デジタル時代における新しい企業経営の在り方

情報未来研究会事務局

はじめに

「情報未来研究会」開催趣旨

「情報未来研究会」はIT社会の潮流を見つつ、健全な社会や企業の在り様を探るため、弊所創立以来、断続的に実施してきた活動である。2016年度からは弊社のアドバイザーを務める慶應義塾大学の國領二郎教授を座長に据え、「デジタル時代における新しい企業経営の在り方」をメインテーマとした議論を目的に開催している。

活動内容

経営学および情報技術分野の有識者とNTTデータ及びNTTデータ経営研究所メンバーの合計10名を委員として、定期的に開催されている。

研究会においては、「デジタル時代における新しい企業経営の在り方」を検討すべく、各委員から専門領域に応じた視点で講演いただき、意見交換を実施している。

本稿の位置づけ

本稿の位置づけは、2018年度研究会の報告である。2018年10月に開催された第1回研究会における柴崎委員の講演概要ならびに、12月の第2回研究会においてゲストスピーカーとして登壇いただいた日本電信電話株式会社NTTコミュニケーション科学基礎研究所 上席特別研究員 渡邊様の講演概要、同様に2019年2月の第3回研究会において登壇いただいた南山大学人文学部 中村教授の講演概要の紹介と講演を受けた事務局からの所感を述べる。

情報未来研究会委員(敬称略、50音順)※2019年7月時点
情報未来研究会委員(敬称略、50音順)※2019年7月時点

委員講演概要

東京大学 空間情報科学研究センター 教授 柴崎 亮介先生 ご講演

「『デジタルエコノミー』におけるパーソナル情報や都市や地域情報からの価値創造」

個人主導型の情報銀行という考え方の確立

昨今、スマホを持つ人のデータをオンラインで取得し続け、そこに行動変容を促すような様々なインプットをし、行動が本当に変わったかどうかをウォッチして改善するというプラットフォームが登場してきた。これはターゲット広告において大きな効果を上げているが、人々のさまざまな行動が社会的な課題につながり(たとえば、プラスチックの大量消費や廃棄)、その変容が求められる中で、そうしたプラットフォームの有効性には着目する必要がある。その一方で、人の活動が生み出す様々な情報、フットプリントは、それが一本で繋がるという状態には至っていない。この繋げ方を模索する上で、ある特定の会社が全てを保有することではじめて実現するというのではなく、社会の中でどう実現するかという論点で考え始めた。

各サービスプロバイダーのもとにある情報(例:心拍・歩数・購買履歴・写真等)を個人が主導する形で統合化し、管理することで、ある種の安心感が個人の中に生まれる。加えてそこに行動情報が紐づいていると、学習からの予測や構造を明らかにする上で、非常に有利なものとなってくる。

個人が起点となり、社会に情報を流通させるという考え方は、個人情報保護法での請求が可能なため、比較的賛同が得られやすいものだと考えている。この考え方の浸透にあたって、情報の信託先として非常に分かりやすいメタファーとして銀行を用い、情報銀行という概念を確立させた。(図1)

図1| 個人による情報の自己管理と情報銀行の考え方
図1| 個人による情報の自己管理と情報銀行の考え方

出所| 柴崎先生講演資料より

取得情報の利活用への課題

ユーザに対し情報をプッシュして行動変容を促し、それをリアルタイムにウォッチすることで、結果的に行動改善が図れるというのは、企業側にとって非常に有効な図式となることは間違いない。一方、中国の芝麻信用のようにある種の評価に繋げる場合、間違った情報や分析の仕方で、適切ではない評価に発展する可能性はあるので、そこは懸念材料として捉えるべきだろう。

また、民間企業が主導となるサービスに関する懸念点としては、ユニバーサル化(すなわち、貧富や人種等の区別なく誰にでも提供させる)がカバーされないことが挙げられる。ユニバーサルサービスの提供は本来パブリックセクターが尽力すべき領域であるが、サービスを提供するにあたっての規制や、それに伴う企画・計画・マネジメントを実施するために必要となる情報の収集能力・解析能力が課題となり立ち上がりが遅い印象を受ける。

