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情報未来

「デジタル維新」の風を読む

~海外のデジタルガバメント動向からみる、我が国のデジタル社会形成の在り方とは~
No.67 (2021年6月号)
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット アソシエイトパートナー 河本 敏夫
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KAWAMOTO TOSHIO
河本 敏夫
NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット
アソシエイトパートナー

総務省を経て、NTTデータ経営研究所に参画。中長期の成長戦略立案、新規事業開発、産官学連携、DXを得意とする。スポーツ・不動産・メディア・コンテンツ・教育・行政情報化・街づくりなど幅広い領域が守備範囲。業界を問わず、世の中にない新しいテーマの発掘・解決に挑戦し、社会的インパクトを伴うプロジェクトを多く手掛ける。

1 いよいよ動き出したデジタル社会形成

令和3年5月12日、デジタル改革関連法が成立した。デジタル社会形成基本法、デジタル庁設置法などを含む6法の総称だ。これにより、昨年(令和2年)12月に策定された「デジタルガバメント実行計画(2020)」と併せて、今後の我が国デジタルガバメントの中軸が定まり、動き出した格好だ。これまで「デジタル敗戦」などと揶揄されてきた我が国のデジタルガバメント政策であるが、今度こそ実効的成果を期待したい。しかし、ご案内のとおり今回の法律や実行計画は数か月の突貫で作り上げたもので、まだ詳細未定であったり、各省のバラつきがある部分も残っている。国民としても「総論賛成」ではあるものの、今後の見通しが気になるところではないだろうか。

奇しくも、今年はNHK大河ドラマで渋沢栄一をモデルとした「青天を衝け」が放映されており、黒船が来航し、明治維新前後の我が国の「トランスフォーメーション(維新)」に注目が集まっている。筆者は、経済産業省「諸外国デジタルガバメント先進事例実態調査」などを主担当として実施した。その際、海外のデジタルガバメントの戦略から具体策までを俯瞰的視点から比較することによって、我が国を客観的に捉えることができる知見を得た。

そこで、本稿では、「黒船」たる海外諸国のデジタルガバメント(以下、デジガバ)動向も踏まえて、我が国の「デジタル維新」をどう実現していくかに関して私見を述べる。

2 各国のデジガバの目的(狙い)

昨年閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」では、デジタル社会のビジョンとして「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を進めることが掲げられている。「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」とはなんだろうか。「現状は、取り残されている人がいて、デジタル化によって取り残されなくなる」という意味か?それとも「デジタル化すると取り残される人が出る懸念があるので、取り残さないように注意する」という意味か?政府の意図は定かではないが、筆者は、「誰も取り残さない」という視点だけでなく、社会全体のデジタル化によって以下に挙げるような「新しい価値をつくる」という視点も重要だと考えている。

  • 人口減少が深刻化しても、生活者がイキイキと暮らせる社会をつくること
  • データ資源の価値に着目し、国の競争力を担う民間の活躍を促進すること
  • 信頼でつながるデジタル社会を創ること

さて、海外では、どのような狙いでデジガバを推進しているのであろうか。英国、デンマーク、エストニア、韓国、オーストラリア、フランスなど13カ国を並べてみると、

緊縮財政を目的とした国が多く、

社会全体のデジタル化や、国民の利便性向上を主目的とした国は少ない事が分かる(図1参照)。

2000年頃からデジガバに取り組み、古くから「デジガバ先進国」として知られる国々には、国の財政破綻や経済危機に直面して、効率的な電子政府が必要であったり、IT投資や政府職員の人件費を抑制する必要が生じたりして、強い危機感をもって抜本的なデジタル変革を推進してきた国が多い。高齢者のためにアナログな方法を残す、既存のルールを前提としてレガシーシステムを残す、という余裕はなく、「高齢者にも使いやすいデジタルサービスを作る」「国民にデジタルサービスの利用を義務化する」「デジタル化にそぐわないルール自体を見直す」というようなやり方をした国もある。

2010年以降に本格的なデジガバに取り組んできた「デジガバ新興国」では、デジタル化による価値を前面に出して、人口減少や医療費増大などの社会問題解決や、個人や民間企業の活躍の機会を広げるために「社会全体のデジタル化」を進めようとしている。

