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世界最先端を行くILC計画と地方創生

No.67 (2021年6月号)
日本郵政株式会社 社長 増田 寛也
NTTデータ経営研究所 取締役会長 宮野谷 篤

最先端技術のILCプロジェクト(国際リニアコライダー)。その研究施設の候補地として岩手県が選ばれ地元は盛り上がっている。これが日本の基礎研究力強化や地方創生のモデルになるのか? ILC百人委員会の委員長でもあり、岩手県知事の経験もある日本郵政株式会社社長の増田寛也氏にお話を伺った。

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MASUDA HIROYA
増田 寛也
日本郵政株式会社
社長

1977年に東京大学法学部卒業後、建設省入省。

千葉県警察本部交通部交通指導課長、茨城県企画部鉄道交通課長、建設省河川局河川総務課企画官、建設省建設経済局建設業課紛争調整官を経て1994年に建設省退職。

1995年から2007年まで岩手県知事を3期務めたのち同年8月より2009年まで総務大臣を務める。

2009年4月東京大学公共政策大学院客員教授および野村総合研究所顧問に就任。

2020年1月に日本郵政株式会社社長に就任、現在に至る。

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MIYANOYA ATSUSHI
宮野谷 篤
NTTデータ経営研究所
取締役会長

岩手県出身。1982年に東北大学法学部を卒業、日本銀行に入行。以来36年間勤め、金融機関経営のチェック、金融市場調節・リサーチの仕事を長く経験。NY事務所にも勤務。

その後、白川前総裁時の秘書役、金融機構局長、名古屋支店長、理事・大阪支店長を経て2017年に本店理事に就任、2018年5月に退職。2018年6月より現職。

最先端の素粒子研究で、宇宙誕生の謎を解明する

宮野谷

私は昨年6月、岩手銀行の社外取締役に就任し、そのご縁で、先般ILC100人委員会のメンバーに加えていただきました。今回は、いわば「岩手県つながり」で対談をお願いした次第です。よろしくお願いいたします。

増田

よろしくお願いいたします。

宮野谷

まずILC計画についてお伺いします。私は岩手県人ですので、ILCのことを漠然とは知っています。リニアコライダーとは、電子と陽電子を直線的にぶつける巨大な実験装置ですよね。ダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』には、スイスのCERN※1(欧州原子核研究機構)の円形加速器が登場しますが、その中のビッグバンの再現シーンに興奮しました。この装置で宇宙誕生の謎が解けるのならワクワクしますが、実際にどのような意義があるのでしょうか。

増田

以前、素粒子物理学の大家の、小柴昌俊先生や戸塚洋二先生とお会いした際、「北上山地の地質が花崗岩質で大変優れているので、ぜひ大型の素粒子加速器を作りたい」という話を伺いました。その後、ジュネーブ近郊のCERNを訪問し、所長と面談した際、私も「この実験は何の役に立つんですか」という素朴な疑問をぶつけました。所長は、「実験や研究の結果が、すぐにこれこれの面で役に立つということは言い難いが、近年の様々な新技術の基礎にはCERNの研究成果がある」と話してくれました。

宮野谷

具体的には?

増田

インターネットのWWWという技術は、CERNが発祥です。また、CERNの技術は、遺伝子構造を解析した創薬にも役立っていますし、がんのPET検査もCERNの研究が基になっています。CERN発の技術や副産物は、幅広い分野で役に立っているんですよ。

宮野谷

素朴な疑問はもうひとつあります。CERNの加速器は円形ですが、ILCは直線です。直線は何が良いのですか?