しかし、統合化されたパーソナル情報というのは、人々のエンパワーメントにも可能性を与える一方で、都市や地域のパブリックセクターのエンパワーメントにも貢献するのではないかと考えられる。

とりわけ、自治体は非常に多くの情報を有している(例:課税関係でいえば、世帯属性・所得・支出・雇用形態等)。とはいえ、当該目的以外で使用することが出来ないのが現状であり、自治体は民間企業と情報のやり取りが出来る仕組みの構築が急がれる。

自治体の有する情報は、一見すると、データサイズが小さすぎるように見受けられるが、ローカリティの高い企業(例:バス会社・エネルギー系企業・通信系企業)は、情報のくくりの単位によって十分強力な交渉力となる。自ら有する情報がバーゲニングパワーを持つマテリアルなのかどうか、自治体は判断し続ける必要がある。また、データをうまく集めるための仕組みとして、シビックプライドを刺激し求心力をつくることで、自治体の中にデータをモビライズさせ、そのデータを元に民間企業からデータを吸い上げていくなど、多用な可能性を模索すべきだと考える。地方自治体において、街のマネジメントをする際には、基本的に住民や土地、建物、モビリティに関する情報は中核となりえるところなので、このような仕組みは有益だと考えられる。

日本電信電話株式会社 NTTコミュニケーション科学基礎研究所
人間情報研究部 感覚共鳴研究グループ 上席特別研究員 渡邊 淳司様 ご講演
「触覚的/身体的体験による実感と共感を通信技術によって結びつけ、現代社会における、持続的なウェルビーイングを実現する」

触文化の重要性と社会への浸透

「触文化」を広めていくにあたり、触れることで人の心を動かすコンテンツに関する設計原理と分野(職業)の擁立を目指している。その先にあるのは、知覚的/身体的体験による実感と共感を通信技術によって結び付け、現代社会における持続的なウェルビーイング※1を実現することである。この実現を追求する背景には、3つの喪失が関係している。1つは「実感・身体的想像力の喪失」、2つ目は「共感・わからなさ受容の喪失」、そして最後に「価値観の喪失」である。

触覚に着目した背景には、視覚や聴覚は遠くのものを意識的・言語的に分析し、理解するための感覚である一方で、触覚はものの存在を無意識的・身体的に感じ、実感・共感するための感覚であり、触覚に基づくことで、身体を通じて環境や自己を自分事として認識することができると考えるからだ。

触覚によるウェルビーイングな未来の追求

通信が触覚/身体感覚にもたらす機能的価値は、「コミュニケーション」「エンターテイメント」「エンパワーメント」に大別できると考えられる。(図2)

「コミュニケーション」事例: +3人称電話

しゃべっている自分と相手をカメラで撮影して切り抜き、電話BOXの中に投影することで、言葉による会話と同時にジェスチャーによるコミュニケーションが実現される。

「エンターテイメント」事例:触感TV

映像や音声に加えて触覚の情報をあわせて提示するデモンストレーション。映像だけのコンテンツに対して、より感情移入をしやすくなったり、より没入したりすることができる。

「エンパワーメント」事例:Yu bi Yomu

なぞり動作で書籍を読む。これにより記憶テストの成績の向上が認められた。そこには「自分の指を動かす能動性」「連続で自然なレスポンス」があることが理由として考えられる。

Social Impactを生み出すために、実感・共感をもたらす触覚的/身体的体験を生み出すためには、「触覚の情報通信基盤(通信インフラ)」「触覚の文化基盤(マインドセット、プレイヤー」が必要だと考えている。

また、人の「こころ」の領域にまでITが入り込むようになった現代において、いきいきとした状態を実現するためのテクノロジーの設計、ポジティブ・コンピューティングのアプローチが求められている。テクノロジーが、個人のウェルビーイングとともに、社会全体の利益にも貢献することもまた求められている。