我が国が2020年代にデジガバに取り組むためには、「強い危機感」を持ちつつ「新しい価値を生み出す社会全体のデジタル化」を目指すことが必要だろう。

図1| 各国デジタルガバメントの主眼(筆者理解)

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

3 社会全体のデジタル化を実現するための論点

以降で詳細を述べるが、政府が発表している資料の「まとめ直し」では意味がないので、ここでは、あえて論点の網羅性は捨て、筆者が特に重要と捉える論点だけをあげる(図2参照)。

図2| 社会全体のデジタル化を実現するための主な論点

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

※1 一度提出した情報は、二度提出することを不要とする。

(1) 社会基盤としてのデジタルインフラの整備

日本政府は、デジタル化のための基盤として、ベースレジストリ(基本データ)の整備、政府共通クラウド「Gov-Cloud」の構築に注力する方針だ。参考になりそうな海外の事例をみてみよう。

① シンガポール

国民IDや不動産IDといった国民や国土に関する基本情報について統一的な利活用環境が整備されているのはもちろん、「バーチャル・シンガポール」のようにセンサーネットワークを用いて、環境データや公共衛生データ、交通状況データ、建物のBIM(建築物に関する情報のモデリング手法)データなどが利活用可能な状況で整備されている。「スマートネイション構想」は、まさにデジタルガバメントとスマートシティが融合した政策といえる。また、クラウドファーストの方針のもと、2023年までに秘密度の低い政府システムの70%をクラウドに移管する計画だ。

② 韓国

住民、住所、事業者、土地だけでなく、資格免許、建築物、自動車、医薬品などの14カテゴリーで、国の基準データ(ベースレジストリ)が整備されている。また、政府のクラウドプラットフォーム「Gクラウド」は2011年に導入されたその後、クラウドコンバージョン率は、('16年)25・80%→('17年)32・93%→('18年)39・96%→('19年)46・63%と年々拡大中だ。なお、クラウド導入チェックリストがあり、情報資源の重要度に応じて推奨クラウド環境が定義されている。

③ エストニア

エストニアでは、国家としてのデータベース管理が徹底されており、公共情報法により重複データの収集が禁止されている。収集したデータの構成などを変更する場合、データベースの技術文書について担当省庁と調整する必要がある。また、データ交換基盤のX-Roadは有名であるが、国外(ルクセンブルクなど)に「データ大使館」を構築して国家の情報のバックアップを保存していることはあまり知られていない。

④ カナダ

カナダでは、30年間見直されてこなかったAccess to Information Actをデジタル時代に合わせてアップデート。また、エストニアのX-Roadと似た概念のCanadian Digital Exchange Platform(CDXP)と呼ばれるデータ交換基盤の構築に取り組み中であり、州政府間でID資格情報を共有し、アプリケーションの相互連携を実現しようとしている。

〈筆者の意見〉
ベースレジストリの整備は、ワンスオンリーの行政サービスを提供するうえでも、スマートシティで活用するデータを拡充するうえでも重要だ。ただし、明治期から維持してきた過去のデータ資産を見直し、未来に向けて使えるデータの整備を行うことは極めて難易度の高いチャレンジであることを認識する必要がある。また、政府クラウドに関しては、システムコストに着目し、原則クラウド化を進める前提で、クラウド利用の基準・ルールを明確にしていくことが必要だろう。

(2) 地域と国は、ユーザ視点を軸に分業体制を見直し

日本政府は、地方公共団体情報システムの標準化を進めようとしている。住民基本台帳や児童手当など17業務を対象に、国が定めた基準に適合したシステムの導入を自治体に義務付ける方針だ。参考│Info-Future® No.67 June 2021になりそうな他国の事例を挙げたい。

① デンマーク

地方自治体の共通戦略を策定し、地方自治体が出資する非営利企業によるシステムやサービスの共同調達を実現している。2017年に「公共自治体インフラ」を整備。中央省庁・地方自治体間のデータ交換を円滑にするための共通基盤を、自治体負担で構築・運用している。