増田

はい。CERNの加速器は全周27㎞の円形の装置です。電子と陽電子の素粒子を光速近くまで加速してぶつけるのですが、遠心力を磁力で抑えながら加速するには限界があります。ですから、究極は直線で衝突させた方が良いということになるのです。

宮野谷

なるほど、リニアの方がより加速するということですね。

増田

それだけではありません。円形装置よりも直線装置の方が拡張時のコストが小さいというメリットもあります。CERNの加速装置は最初から全周27㎞だったわけではなく、小さな装置から徐々に拡大していったものです。円形の場合、規模を拡大するにはトンネルを作り直さねばならない。その点、直線の装置を延長する場合は、既存設備の両端を延ばしていけばよいのです。

宮野谷

CERNの設備は稼働から50年以上も実験を繰り返していますが、ヒッグス粒子※2という衝突の生成物が現れるのは、10億回に1回なんだそうですね。

これは、気が遠くなるような数字です。

増田

私がCERNを訪問したのは、ノーベル賞につながるヒッグス粒子発見の少し前でした。当時の所長は、「必ず見つける」というすごい意気込みで、あと少し実験を重ねて論文を整理すればノーベル賞もいけるんだと…。未知の分野に初めて光を当てるという熱気が研究所内に満ちていましたね。

宮野谷

ILCは直線でロスのない加速器になるので、10 億回に一回の発生が、100万回に一回程度と、大幅に改善できると聞きました。

増田

それでも、実験成果が出るには時間がかかると思いますが、ILCが完成し、成果物の発生頻度が大幅に向上すれば、応用できる範囲が飛躍的に広がる可能性があります。福島の原発事故の影響は今後何万年も残ると言われていますが、場合によっては、それを数千年単位まで縮めることが可能ではないかという指摘もあるんですよ。

※1 CERN:欧州原子核研究機構。Conseil Européen pour la Recherche Nucléaireの頭文字をとったもので、通称CERN。スイスとフランスの国境をまたぐ地域に、2つの研究地区といくつかの実験施設がある。地下には 全周 27km の円形加速器・大型ハドロン衝突型加速器 (LHC) が、国境を横断して設置されている。

※2 ヒッグス粒子:標準理論において、素粒子に質量を与える粒子とされている。1964年にピーター・ヒッグス、フランソワ・アングレール両博士などによってその存在が予言され、2012年にCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験でヒッグス粒子らしき粒子が観測された。LHCで出現するヒッグス粒子は100億回の衝突で1個だが、ILCでは160万回の衝突で1個の割合でヒッグス粒子が生成されるという。このためILCは別名「ヒッグス工場(ヒッグス・ファクトリー)」と呼ばれる。

北上山地は、世界の科学者が認める理想的な候補地

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宮野谷

全長20㎞に及ぶ直線の地下実験装置を作る場所として、北上山地の地下が世界的に有力な候補地になっていますが、北上山地の何がそんなにすごいのでしょうか。

増田

私が岩手県知事に就任したのは1995年ですが、就任してすぐILC関係者の国際会議があり、事前にレクチャーを受けました。複数の国内候補地について、地質や断層の有無などを専門家が詳細に調査した結果、他の候補地は活断層が縦横無尽に走っているが、北上山地は特に岩盤が安定して理想的だということでした。

宮野谷

ただ、三陸は昔から地震の多い地域です。

増田

そう思いますよね。私も、東日本大震災の後で影響を専門家に確認しました。その結果、北上山地の地下にILCが出来上がっていたとしても、予定地は東日本大震災の揺れでもびくともしないとのことでした。地盤的に非常に優れた地域だということが再確認されたわけです。

宮野谷

だから海外の研究者たちからの支持も強いということですか。

増田

地質面の優位性が一番ですが、国際的な政治事情もあります。欧州には既にCERNがあるほか、国際熱核融合炉の建設計画も進んでおり、ILCまではなかなかできない。米国は、以前自国に誘致しようとしましたが、オバマ政権が撤回した経緯があります。今や欧米は、ILCの建設場所はアジアに任せたいとの姿勢です。アジアにおいて、政治体制の安定性なども総合的に評価すると、やはり研究に適しているのは日本だと、研究者の間で強い合意が得られています。

