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Embedded Banking

~「組み込まれてつながる」バンキングへ~
No.67 (2021年6月号)
NTTデータ経営研究所 金融経済事業本部 金融政策コンサルティングユニット エグゼクティブスペシャリスト 上野 博
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UENO HIROSHI
上野 博
NTTデータ経営研究所 金融経済事業本部 金融政策コンサルティングユニット
エグゼクティブスペシャリスト

都市銀行からシンクタンク設立に参画し、オープン系SIer、マーケティングコンサル企業、外資系ベンダーを経て現職。金融機関にとって新しい分野であるBPR、マーケティング、デジタル化等のコンサルティングに一貫して従事する。ブレット・キング著「拡張の世紀(Augmented)」「Bank4.0〜未来の銀行」翻訳。

デジタルが、あらゆる活動の入口になる時代が目の前に来ている。デジタル化では、データを介して様々なものがつながり、個人や組織の活動にかかる「フリクション(時間、コスト等の負担)」が大幅に低減される。その中で未来のバンキングはどんな姿になるのだろうか。ここではその思考実験をしてみたい。

1 デジタルが入口となる時代の到来

10年後の社会を想像するために、まず現状を確認してみよう。通信動向調査(令和元年)によれば、個人のインターネット利用状況は、全体で89・8%となっている。13~69歳では90%超で、ほぼ皆が使っていると言ってよい。高齢者では比率が下がるが、70代、80歳以上とも前年比では大きく上昇している。その後のコロナ禍の影響を考えれば、直近ではさらに増加しているだろう (図1) 。

図1| インターネット利用状況

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出典| 令和元年通信利用動向調査(総務庁)よりNTTデータ経営研究所にて作成

スマートフォンの普及率では、13~59歳が70~80%台である一方、60代は55・6%、70代は27・2%と、ここでも高齢層で比率が低下する。しかし10年経てば年齢層が持ち上がるから、60代までも8割近い人々がスマホを使っているとみてよいだろう。つまり10年後には、スマホを通じて、ほとんど誰もがいつでも・どこからでも、様々な情報やサービスにアクセスする時代が到来するのだ。

したがって、10年後の社会における個人や企業・組織の活動は、入口がデジタルであることを前提として考えるべきだろう。商品・サービスの提供は、「デジタルが主、リアルが従」でデザインされることになる。バンキングもその例外ではない。

2 バンキングのデジタル化だけでは不十分

多くの金融機関で、バンキングのデジタル化が進みつつある。業務のIT化が普及する一方で、個別業務の前後や狭間にある入出力や情報収集・転記・集計などの作業では、紙依存と手作業がかなり残っていた。それらが、タブレット+AI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やBPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)ツールなどの活用によってデジタル化+自動化されつつある。また、判断を伴う業務でも、ルールベースのものやQ&AにはAIが適用され始めている。融資においては、財務情報以外の多様なデータの分析に基づいて信用判断を行う動きが出ている。膨大な事務とルールの塊だった銀行業務は、かなりの部分が機械化されることになるだろう。

その結果、店舗や窓口、バックオフィスでの作業はほとんどなくなる。ヒトが携わる活動は、例外的か前例が少ないケースの判断、リモートを含む顧客とのコミュニケーションや相談対応・コンサルティングが中心になっていく。バンキングは「場所」ベースから、「デジタル+ヒト」ベースへと移行していくだろう。

一方、人口減少に伴って市場は縮小に向かいつつあり、商品・サービスはコモディティ化が進んでいる。こうした環境下では、競争が激しくなり、差別化が難しいためユーザーの価格指向が強まる。統合を通じて規模拡大+コスト低減を目指す途もあるが、それに過度のコストと時間を費やすと、環境変化への対応が遅れるリスクを負うことになる。バンキングのデジタル化だけで勝ち筋を見いだすのは容易ではない。求められるのは、強みを活用して新たな収益源の確立を目指すことだろう。低収益環境が続く中とは言え、現行ビジネスの大幅な効率化を実現しつつ、そこで生じるリソースを新たなビジネスの立ち上げに注ぎ込む「両利きの経営」という難題に取り組む必要がある。そして新しい分野においてもデジタルの活用は必至である。

3 組み込まれるバンキング

新しいビジネスへの取り組みのポイントは、顧客のデジタル活動のプロセスの中に入り込むことだろう。顧客からみたバンキングは、何かの目的を実現するための金融の「手段」である。手段にかける手間やコストは小さい方が望ましく、店舗も訪れなくて済むに越したことはない。一方、デジタルの特性は、様々な活動主体がデータを介してリアルタイムに「つながる」点にある。したがって、顧客がデジタル上で目的に向けて行動する一連のプロセスの中に、他のサービスとともに金融手段が入り込み、それらがシームレスにつながればよいと考えられる。

現在でも、EC(電子商取引)で商品・サービス購入の支払いを行う場合は、ECサイト上でクレジットカード情報を入力すればよい(カード情報を事前登録しておけば入力も不要)。背後でデータがカード会社に連携され、別途支払い手続きを行う必要はない。前出の通信利用動向調査では、20~59歳のインターネット利用者の約7割がネットで商品・サービスを購入しており、うち約8割がクレジットカード決済を利用している。EC市場ではすでに、カードという支払い手段が購買プロセスの中に入り込んで普及しているのだ。