② 韓国

地方自治体向け行政システムを、自治体が個別に構築するのではなく、政府統合情報システムとして構築されている。利用は強制ではないが、国の委託事務および共通業務が自治体業務の70%以上を占めており、地方の特色を出せる部分は僅少。申請様式はすべて共通化されている。初期のシステム開発費全額とインフラ構築費の5割は、政府負担だが、サーバ費用などは、自治体が「人口割」で費用負担している。ただし、自治体当たりコストは、日本の6分の1未満だ。

③ 中国

全国どこからでも政府・自治体のサービスがオンラインで利用できる「インターネットプラス 政府サービス」を構築。国家級プラットフォーム、省級プラットフォーム、地市級プラットフォームの三つの階層からなり、各階層間ではサービスデータ共有プラットフォームを通してデータ交換・データ共有などを行っている。自治体ごとにアーキテクチャーが異なることから、自治体同士でどの部分の機能を共通化するかによって、3つの構築方式を許容している(すべて統合、業務システムのみ統合、サービスポータルのみ統合)

〈筆者の意見〉
日本には地方自治制度や地方財政制度があるため、政策や業務そのものが自治体間で統一されていない。システムだけを標準化しようとしても不可能であり、大胆な業務改革(BPR)を推進することが不可欠だろう。ただ、それを担うだけの人員・体制が自治体で十分確保できるとはいえず、サポートする組織・機能の整備が必要だ。また、国民目線でシームレスなユーザ体験を提供するために統一的なインターフェースが求められること、自治体の事務に国からの法定受託事務が含まれることなどから、国と地方の役割分担の見直しも議論しなければならない。

(3) マイナンバーをキーとした「官民APIエコノミー」の形成

政府は、マイナンバーを活用した情報連携の拡大などによる行政手続の効率化、マイナンバーカードの利便性の抜本的向上などを掲げている。海外の事例をみてみよう。

① インド

インドでは、国民IDであるAadhaar(アドバー)をベースとしたAPIの集合体の構築を進め、それを後に「India Stack」と命名した。国民の銀行取引、住宅ローンの契約、携帯電話の利用といった行為に加え、政府職員の勤怠管理(出退勤の記録)もAadhaarによる生体認証や12桁の数字を使って行うようになってきている。様々なSD K※2やAPIが公開されており、本人確認や本人に紐づく決済、医療といった各種サービスの既存システムへの組み込みや、新規サービスの開発が可能となっている。

※2 ソフトウェア開発キット

② シンガポール

シンガポールでは、国民IDである「SingPass」が様々な用途に活用され、個人情報管理サービスの「MyInfo」を用いれば、行政手続のために何度も同じ情報を入力する手間を省くことができる。利用可能な行政サービスは、服薬管理、出産休暇・手当の申込、車両所有権の移転など56の機関・250以上のサービスにわたる。また、APIが開放されており、金融機関の口座開設手続、住宅ローン申し込み、クレジットカード申込などはもちろんのこと、オンライン求人広告登録ユーザの本人確認など、300以上の民間サービスに利用されている。

③ オーストラリア

2019年に政府サービスのための高セキュリティ認証基盤myGovIDを導入。オーストラリアでは、共通ID制度を持たないため、従来から複数の本人確認書類の証明力の合算で本人認証を行う方法(100ポイント制)をとっていた。myGovIDはその方法をアプリに置き換えたもので、アプリに複数の本人確認書類を読み込ませてアカウント登録を行う。75以上の行政サービスで利用できる。

〈筆者の意見〉
マイナンバー(を活用した本人認証)に関しては、日常的に国民がメリットを感じられる利用シーンをどれだけ増やせるかが成否のポイントだ。行政だけでなく民間への利用範囲を拡大するための官民APIエコノミーの形成が欠かせない。また、マイナンバーカードの取得にそれなりの手間がかかる中で、マイナンバーカードの普及が目的化してしまうのは本末転倒である。政府のオンライン認証基盤の普及のためには、「マイナンバーカード」という媒体にこだわらず運転免許証やパスポートといった既存IDの活用も検討すべきではないか。