岩手県に国際研究都市が誕生し、長期的にプラス効果をもたらす

宮野谷

次に、ILC誘致に伴う地元へのメリットについてお伺いします。ILCは、オリンピックのような一時的なイベントではなく、多くの科学者により何十年と研究が続くものなので、様々なプラス効果があると思うのですが。

増田

日本は、大きな国際共同研究施設を主体的に誘致した経験が1度もありません。ILC誘致が実現すれば、日本が主体的に国内に建設・運営する初めての事例になります。結果として研究者が世界中から数千人規模でやって来ますし、その家族も大勢来ます。私はCERN訪問時に、施設周辺の歴史に関する展示を見ましたが、施設ができる前は一面ブドウ畑でした。それが今や人口約1・5万人の町ですよ。このCERNの歴史が、ILC誘致に伴う経済効果の証拠になるのだと思います。

宮野谷

説得力ありますね。研究や教育の面はどうでしょうか?

増田

候補地の直線上にある一関市あたりに、大きな研究キャンパスを作る計画があるほか、仙台には物理の分野で実績のある東北大学があります。

宮野谷

私の母校です。ありがとうございます。

増田

ILC関連の研究者は、一関や仙台を拠点とするようになるでしょう。そうなると、世界の大学などがこの分野の研究を行う際には、一関キャンパスや東北大学とコラボしたり、ILCを訪問するようになります。また、CERNでは世界中から集まった科学者たちが、近隣の子どもたちを対象に物理をはじめとする科学への関心を高めるようなスクールを開いています。科学技術を基礎として、将来の子どもたちの成長に向けて絶大なるプラス効果があると思いますよ。

宮野谷

そうなると、地元も外国人に対応する必要がありますね。

増田

ILCは地域の国際化にも貢献すると思います。CERNでも、欧米の方々は単身赴任ではなく夫婦で来るケースが多く、研究者の家族は何らかの形で地元で仕事をしたいと要望するそうです。研究の仕事だけではなく、ILC研究者の家族向けに、どんな雇用が考えられるのか。あるいはそういう人たちが日本で起業したいというニーズに応えていくとか、地元の産業とILC関連の研究をマッチングさせるとか。今までの私たちの経験値を超えた国際交流が、施設周辺で展開されていくことに期待しています。

宮野谷

「岩手のあそこに行けば英語で暮らせるぞ」とういう感じで、人が集まって来るかもしれませんね。

増田

確かにその可能性もあります。ただ、CERNの所長が盛んに言っていたのは、そこを治外法権のような特別な場所にはせず、地域の一員となって研究したいということです。地域の住民の一部がたまたま施設で研究しているというようにしたいのだと。

宮野谷

なるほど。米軍基地のような施設とは違うということですね。

増田

ILCも地域にオープンな施設運営が理想だと思いますね。CERNの研究所には洒落た食堂が複数ありますが、多くの地域住民がそこでランチを食べながら会話を楽しんでいて、まさに地域の大きなレストランのようでした。

宮野谷

岩手県南部には、トヨタやキオクシアといった自動車産業や半導体の工場が集積しています。ILC誘致後は、地元での自動車・IT産業とのシナジーも期待できますか?

増田

はい。特に自動車産業はこれから大きく変わります。ガソリンエンジンは技術力の高さゆえに日本の牙城でしたが、EVは部品数が少なく、世界中で多様な新規参入が相次いでいます。未来に必要な移動手段は、従来の発想にとらわれずに開発する必要があるでしょう。私は、ILC研究者のような部外者の感覚が、未来のクルマ開発に役立つような気がしています。岩手にILCができれば、トヨタ金ヶ崎工場とILC研究者がコラボして、全く新しいものを生み出すといったことが期待できるのではないでしょうか。

宮野谷

ILCとエネルギー産業のかかわりはどうでしょう?

