ地域によってはAIやロボットに対する差別意識が高いとこもあり、この時代では、人種差別より人間とAIの共存が大きなテーマとなっている。本筋に戻して、自宅の屋上に行けばタクシーが到着している。用事を忘れグセな私としてありがたいがAIコンシェルジュのウィンストンに叱られた。ウィンストンは私のAIコンシェルジュの名前。人格もあれば名前もある。少し内向きでふてくされている私は機内へ駆け足で乗り込む。14時35分から雷雨予報だけど操縦は大丈夫なのか。もちろんオートパイロットなので誰でも安心。赤ん坊でも乗れる。安全性は新幹線と同じである。つまり通常の事故はゼロ。飛行機自体の安全性が高いだけでなく、天気予報が三次元的に予測できるため、気流が荒い所や不安定な場所を避ければいいのだ。また全自動運転のため、機内にはハンドルがない。簡易的なリムジンに近い内装で、席は向かい合わせである。機内は、適湿適温。というよりは、個人個人お好みに合う設定がされている。音楽は私の大好きなビートルズの「a hard day's night」 が流れている。気分を晴れやかにとコンシェルジュが気を利かしてくれたようだ。タクシーは、家の屋上から離陸し、航空道路を通行する。ただここでは、現代のような渋滞が存在しない。それどころか「渋滞」は死語となっている。なぜならビックデータとAIコンシェルジュからのデータにより人の行動が予測されているからである。飛行中下を見れば大きな球体の建物が。これは、水素を用いた核融合発電所。低レベル放射性廃棄物が発生するが、世界的流れであった二酸化炭素を出さない。生活ばかりでなく社会を維持するのに必要な電力が増え続いた結果、再生可能エネルギーのみで安定的かつ大量に電力を供給できなくなり、今では核融合発電が普及している。やはり安価で大容量の発電可能なところが魅力であったのだろう。日本では、2011年の福島第一原子力発電所の事故を期に原発が減ったが2040年代頃から核融合発電所が総電力中の割合を増やし続けている。

16時20分。授業が終わりここからは、友達との雑談。議題はもちろん夏休みの旅行についてだが、行先は火星。最近流行りの旅行先である。現代では非常に時間がかかるが、未来のロケットは、オリオンロケット。原理自体は、1950年代にできている。核パルス推進ロケットなので速度は一般的な化学や水素ロケットと比べものにならない。同時に大量輸送も可能になり、料金が大規模に下がっている。感覚的に現代の海外旅行みたいなもの。1960年代に大型ジェット機の登場により航空運賃が下がったのと同じ現象が、90年ぶりに起こっているのだ。

8月23日。待ちに待った夏休みの大イベント、惑星間旅行の日だ。宇宙エレベーターの発射時刻は午後18時30分。種子島の透明で淡い海を背景にエレベーターを見た瞬間、私ばかりでなく友達もミライを感じる。まさに宇宙への玄関口である。エレベーター自体は、地上から見上げれば雲より高くそびえ、高く黒い極細のビルが数本立っているように見える。連絡船は前後が半球で、円柱の丸い窓がついた高層ビル。種子島にある宇宙エレベーター地上基地から高度57000kmにある火星連絡ゲートまで行く。私の時代では、地球を抜けるのに宇宙エレベーターを利用。電磁カタパルトで加速し、連絡ゲートへ舞い上がる。打ち上げロケットでは、地球の重力圏を抜けるのに水素燃料を大量消費するのでその分旅行代が高くなるが、エレベーターを使えば安く済む。連絡船内はロケットのように締め付けられた古典的な席に加え強烈なGに耐え座るのではなく、旅客機の席に座るようなものだ。ただシートベルトは無重力状態に備えて装着する。また、地上でマジックテープシューズを購入する。もちろん無重力になれば通路を歩くのも苦になるからだ。エレベーターが上がっていくにつれ、カプセルから見える地球は非常に美しく生命感で溢れている。万里の長城も微かながら確認できる。地球の背景には漆黒の世界が、光が永遠に反射できないほど続いている。夜なので都市部の灯りが眩しく優しく輝いている。ただ、場所によっては、暗い部分もぽつりぽつりある。これは、データを支配した国もしくは企業や個人が富を得ることができ、データを得られなければ底なしの貧困へ溺れてしまうからだ。地球上の光の明暗は、格差の明暗。20世紀は、石油を制するものが世界を制したが、21世紀は、データを支配する者が世界を制する。現代は石油が湧く場所が重要だが、私たちの時代は、データが湧く場所が大事である。石油の一滴は血の一滴から1ギガが血の一滴になったのだ。

参考文献

「宇宙はどこまでいけるか」 中公親書 小泉宏之

「AIの壁」 PHP新書 養老孟司

「ハイブリット戦争」 講談社 廣瀬陽子

「イーロンマスク次の標的」 祥伝社 浜田和幸

「2030年すべてが加速する世界に備えよ」 ニューズピックス ピーターディアマンディス/ スティーブンコトラー

「2025年を制する企業」 SBクリエイティブ 山本康生