冒頭に紹介した最終的に目指したい姿としての持続的ウェルビーイングは、「心身の潜在能力を発揮し、意義を感じ、周囲の人との関係の中で、いきいきと活動している状態」を指している。特に、一番身近な他人としての身体・無意識へのサービスデザインが、ウェルビーイング設計につながるとも考えている。そのためには、自身の身体や無意識の働きを制御対象とするのではなく、ケア対象(うまくやっていくべき他者)として扱うマインドが必要だ。個人それぞれが持つ無意識の衝動へ寄り添い、無意識的に訴えかける触覚や身体感覚を通して、それぞれのやり方で、持続的に行動や役割を調整し続ける営みそのものが、ウェルビーイングに繋がっていくのではないだろうか。

図2| 触覚・身体感覚にもたらす機能的価値の事例
図2| 触覚・身体感覚にもたらす機能的価値の事例

出所| 渡邊氏講演資料より

南山大学人文学部心理人間学科教授、人間関係研究センター長 中村 和彦先生 ご講演
「組織開発とその未来」

人間的側面に働きかける「組織開発」

組織開発は職場や組織(この場合組織全体だけでなく個人/職場/部門/部署・部門間といった組織の様々なシステムのレベルが対象)の効果性と健全性、自己革新力を高める取り組みである。組織変革が戦略や制度、仕組みといったハードな側面にアプローチするのに対し、組織開発はリーダーシップやコミュニケーションといったソフトな側面(人間的側面)にアプローチする。また、組織開発における変革の推進者はクライアントであり、クライアントが現状(自組織の人間的側面)に気づき、より良くしていく過程を支援するものである。

ハードな側面が氷山の見えている部分だとすると、ソフトな側面は氷山の海に下の見えない部分だ。(図3)その海の下にあるソフトな側面(人間的側面)が成果に影響しているというのが、組織開発における考え方である。

組織開発が脚光を浴びた背景としては、バブル経済の崩壊以降に戦略の見直しやリストラ・部署部門編成の変更、IT化、成果主義の導入といったハードな側面からのアプローチをやり尽くしたものの、組織が機能しなかったことがある。そこで、コーチング、ファシリテーション、組織開発等が注目されていった。外科手術だけではうまくいかず、内科的な体質改善による変革が求められているのだ。

もう一つ、組織開発が求められている背景としては、個業化や、労働時間短縮による多忙化、多様性、リモートワークといった遠心力が強くなっており、職場力(チーム力)が落ちていることが挙げられる。こういった環境の中でマネジメントをしていくために、マネージャーに人間的側面への対応力が求められるようになってきているのだ。

図3| ハードな側面/ソフトな側面
図3| ハードな側面/ソフトな側面

出所| 中村先生講演資料より

強みに光を当てるアプローチへ

最近の組織開発では、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー:組織の真価を肯定的な質問によって発見し、可能性を拡張させるプロセス)における個人や組織の中にある強みに光を当てて伸ばしていくというアプローチが取り入れられている。足りないところを埋めるという問題解決思考からの転換である。これは、組織論の中にモダンなアプローチからポストモダンのターンが起きていることの表れだと考えられる。数字で測れる客観的な物の見方をする客観主義から、人によってリアリティは異なり、どう捉えるかにより物事の見方は異なるという社会構成主義への転換である。AIは社会構成主義の考え方がベースにあり、できていないことに目を向けるのではなく、強みを語ることでリアリティを変化させていくという点である。

もう一つ、AIに表れているシフトとしては、葛藤との向き合い方だ。以前は、葛藤に直面し、その原因を見出して解決していこうとしていたが、AIでは葛藤を解決しようとはせず、葛藤や違いを超えた共通の未来を想像してそれに向かおうとしている。このようなアプローチのほうが効果的であったという研究結果も出ている。