利用者からすれば、購買行動の中に組み込まれた金融機能が必要な場面で登場するから、フリクションが小さい。バンキングでも同様の展開が想定されよう。つまり、組み込み型バンキング(Embedded Banking)が今後の大きな方向性であると考えられる。

さらに進めば、その場面でアドバイスや提案を行うことも可能だろう。「Bank4.0~未来の銀行」(ブレット・キング著)では、そうした将来像が描き出されている。Amazon Echoという音声デバイスのユーザーが、スピーカーの先にいるAI(アレクサ)と対話しているシーンだ。

ユーザー

「アレクサ、新しいXbox One Xを注文して」

アレクサ

「それはできません。今月の推奨支出限度をもう大きくオーバーしています。私のアドバイスを無視して買物を続けても構いませんが、そうすると計画している休暇用のおカネがなくなりますよ」

(注:Xbox Oneはマイクロソフトのゲーム機)

ここでアレクサは、ユーザーが設定した支出限度額と現在の支出状況、そして他に積立てている金額等のデータを踏まえ、命令を実行する前に情報提供を行っている(現在のアレクサにはこの機能はない)。さらにその場で貸越しなどのクロスセルを行うことも可能だ。

4 つながるバンキング

組み込み化が進むと、金融機関が商品開発、デリバリー、顧客接点等の機能をフルセットで保有・提供する必要はなくなるだろう。新しいビジネスモデルは、バンキングを包含しつつも、他とつながって特色あるサービスを提供するものになると予想される。ここではその方向性として、(1)インフラ化、(2)エージェント化、(3)プラットフォーム化の3つを考えてみたい。

(1)インフラ化

耳障りのよくない言葉で言えばこれは「土管」ビジネスだ。中を通るコンテンツには関係なく、利用の量や頻度などに応じて、あるいはサブスクリプション的に課金するモデルである。BaaS(Banking-as-a-Service)はその一種と言える。有り体に言えば、これまでの金融機関のビジネスは実質的に「土管」を提供していたに近い。おカネの出入口と滞留場所は提供していても、中を流れるおカネに対する付加価値の強化には十分注力してこなかったからだ。

インフラ化は、その土管に特化し、顧客接点は他のプレーヤーに任せるものと言える。十分な数の出入口を持つことで流量を確保するとともに、ローコスト運営の能力が求められる。他に有力な収益源を持つプラットフォーム型プレーヤーとの体力勝負にならないように、棲み分けや協業の仕組みを考える必要があるだろう。

(2)エージェント化

顧客にとって金融面での「執事」的な存在となり、業務代行、問題解決やアドバイス、非金融商品・サービス販売などの各種サービスからフィーを得るモデルである。現在、金融機関に対する業務規制の緩和が行われつつあり、金融以外の様々なビジネスへの進出の機会が作られているのは、この方向性に沿ったものと考えることもできる。前出のアレクサが提供していた機能もこれに含まれる。

このモデルの実現のためには、非金融も含めた顧客の活動情報を幅広く入手できることが条件となる。顧客の情報銀行的な立ち位置を築くことができれば、このモデルの可能性が見えてくる。ただし、例えば法人顧客は、金融機関の優越的地位の濫用に敏感であり、情報開示に必ずしも積極的ではない。「執事」は主人の信頼の下で情報を管理し、業務を代行するものだ。そのため、いかに顧客の信頼を得るかがポイントとなるだろう。

(3)プラットフォーム化

これまでのプラットフォームビジネスは、スピードと拡張可能性の点からネット上での展開が主流だった。今後プラットフォームは「ネット+リアル」の方向へと進化し、テーマ別に分化すると考えられている。トヨタは、自社の将来のあり方を「MaaS(Mobility-as-a-Service)ビジネス」と位置づけ、移動をテーマとするプラットフォームを提供しようとしている。新たなビジョンである「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」からは、脱・自動車の方向性が見てとれる。

プラットフォーム化は、非効率なリアル活動が残る「場」を見つけてデジタル化することを通じて、場の総取りを図るものだ。例えば、SMFGとコマツが設立した「ランドデータバンク」は、工事現場のデジタル化を通じて現場作業の大幅な効率化を行うとともに、そこで生じる金融を一手に引き受けようとするものと言える。また北國銀行が設立に関わった「山中漆器コンソーシアム」は、職人間の分業と連係が多い漆器製造プロセスの効率化を実現しており金流もそこに含まれる。ポイントは、こうした非効率な「場」を見つけ、関係者を巻き込んだエコシステム構築を主導することだ。そこでは、金融だけではなくビジネスや業務に関する深い理解が必要となる(図2)。

図2| 顧客支援エコシステム(イメージ)

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出典| NTTデータ経営研究所にて作成

「未来の銀行」の実現に向けては、「バンキングのデジタル化」を超えた大胆な取り組みを進める必要がある。非金融ビジネスの成功要因は、バンキングとは大きく異なる。いずれのシナリオに向かうにせよ、試行錯誤を繰り返しながら、新しいビジネスの勘所を見定めることが求められる。

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