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情報未来

Web3時代における目利き力の重要性

No.71 (2023年3月号)
NTTデータ経営研究所 デジタルイノベーションコンサルティングユニット マネージャー 後藤 裕貴

大手SIer 営業職を経て現職。中長期のデジタル戦略立案から技術調査まで、デジタル技術の活用という観点から幅広いプロジェクトに従事。著書に「イノベーションの競争戦略(共著/2022/4/8 東洋経済新報社)」

1 Web3への期待

近年注目が集まっているWeb3というワードだが、読者の皆さまは自身の日常がどのように変わっていくのかという点について、具体的なイメージをお持ちだろうか。Web3は日常生活のあらゆる場面において、既存の制約を乗り越えた、新たな選択肢をもたらす可能性がある概念である。

Web3がもたらす世界を一言でいうと「情報を個人が管理する世界」である。これまで情報の真正性を担保するためには、ある程度信頼のできる中央集権的な組織が必要であった。例えば、金融資産や取引実績の情報であれば金融機関が管理する口座情報であり、個人を特定するための情報であれば自治体が管理する戸籍情報や会社が管理する社員情報といった具合である。こうした中央集権的な組織による「お墨付き」が必要であったのは「個人が管理する情報は改ざん可能である」という理由によるところが大きい。個人がばらばらに情報の管理や更新を実施した場合、どれが正しい情報かを見極めるための技術が存在しなかったのである。

そうした制約を取り除くのが、Web3の中核技術であるブロックチェーン技術である。ブロックチェーン技術は、情報を複数の場所で分散管理することで情報の改ざんを困難にし、個人が持つ情報に対する「真正性の担保」を可能にする。この個人情報の真正性にお墨付きを与える新たな技術は、ビジネスの在り方を大きく変える可能性がある。

例えば、個人間の金融取引の真正性担保は、これまでの「個人がモノの売買を行うためには信頼できるプラットフォームが必要」という固定観念を、「モノの売買は誰でも低リスク・低コストで簡単にできる」、と変え、個人間商取引を拡大させる可能性がある。また、個人の保有するデジタルデータに対する真正性担保は、デジタルアート等の従来は商取引の対象となりづらかったデジタルアート等を、新たに資産性のある商材とすることを可能にする。デジタルアートや個人のツイートなどが高額で取引されているという話はすでに耳にされたことがあるだろう。

このように、Web3は情報の民主化を進めることで、これまでのビジネスモデルの前提を覆し、新しいビジネスを創出する可能性のある技術革新である。

2 目的志向の重要性

一方で、Web3という新しい概念には様々な課題がある。法制度やセキュリティといった環境整備の課題もあるが、ユーザー企業にとって大きな課題となるのが、Web3の世界観の中で何を目指すのか、という「目的の定義」である。

Web3の世界では、ブロックチェーンやNFT、メタバースといった「手段」が増えるだけである。技術が変化を促進することはあっても、技術だけで何かが劇的に変わることを保証するものではない。DX(デジタルトランスフォーメーション)において、技術主導で導入が容易だからという理由だけでAIやRPAを導入しても、なかなか効果が出ないケースが多いという事象と同様である。

例えば、メタバースは空間を超えたコミュニケーションを可能にする有望な技術ではある。しかし、単純にメタバース空間で散策ができるといわれても、リアルな旅行体験の単純代替とすることは難しい。このように、既存のユーザー体験を単純にメタバース空間に置き換えるだけではユーザーを満足させることは難しいだろう。だからこそ、メタバース空間で提供したい価値は何かを考えておく必要がある。また、先に述べたNFTによるデジタル商材の売買も同様である。素材や作成技術によって少なからず差異が発生するリアル空間の模倣品と違い、デジタル商材は模倣品であっても見かけ上は違いがない。だからこそ、商材に真正性を持たせることで提供できる価値は何かを突き詰めて考える必要がある。

今後Web3が単なるバズワードではなく、本格的な変革となるためには、こうした「技術の本質を理解したユースケース」を目的志向で創出することが求められるだろう。

3 目的定義のカギを握る技術の目利き力

目的志向で考えるうえで必要なケイパビリティが、「技術の目利き力」である。競合他社やベンダーが日々最新技術を公開している中で、どうしても「新しい技術を活用しなくては競合劣位になる」と考えてしまうことはあるだろう。しかし、既存ビジネスの変革を目的とするならば技術は手段に過ぎない。だからこそ、古い技術も新しい技術も同様に並べたうえで、「目的実現のためには何が必要か」を見極めることが必要なのである。

技術を正しく目利きする上で重要なことは、「技術の本質を理解する」ことである。例えばブロックチェーン技術であれば、中央集権的な管理が不要になるということはあくまでも一つの適用事例であり、情報を分散して記録することで改ざんが困難になり、真正性が担保できるということが技術的な本質である。この本質に気づいていれば、「自社のビジネスにおいて真正性担保ができていない領域はどこか?」「その領域はデータを中央集権的に管理することが困難か?」といった具合に、ビジネス知識を活かして真に技術が生きる領域を見極めていくことができる。場合によっては、新しい技術だけではなく古い技術と組み合わせることで、ビジネスに対して大きなインパクトを見込めることもあるだろう。技術の本質を理解することで、活用可能性を網羅的に見出し、技術の流行や競合動向に惑わされず自社目線の正しい判断を下すことができるようになるのである。

また、技術の目利き力は一度きりのケイパビリティではない。日々進化する技術トレンドを継続的に把握していかなければ、基準が陳腐化し、判断を誤る可能性もある。そこで、自社ビジネスにとって影響の大きな技術とそうでない技術の取捨選択を行い、重点的に投資していくべき領域=コア領域を定めたうえで、継続的なモニタリングを実施していくことも必要となる。技術の目利きとモニタリングを継続的に繰り返していくことで、初めて目的志向の技術適用が可能となるのである。

図1| 目的志向の技術適用

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4 終わりに

冒頭に述べた通り、Web3がビジネスを大きな変革をもたらす可能性がある概念であるという点に疑いの余地はない。一方で、単に新技術を導入するだけで変革が約束されるものではないという点も事実である。だからこそ、Web3の世界で成功を収めるためには「手段を目的化しない」という点を認識し続ける必要がある。恐らく今後10年間でWeb3やDXのような新たなバズワードは続出してくるだろう。だからこそ、言葉に踊らされるのではなく、本質を自身の目で見極め、必要な技術を必要なタイミングで活用する「目利き力」が変革の成否を分ける重要なケイパビリティになるだろう。技術トレンドの移り変わりが早い時代だからこそ、目先のワードに右往左往するのではなく、地道に「目利き力」を磨いていくことから始めていってはいかがだろうか。

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    後藤 裕貴

    デジタルイノベーションコンサルティングユニット
    マネージャー
    Goto, Yuki
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