オンライン化の可能性

今後起こりそうなシフトとしては、オンライン上での組織開発が挙げられる。リモートワークが推進されていく中で、オンラインで仕事をしながら対面でチームビルディングをする、または、オンライン上での音声とチャットなどの複数のチャネルを通してお互いの間に起こっているプロセスに働きかける、といった方法が組織開発においても今後発展していくと考えられる。オンラインの利点は、発言のデータが即時に可視化できるという点である。そこで、これまで見えにくかったプロセスが可視化されていくのではないかと期待される。一方、そういった人間的側面が可視化されたとしても、その情報を効果的に用いて働きかけるためのトレーニング等が必要になってくるだろう。

事務局所感

昨今、テクノロジーの進展を背景に、個人が主体となる動きが加速している。柴崎氏の「情報銀行」もその一つだ。これまで組織同士もしくは組織内の個人同士の関係性は、個人対個人、個人対組織に変わりつつある。こうした社会の変化を受け、テクノロジーと信頼の関係性も変化しつつあると考えられる。

山岸 俊男氏※2によれば、信頼の定義は2つに整理できる。(『信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム』による)

  1. 相手の能力に対する期待としての信頼:社会関係や社会制度の中で出会う相手が、役務を遂行する能力を持っているという期待(例:飛行機を操縦するパイロットは操縦に十分な技能があるという乗客の期待)
  2. 相手の意図に対する期待としての信頼:相互作用の相手が信託された責務と責任を果たすこと、またそのためには場合によっては自分の利益よりも他者の利益を尊重しなくてはならないという義務を果たすことに対する期待(例:夫は浮気しないと妻が信じている場合、浮気をする能力があったとしても浮気しないと考えるという、夫の意図への期待ないしは信念)

前者は意図のような主観的なものが含まれない分、データ等の客観的な指標で評価することができ、テクノロジーによる可視化がしやすい。例えば、中国における「芝麻信用」があたる。「芝麻信用」は決済プラットフォーム「アリペイ」の付帯機能であり、個人の行動データ(学歴、職歴、支払い履歴、SNSサービスでの交友関係)を基にした信用スコアリングのサービスである。個人情報がデジタルデータ化され、収集されたことで、「能力に対する期待としての信頼」の可視化が可能となった。こうした中で、企業、また社会は2つのことに留意していく必要がある。まず一つは、コンテクスト(文脈)を踏まえたデータの活用だ。データはコンテクストにより持つ意味が異なるものでありそれを無視したデータで評価を行うと、適切でない結果が導き出される懸念がある。そのため、コンテクストの見極めやデータとコンテクストをうまく組み合わせていく仕組みが重要になるだろう。もう一つ留意すべき点は、リテラシーの醸成である。従来は組織の中の個人として、所属する組織への信頼で評価されていたが、個人が前に出ていくことで属性を超えた信頼の評価がなされるようになる。その評価のインプットとなる情報を個人が管理することは、情報の持つ意味を理解し、どう見せるか精査できるリテラシーが必要になるだろう。

次に、もう一つの「相手の意図に対する期待としての信頼」についてはどうか。この信頼は意図という言葉にも表れている通り、より主観的かつ動的なものであり、可視化が難しいものだと考えられる。しかし、テクノロジーはこうした可視化しにくい信頼をうまく促進する可能性を秘めているのではないか。例えば、渡邊氏による「触覚的/身体的体験による実感や共感」がこれにあたる。相手が何を考えているか、どういう意図を持っているか、自分はその意図に対してどれほどの期待を抱いているか、そうした情報を可視化することはできなくても、テクノロジーを通じて身体的に感じ理解することで、お互いの関係性の中の信頼を深めていける。同様に、中村氏の「組織開発」の中で、身体的体験の共有を用いながら対話をしていくことも活用方法の一つとして挙げられる。

こうした中で企業または社会として留意すべきことは、関係性とは一義ではないということだ。関係性の中に芽生える信頼の捉え方は個人によって異なる。企業はそれを理解した上で、関係性の開発を個々人に委ねる姿勢が求められるだろう。

  • 現代的ソーシャルサービスの達成目標として、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。(出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」)
  • 社会心理学者。一橋大学大学院経営管理研究科特任教授、北海道大学名誉教授。他著書に『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』等。
Page Top