(4) 市民参加型のデジガバ

政府のデジガバ実行計画には、「マイナポータルで提供する機能を、行政機関だけでなく企業や市民団体などの民間組織に対してもAPI として提供することで、新たな行政サービス・ 民間サービスの開発につなげる」という記述がある。これは市民団体が行政サービスの作り手・担い手になることを暗に示していると読み取れる。海外の事例をみてみよう。

① デンマーク

児童教育省と雇用省、経済成長省の3省庁が設置したフューチャーセンター「マインドラボ」で現場観察や市民との対話をもとに行政サービスの改善に取り組んできた(現在は、「破壊的タスクフォース」が後継組織となっている)。デンマークのまちづくりでは、産・官・学・民の4者がらせん状にかかわりあいながら連携していく「クワドロ・へリックス(Quadro-Helix)」が実践されている。この地域にどんな未来を描きたいか、ビジョンや価値観を産官学民で対話しながら共有し、そしてそれぞれの強みや個性を生かしてアクションを進めていくことが重視されている。

② スペイン

オープン・データの利用などを通し、市民自らが課題を発見・共有し新たな政策を提案するためのオンライン参加型プラットフォーム「デシディム」(Decidim)が2016年から運用されている。交通渋滞や大気汚染、環境の悪化、社会的格差といった都市が抱えている課題について、市民の参加、行政との協働、お互いの関係を豊かにしていくことを通じて解決の糸口をみつけようという考え方だ。2019年までに、すでに市民の70%が登録し、9000以上の市民からの新たな政策提案が集まっているという。また、政策立案時の合意形成のために、データによる可視化を活用している点も興味深い(例えば、交通規制を変えることで交通渋滞がどのように変化するかのシミュレーションなど)。

③ 台湾

台湾では、シビックテックの活動が活発であり、また、政府が市民参加型のオープンガバメントのプラットフォームを用意し、実際の政策立案プロセスに関与することができる。「v台湾」という市民が立法プロセスに参加するためのオンライン討論プラットフォーム、「Join」というオンライン政策参加プラットフォームが代表例だ。

〈筆者の意見〉
我が国にも、政策に対して国民が意見を述べる機会として、「パブリックコメント(パブコメ)」があるが、デジタル変革では、より一層ユーザ視点が大事だ。スピーディーに直接ユーザからのフィードバックを受けられる仕組み、データという共通言語を介して合意形成を図る仕組み、市民が行政サービスの受け手となるだけではなく、作り手や担い手として主体的に参加することを促す仕組みが不可欠だ。

4 最後に

(1) デジガバ新興国に学べ

我が国には、我が国ならではの課題があり、海外事例をそのまま真似ることはできない。海外事例に「答え」を求める姿勢は危険だ。ただし、海外諸国が過去に取り組んできたことからの教訓や、世界標準として議論されている内容を、ウォッチしておくことは有意義だろう。世の中では、「デジガバ先進国」が注目されがちで、中国、カナダ、オーストラリアなどの「デジガバ新興国」への関心が低い。しかし、これらの国々は2020年代に相応しい最新技術を用いて一足飛びに最先端のデジタルガバメントを構築しようとしており、我が国の現状と照らして参考にすべき点が多く、相互に協調できる余地も大きい。本稿をきっかけに関心を持っていただければ幸いである。

図3| 社会全体のデジタルが目指すべき姿

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

(2) 抽象論を脱したスマートシティ×デジガバの検討が不可欠。

我が国では、スマートシティの議論が抽象論になりがちだ。本来は、地域の特性や実情に即したビジョンと住民視点の戦略が欠かせないし、サービスが官民に跨ることから、行政単独、民間単独での事業開発には限界がある。NTTデータグループでは、山形県酒田市との4社連携協定を締結するなど、地に足のついた市民参加型、官民連携のデジタル変革(=スマートシティ戦略)をサポートしている。デジタルガバメント戦略と歩調を合わせ、地に足のついたスマートシティの検討を進めたいという場合には、是非ともお声掛けいただきたい(図3参照)。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

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河本 敏夫

E-mail:kawamotot@nttdata-strategy.com

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