増田

ILCが完成する時期には、地域全体がカーボン・ニュートラルに切り替わっていくと思います。CERNも、私が訪問した当時から環境に相当気を付けていて、施設の中で移動するときは自転車を使っていました。ましてや今後のILC誘致では、脱炭素を先取りするような考え方が必要でしょう。ILCは膨大な電気を使います。私の知事時代から、東北電力をはじめとする電気の供給体制に対する議論はありましたが、今では、カーボン・フリーの形に極力近づけた計画に高めていく必要があると思います。

ILC誘致に向けての課題

宮野谷

ILC誘致に当たっての課題は、やはりコストですか?

増田

はい。現時点での費用総額8千億円と大きいのですが、例えば計測機械は日進月歩で、大量に作ればコストが下がります。簡素な掘削工法の開発により、土木費を節減できるとの試算もあります。また、支出時期を分散する工夫とファイナンスについても、様々な検討を行っており、国費以外に将来の成果見合いで民間資金を導入する仕組みもあり得ます。さらに、予算の承認プロセスについても、まずは準備研究所という形で予備的な活動からスタートし、万一実現困難との結論になれば引き返すことができるような方式も検討しています。いずれにしても国が中心となる巨大プロジェクトですから、予算やプロセスを政府内でどれだけ理解してもらうかが最大の課題だと思います。

宮野谷

ホスト国の日本の費用負担は、総額8千億円の半分と聞いています。

増田

最大4千億円なのですが、できれば5百億円程度は圧縮できるよう工夫したいですね。

宮野谷

予算的な面以外で課題は?

増田

日本では大学研究に短期的な成果を求めがちなので、基礎的な分野に対しての大型研究に理解を得にくい環境になっていることがあります。素粒子物理学に限らず、基礎的な研究にじっくりと取り組み、自分の研究を生涯続けてやっていくという姿勢がベースにないといずれ競争力を失います。ILCへの予算のつけ方もさることながら、そういう科学者たちのマインドやモチベーションにいかに働きかけるか、という点も課題の一つです。

宮野谷

地元の方々の受け入れ姿勢はどうですか?

増田

私の実感では99%が賛成で、地元の期待感は大きいと思います。私の知事時代は、計画がまだ具体化していなかったので、反対者もいなかったのですが、最近は、地上に漏れ出す電磁波の影響を懸念して、ILC誘致に反対するグループが少数いらっしゃると聞いています。一関市長はそういう方々とも頻繁に会い、安全性を説明しているほか、地元の小学校でILCに関する出前授業を科学者が行うといった活動で、理解醸成に努めているそうです。

初めてILC計画を聞いたときは夢のような話だと思いましたが、私の知事就任当初に比べると現実論に近づいてきたなという感じがしています。

宮野谷

私も及ばずながら、この対談も含めて精一杯情報発信していきたいと思います。

先端技術を核とした地方創生の成功事例

宮野谷

次に二つ目の話題に移りたいと思います。増田社長は著書「地方消滅」の中で、地域の特性やポテンシャルを踏まえた地方活性化が重要と主張され、成功例を類型化していました。先端技術や高度人材を活用した地方創生の成功例と、成功の背景を教えてください。

増田

将来ILCができればそれが最大の成功例になるでしょう(笑)。既存の事例では、山形県鶴岡市の「鶴岡サイエンスパーク」を挙げたいと思います。慶應義塾大学の先端生命科学研究所を核とする研究都市ですね。市が設備や環境を整備し、研究所が成果を出すにつれて、Spiber社をはじめ、様々なスタート・アップ企業が生まれました。

宮野谷

Spiber社の製品は蜘蛛の糸を参考にしたタンパク質素材の糸でしたね。

増田

そうです。今やSpiber社以外にも、最先端分野で研究からスピンアウトした会社が続々と出て、パークが拡張されています。そこに隣接する形でお洒落なホテルまで出来ました。

宮野谷

SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(図)ですね。水盤に木造の建物が映る美しいホテルで、私も一度行ってみたいと思っていました。城下町鶴岡に新たな魅力を加えるスポットになっていますね。

図|山形県鶴岡市にあるホテル「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE」の全景

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©SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE

増田

研究所の誘致後、地元議会から「いつ成果が出るのか」などと批判された時期もあったと聞きますが、当時の市長をはじめ、関係者がその将来性を我慢強く説明し続けたことが、成功につながったのだと思います。このように、最先端技術をうまく市民活動につなげて、地域を活性化する事例が少しずつ出てきています。地域活性化の核とする研究は、理系分野とは限りませんよ。文化を核としてもよいのです。例えば兵庫県の豊岡では、演劇を中心とする活性化に取り組んでいます。重要なのは、研究やテクノロジーと地域の生活やニーズを結び付けて解決につなげること。弘前では、弘前大学が住民の健康データを分析して健康予防につなげる活動を長年継続し、実際に成果をあげています。

宮野谷

たしか、青森、岩手、秋田は、漬物など塩辛いものの食べ過ぎで脳卒中のワースト1を争ってきましたね。

増田

脳卒中もそうですが、地域住民の食生活と健康被害に関するビッグデータを集め、きちんと分析して健康予防に活かしていくことは、取り組みを強化すべき分野だと思います。

テクノロジーの活用で、地方都市圏の整備計画も進化

宮野谷

地方では、市町村合併が進み、管理空間が拡大しています。その一方で、地方都市開発ではコンパクトシティが指向され、最近はデジタル技術を高度に活用したスマートシティ構想も進められています。市町村合併とコンパクトシティなどの地方整備計画は、全体として整合的に進めるべきではないでしょうか。

増田

まず、市町村合併は自治体の財政問題を解決するために必要な政策だと思います。しかし、そのことと「住まい方」とは切り離して考えるべきです。かつての地方整備計画では、30万人都市を核とする都市圏ごとに、中心都市が地域を支えるという考え方が中心でした。しかし、今や30万人都市は大き過ぎる。高齢者を含め住民にサービス行き届くかといった観点からは、人口10万人程度が、地方中核都市の適正規模ではないでしょうか。特に介護などはリアルの対人サービスが必要なので、そうしたサービスの受給者の方々は極力コンパクトに集まっていただく必要があります。

宮野谷

確かに、介護の仕事はオンラインではできませんが、弊社は、介護ロボットや介護士が使うスマホ機能等を活用して、介護施設の生産性を向上させるコンサルティングを続けています。

増田

人口減少に伴い、地方における介護要員の確保はますます難しくなりますから、介護施設の生産性向上は非常に重要です。例えば、ある高齢者の現在の行動データからみて、次はこういう段階に要介護度が進むというふうに予測して、できるだけ要介護度が上がらないようにする。ケアする方も、介護士が過剰労働にならないように、介護記録の作成などはデジタル記録を最大限活用する。それによって、いわゆる三大介助(食事、入浴、排泄)はより手厚く人手でケアすることができるようになります。

宮野谷

中核都市がコンパクト化すると、周辺部との間が間延びします。テレワークやオンライン診療といったデジタル技術の活用で、空間制約を緩和できると思うのですが。

増田

ご指摘の通り、中核都市をただコンパクトにするだけではダメです。政府も、最近は「コンパクト+ネットワーク」と言っています。都市と周辺で機能分担をしてネットワークを形成し、それで地域全体を支え合うという考え方ですね。機能分担の面でも、通信技術やデジタル技術が大きく影響します。都市に物理的に移動しなくても解決できることが増え、人々の行動をビッグデータ化して将来を予測できるからです。ただし、個々人が一斉に市街地に移住するのは難しいので、時間をかけて今の間延びした管理空間を徐々にコンパクトにしていく必要があります。その間は、デジタル技術も活用して、都市部と周辺部のギャップをできるだけ薄めていくということを丁寧にやるしかないのだと思います。

宮野谷

なるほど、非常に肚落ちしました。なお、都市と周辺部の機能分担に関しては、著書で紹介されていた宮城県女川町の話が印象的でした。

増田

女川町は快適な居住・生活機能の提供に特化し、働く場は石巻市に求めるという大胆な発想ですね。女川の須田町長は、東日本大第震災後に就任された若手の方ですが、「女川と石巻で機能分担と連携をやるんです」と明言していました。その政策が今、着々と実ってきていると感じます。

宮野谷

コロナ禍で、東京一極集中に是正の兆しもみられます。

増田

はい。コロナ後、東京は8か月連続で転出超過となりました。テレワークは感染収束後もある程度定着するでしょう。それによって、地方創生のあり方が大きく変わる面があると思います。例えば、従来の地方活性化策の主流は地方移住を促すこと、つまり東京の仕事を地方に移すことでした。テレワークが普及すれば、東京の職場は変えずに身体だけ地方に移住することができます。当面、東京からの移住は関東圏内が中心になるとしても、通勤地獄もなく、住みやすい郊外の地域に移る動きは続くでしょう。コロナ禍を契機としたオンライン○○の普及は、大都市の概念、あるいは都市と地方の関係を変えつつあるのだと思います。

デジタルとリアルの両面で、住民サービスの維持・向上を

宮野谷

地方では、財政難の中で鉄道やバス事業が縮小されていますが、今後は高齢化の進展からマイカー依存も続かないと思います。先端技術は地方の交通問題解決にも有効ではないでしょうか。

増田

その通りです。例えばバス路線をフレキシブルにして維持する、複数のバス会社が競合しないように時間帯をずらす、バス停を共通にしてどの会社のバスでも同じ料金で乗れるようにするなど、住民が利用しやすいように変えていくことが必要です。時間帯や曜日によって行先を変えるフレキシブルなバス運行は、デジタル技術でかなり正確にできるようになります。また制度面でも、先般の独禁法改正により、地方バス会社同士の調整行為はカルテル行為から除外されました。

宮野谷

自動運転はともかく、デジタル化によるオンデマンド・バスの運行や地域ライドシェアは、技術的にはもう実現可能ですが、高齢者がスマホを使いこなせるかという課題もあります。コロナワクチンの接種予約でも、その課題が露呈しました。社会のデジタル化を進めながら、高齢者が取り残されないようにするためには、どうすればよいでしょうか。

増田

例えば郵便サービスでは、リアルな2万4000の郵便局はユニバーサル・サービスとして維持しつつ、「デジタル郵便局」という名を付けて、スマホ経由でかなりのサービスを提供しようと考えています。経費だけ考えればオンラインの方が効率的ですが、受けられるサービスに格差をつけてはいけないので、リアルのサービスは当然残します。ただ、私は先行きを悲観してはいません。10年経てば高齢者もスマホがごく当たり前の世代に代わっていく、つまり時間が解決する面が大きい。それに、スマホはオーバー・スペックです。本当に必要な機能をだけを提供する機種が普及すれば、いわゆるデジバル・ディバイドの度合いも改善されるのではないでしょうか。

宮野谷

郵便局のように、地域に必要なリアルの対人拠点としては、道の駅などもあります。地方に必ず残るリアルな諸施設をうまく配置して、幅広く活用していくという発想も重要ですね。それとデジタル化を組み合わせて住民サービスを維持していくという方向でしょうか。

増田

デジタルの良さは、時間や空間を問わず動くことなので、いつでもどこでも受けられるサービスを増やしていく。一方で、行政からは、支所を減らしたいので郵便局で行政の仕事を請け負ってほしいという依頼が来ています。郵便局以外でも、おっしゃるような道の駅とかJRの無人駅のような、住民の集まる所にサービス拠点を作り、そこに行けば幅広い住民サービスが受けられるようにする。そして拠点配置が効率的になるように、地方にコミットする企業と行政がお互いに調整する。こうしたことが今後の方向性だと考えています。

宮野谷

リアルとデジタルをうまく組み合わせることにより、地方での住民サービスを維持し、向上させるイメージがよく分かりました。

本日はありがとうございました。

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TOPInsight情報未来No.67世界最先端を行くILC計画と地方創生